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謹賀新年 2015

新年、明けましておめでとうございます。

昨年は、リアル世界・ネット世界のあちこちから飛び込んでくるニュースに目を奪われているうちに、あっという間に終わってしまった感じでした。

悲しみを誘う出来事があれば、笑うしかないドタバタ劇があり、謎めいた事件や不穏な動きもありました。

ニュースに接していて、いつも頭をよぎるのは、こうしたあわただしい出来事の陰で、もっと重要な社会変化が着実に進行しているのではないか、それは別に、誰かが故意に隠しているわけではなくて、私たちの誰もが、現時点ではそれをうまく言葉で把握できないために、何がどうなっているのか、はっきりしたイメージを持てないでいるのではないかということです。

何が起きているか認識できない以上、それが自分たちにとっていいことなのか、悪いことなのかも分からず、当然、それに対するリアクションのとりようもないのですが、あるときふと気がついたら、今までとはまるっきり違う、全く新しい世の中が姿を現していて、そのときにはもう、それを受け入れるしかなくなっているのかもしれません。

何十年後かの未来を生きる人々なら、その変化がどんなものかよく分かっているはずで、彼らと同じ知識を持って今の時代を生きられたら、余計な心配もせず、目の前で歴史が動いていくさまを心から楽しめそうですが、もちろんそんなことは不可能です。私たちは、それぞれのちっぽけな個人の視点から、ものすごい速さで変わっていく世界を呆然と眺めつつ、先の見えない決断を繰り返すしかありません。

そんな状況で、私たちにできることがあるとしたら、それは、どんな動きにも素早くついていけるよう、身の周りをシンプルに保ちつつ、いろいろな方向にアンテナを張り、そして、あとで悔いのないように、自分が本当にやりたいと思っていることを、(もちろん他人の迷惑には配慮しつつ)できるだけ実行に移していくことくらいでしょうか。

何だか、いつも同じようなことを書いている気がしますが……。

2015年が、皆様にとって、有意義な一年でありますよう、お祈り申しあげます。


JUGEMテーマ:日記・一般

at 11:04, 浪人, つれづれの記

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異物混入

先日、ある有名なカップ焼きそばにゴキブリが混入している写真がネット上を駆けめぐり、メーカーが商品の販売中止と回収、工場の操業停止に追い込まれました。

回収騒ぎは他社にも飛び火しているようで、食品業界の関係者は、しばらくのあいだ、いろいろと神経をすり減らす日が続くのではないでしょうか。

一連のニュースをきっかけに、もうずっと昔、ラオスのヴァンヴィエン(バンビエン)に滞在していたときの、ささやかな出来事を思い出しました。

ヴァンヴィエンは首都のヴィエンチャンからバスで数時間のところにある、山間の小さな町です。周辺では洞窟めぐりや川下りなど、それなりのアトラクションを楽しめますが、どちらかというと、何もない田舎でボケーッとしたい人向けの場所で、バックパッカーの間では「沈没地」としても有名です。
ウィキペディア 「ヴァンヴィエン」

ある日の昼下がり、宿の近くをぶらぶら歩いていて、地味な食堂に目が止まりました。

いまとなっては記憶も曖昧なのですが、それは掘っ立て小屋のような、粗末なつくりのみやげ物屋の片隅にテーブルを置いた、いちおう食事も出せます、みたいな感じの店だったと思います。

そのときは店番の若い女性が一人いただけで、ほかに客の姿もありませんでしたが、ふと、そこで昼メシを食べようという気になって、店に入りました。いつもはその近くにある、ツーリスト向けの食堂ばかりに通っていたので、たまには別の店を試してみようと思ったのです。

とりあえず、その店にも英語のメニューくらいはあったのでしょう。私は、その中から、野菜入りのヌードル・スープを注文しました。

値段は、外国人相手の食堂よりも、かなり安かったような記憶がありますが、料理自体はとりたてて特徴もない、ごく普通の味でした。

食べ始めてしばらくして、スープの中に、数センチの茶色い破片が浮かんでいるのに気がつきました。

よく見ると、昆虫の羽根です。バッタかコオロギでしょうか。

でもまあ、そこはちゃんとした壁もないような店だったし、風に吹かれてゴミが飛んできたのかな、まあ、こういうこともあるだろう、と思って、箸でつまみ、土間になっていた床に捨てたのですが、再び食べ始めると、さらに同じような破片がいくつも浮き上がってきます。

ゲッ、と思いました。羽根一枚ならともかく、何枚ともなると、気持ち悪さが半端ではありません。

それにこれは、バッタやコオロギではなくて、「あの虫」の羽根では……。

ただ、スープの中に「本体」は見つかりませんでした。知らないうちに食べてしまった可能性もゼロではないけれど、それらしい歯ごたえや違和感は感じなかったので、たぶん、野菜か何かに紛れ込んでいた虫が、調理の過程でバラバラになって、その一部がスープに入ってしまったのでしょう。

昆虫に詳しくない私には、その虫の正体は分かりません。しかし、分からないだけに、かえって、余計な想像がどんどんふくらんでいきます。

すでに、食欲はすっかり消えていましたが、かといって、店のお姉さんを呼びつけて、クレームをつけるのもためらわれました。

お互いの語学力の問題で、話がうまく通じないだろうと思ったのもありますが、かりに文句を言ったところで、変なスープを飲んでしまった事実がなくなるわけではありません。

それに何より、ここはラオスの田舎です。この程度のことは、文字どおりの「日常茶飯事」ではないでしょうか。店員さんからすれば、何か面倒な客が、虫一匹のことで大げさに騒いでる、くらいにしか思わないかもしれません。

もしそうなら、ことを荒立てても、きっと何の解決にもならないし、むしろ、独り相撲みたいになって、いっそう惨めになるだけなのでは……。

そんなことをあれこれ考えるうちに、すべてがどうでもよくなってきました。

そして逆に、食べかけの料理を残すのも何だかもったいない気がしてきて、虫の破片を全部つまみ出すと、残りを完食し、何事もなかったように店を出ました。

さいわい、その後、「健康被害」はありませんでした。まあ、さすがにその店に再び足を運ぶことはありませんでしたが……。

アジアの田舎の食堂みたいに、衛生面でいろいろ問題がある状況だと、利用者は、常に注意深くなければならないし、何かトラブルがあっても、結局は、自分の判断が甘かったとか、運が悪かったとあきらめるしかありません。そういう環境で暮らしていくのは、誰にとってもけっこうハードだと思うし、私も旅から帰るたびに、日本の清潔さに感動します。

かといって、今回の焼きそばの混入事件みたいに、ゴキブリ一匹で日本中が大騒ぎし、メーカーの存亡に関わるほどの一大事になってしまうのも、それはそれで、ちょっと行き過ぎではないかという気がします。

安心・安全の追求は大事なことではありますが、絶対的な安心を求めても際限がないし、それは当然、手間やコストの増加にもつながります。それに、ミスやトラブルが全く許されない状況は、関係者に異常なまでの緊張を強いることになるでしょう。

今後もきっと、食品に異物が混入している写真などが、ネットにたくさん出回ることになると思いますが、そういうミスをゼロにはできない以上、それが健康に直接被害をもたらすほど深刻なものでないなら、私たちにも、それを冷静にスルーする大らかさが必要になってくるのかもしれません。

 
JUGEMテーマ:旅行

at 19:14, 浪人, 地上の旅〜東南アジア

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地球サファリパーク

ずいぶん前になりますが、ネット上で、未来型の動物園についての記事を見かけました。

見学者が動物たちから見えないようにして、彼らのありのままの生態を観察するというアイデアです。

カラパイア 【人間が透明ポッドに入り擬態しながら動物を観察する。未来型動物園「ズートピア」構想】

今のところ、これはあくまで構想にすぎないようだし、実現までにはさまざまな困難もあるでしょうが、もし完成すれば、ユニークで楽しい動物園になりそうです。

記事を読んで、そうか、動物園もこれからどんどん変わっていくんだなあとぼんやり考えながら、ふと、もしも地球よりはるかに文明の進んだ宇宙人が存在しているなら、彼らはすでに地球にやってきていて、私たちを同じようなやり方で観察しているのかもしれないな、と思いました。

もちろん、現時点では、宇宙人がいるなどという証拠はどこにもありません。

ただ、それはあくまで、私たちが知っているかぎりの観測手段では宇宙人が「見えない」というだけの話で、実際には、私たちが驚いたり恐れおののいたりしないよう、宇宙人があえて身を隠してくれている、という可能性もないわけではないのです。

もしかすると、地球はすでに、宇宙人にとっての「サファリパーク」になっていて、姿を隠した彼らは地球人のありのままの姿を観察し、私たちが犬や猫のおバカな行動をビデオに撮って楽しむみたいに、人間たちが日々繰り広げる愚かで愛すべき行動の数々を覗いては、ひそかに笑い転げているのかもしれません……。

もっとも、こういう話は、SFや映画の世界ではさんざん出尽くしたアイデアだろうし、数年前にも、黒ずくめの男たちが宇宙人の存在を隠すという有名なSFコメディがありました。

いわゆるスピリチュアル業界でも、どこまで真面目に受け止めるべきかは別にして、進んだ宇宙文明が私たち人類の進化を見守っているとか、進化を加速するために密かにちょっかいを出している、みたいな話はあちこちにあるようです。

ところで、ハリウッド映画などのエンターテインメントの世界では、昔から、宇宙人といえば暴力的で残虐で、圧倒的な武力で人類を支配しようとしたり、無慈悲に殺戮するイメージがありますが、考えてみれば、宇宙人に会ったこともない私たちが、彼らの性格を知っているはずもないわけで、こうしたイメージはむしろ、私たち人類が今までに動物たちを暴力的に、残虐に扱ってきたこと、そして今でもそうであるという現実を、宇宙人と地球人の関係に投影しているだけなのかもしれません。

それでも、最近の地球人は、以前に比べれば、動物たちに対して少しずつ優しくなっているようだし、また、自分たちが動物たちにしていることを、冷静に見つめ直そうとする視点も、多くの人に共有されるようになってきている気がします。

宇宙人も、もし宇宙旅行を可能にするほどの優れた文明をもっているなら、自他を客観的に、繊細に観察する能力もあるはずだし、そうであれば、意味もなく他者に苦痛を与えたり、相手の恨みを買うような残酷な行為をしないだけの分別も備えているのではないでしょうか。

彼らが文明人であるなら、こんな小さな星から資源を強奪したり、人間をあからさまに支配するような、荒っぽくて気の滅入る仕事はやりたくないはずです。かりに、どうしても私たちを利用しなければならないとしても、地球人の欲望や行動をうまく誘導することで、私たちが気がつかないうちに、彼らの目的を達成してしまう仕組みを考えるのではないでしょうか。

というか、もし本当に高度な文明を誇る人々がわざわざ地球にやってくるとしたら、それは、資源などのモノへの欲求とか、人類への支配欲からというよりも、地球人のありのままの生態を知ることが、ただ単に楽しいから、面白いからであって、このユニークな星とそこに暮らす生き物たちを、これからもずっと観察し続けられるよう、できるだけ手つかずのままにしておきたいと考えるのではないかという気がします。

でもまあ、こういう考えもまた、私たち人類がそうであってほしいという私の勝手な願望を、宇宙人に投影しているだけなのかもしれません。

それに、いくら害はないといっても、もしかしたら誰かがどこかで自分を観察しているかもしれないと思ったら、あまりいい気持ちはしないでしょう。

もっとも、宇宙人はともかく、最近のニュースによれば、私たちはいろいろな国の情報機関の人間から、それとなく監視されたり、ちょっかいをかけられたりしているみたいですが……。


記事 「カビキラー衝動」


JUGEMテーマ:日記・一般

at 18:45, 浪人, つれづれの記

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