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怒りに呑み込まれたアメリカ

アメリカの大統領選挙で、共和党のドナルド・トランプ候補が勝利しました。


選挙の直前まで、さまざまなメディアでは民主党のヒラリー・クリントン候補が優勢だと伝えられていたので、想定外の結果に本当に驚き、同時に、これから世界がどうなってしまうのか、先の見えない不安を感じています。


これはあくまで素人の想像でしかないのですが、今回のトランプ氏の躍進は、冷戦終了後に加速したグローバル化による大きな社会変化や、テクノロジーの急速な進化の波に乗ることができなかった多くの人々の怒りや、その裏にある恐怖が、はっきりと目に見える形をとって現れたものだという気がします。


しかし、トランプ氏が大統領になったからといって、そうした怒りの原因が根本的に解消されるとは思えません。グローバル化も技術の進歩も、誰かの手で無理やり止められるものではないし、壁を作って内側に閉じこもろうとしても、長い目でみれば、それは自分たちをさらに苦しい立場に追い込むだけではないでしょうか。


それにしても、アメリカのマスメディア関係者は、今回の事態に、何重もの意味で衝撃を受けていると思います。


まず、トランプ氏の勝利を予想できなかったこと、つまり、今、アメリカ国内で暮らす多くの人々の目に、世の中がどのように見えているのか、それを知り、伝える専門家であるはずの彼らが全然把握できていなかったということに。


そして、マスメディアが束になってトランプ氏へのネガティブ・キャンペーンを行っても、結果として世論を動かすことができなかった、つまり、彼らがこういう重大な場面での影響力を失っていることがハッキリしてしまったことに。


でも、定期的な選挙という機会がなければ、こうしたさまざまな事実が平和的に示されることもなかったわけで、どれだけ衝撃的な結果であれ、それをきちんと受け止め、何かもっと生産的な形で人々の怒りを鎮める方法を探るきっかけになるのなら、民主主義という制度にもまだまだ希望は残されているのかもしれません。

 

 

JUGEMテーマ:ニュース

at 21:52, 浪人, ニュースの旅

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宇宙で建国!?

先日、ネット上に面白いニュースが流れ、世界中の好事家の間でさまざまな反応が巻き起こっているようです。

 

宇宙国家「アスガルディア」構想が始動:軌道上から地球を防衛、国民も募集中 ニューズウィーク日本版

 

上の記事によれば、ロシアや米国の宇宙開発の専門家たちが、衛星軌道上に独立国家「アスガルディア」を建設する壮大な構想を発表、国連への加盟をめざして、さっそく「国民」も募集しており、すでに多数の人が応募しているようです。

 

まずは来年以降に人工衛星を打ち上げ、将来的には宇宙空間を拠点に、小惑星の資源開発や、さまざまな危険から地球を守る活動を行うとのことですが、素人目に見てもツッコミどころがいろいろあって、本気で受け止めていい話なのか、判断に迷うところです。

 

例えば、宇宙空間に独立国を作るというのは、そもそも、天体を含む宇宙空間の領有を禁じた宇宙条約の第2条に完全に抵触しそうだし、宇宙での資源開発や地球防衛というのも、SF映画の設定ならともかく、近い将来の地球人に、そうした分野への切実なニーズがあるとはとても思えず、そうであれば、アスガルディアの基幹産業はいつまでたっても立ち上がらないということになります。
ウィキペディア 「宇宙条約」

 

それに、アスガルディアが一般的な国家の要件を満たせるのかという問題もあります。国家の三要素とされている、領域・人民・権力のうち、現時点では「領域」が存在していないし、ある程度の「人民」が暮らせる大きさの宇宙ステーションをこれから作るにしても、長い時間と途方もない費用がかかります。さらに、その費用を誰が負担するのかという問題もあります。
ウィキペディア 「国家」

 

まさか、今回ネット上で募集した「国民」に、そのための税金が課せられるなんてことにはならないと思いますが、ちょっと皮肉な言い方をすれば、そういう話が出たとたんに逃げ出すような人々なら、国家を支える「人民」とは言えないのだろうし、彼らに税金を払わせることができないのなら、「権力」も存在していない、ということになります。

 

また、かりにアスガルディアが国家としての体裁をなんとか整えることができたとしても、宇宙空間に住む人々のグループを、国連の一加盟国みたいな形で扱うのが適切なのかという問題もあるでしょう。彼らが暮らす環境は地球上とは全く違うわけだし、彼らが携わる事業も、地球環境や、地上で暮らす人々に大きなリスクを与えうるものです。そういう、ちょっと特別な存在を、地上の国々とまったく同列のものとみなしていいのでしょうか。

 

こういったことを考えていくと、あくまで素人の個人的な感覚にすぎないのですが、宇宙国家の立ち上げというのは、いろいろな意味で、まだ時期尚早という感じがします。

 

宇宙を人類の新しいフロンティアとみなして、そこに新しい発想や組織で乗り出していきたいという関係者の気持ちも想像できなくはないのですが、先走って独立を云々するよりも、まずは人類の共同作業として宇宙空間での活動実績を積み上げていくのが先だと思うし、現時点で国旗とか国歌を決めたところで、当面、国家としての承認が得られる見込みがない以上、それは個人が勝手に独立を宣言して、独自の切手やらコインやらを土産物として売っている、いわゆるミクロネーションと変わらないことになってしまいます。
ウィキペディア 「ミクロネーション」

 

でもまあ、こういう素朴な疑問については、発起人である専門家の方々も当然想定しているはずで、彼らとしては、どれだけ空想めいた話に聞こえようとも、今、宇宙国家の構想を語り、世界の注目を集めることに、それなりの意義があると考えているのでしょう。それに、今の世の中の変化の速さを考えれば、数年後、数十年後には、こうした構想がごく当たり前に受け取られるような世界になっているかもしれません。

 

……と、あれこれ考えているうちに、アスガルディアみたいに、ストレートに宇宙国家建設の夢を語る人々よりも、google とか facebook のような新興巨大IT企業の方が、条件的には、よほど宇宙国家の実現に近いところにいるのではないかという気がしてきました。

 

そうしたIT企業も、もちろん、現時点では国家の三要素を満たしているわけではありませんが、彼らは生活に密着した便利なサービスを提供することによって、億単位のユーザー(人民)の心をがっちりとつかんでいるし、「利用規約」を独断で決定し、それに従わないユーザーを締め出すことのできる力(権力)ももっています。

 

そして、さまざまなサービスによる売り上げや、企業の将来性と引き換えに集めた巨額の資金を、新たな分野への投資や研究開発に充てることができています。彼らの多くは、今のところ、宇宙開発にのめり込んだりするようなことはありませんが、ビジネスとして有望であると判断すれば、可能なところから着実に手をのばしていくだろうし、その結果として、将来的に、いくつかのIT企業が宇宙開発の分野に大きな影響力をもつようになる可能性もあるのではないでしょうか。

 

ただ、それは宇宙への夢やロマンを感じさせるものというよりは、冷徹なソロバン勘定に基づいて、さまざまな企業が主導権を争い合う、殺伐としたものになりそうな気がします。とはいえ、人類のこれまでの歴史と同様、そうしたドロドロした欲望こそが、時代を先へ先へと動かしていくのかもしれません。

 

もっとも、そうした企業は、さらなる利益の追求を可能にする自由なフロンティアとして宇宙を目指すことはあっても、そこにわざわざ国家を建設し、多数の国民を食わせていく義務や不自由を抱え込もうなどとは考えないだろうという気はしますが……。

 

 

JUGEMテーマ:ニュース

at 19:04, 浪人, ニュースの旅

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スマホ時代の集中力と自動運転車

最近、あちこちで、自動運転車に関するニュースを見かけるようになりました。

 

世界中のIT企業や自動車メーカーが参入し、将来の主導権をめぐって激しく競い合うようになったこともあり、ドライバーのいらない完全な自動運転車の実用化も間近なのではないかと、大いに期待が膨らみます。

 

その一方で、ふと思うのは、私たち人間による車の運転についても、状況が大きく変わりつつあるのではないか、ということです。

 

ここ数年で、スマホが世界中に普及したことで、多くの人が、日常的に、ネット経由の大量の情報にさらされているわけですが、それが、運転手の集中力や注意力に何らかの影響を与えているのは確実だと思うからです。

 

運転中もスマホの操作をやめられず、それで事故を起こしてしまうケースは、その分かりやすい例ですが、かりに運転中にスマホを見ていなくても、つい先ほどまで夢中になっていたゲームの続きとか、まだチェックしていないメールやSNSが気になって、注意がおろそかになってしまう人もいるかもしれません。

 

ネットの世界では、世界中の人々から注目を浴びることが、ビジネス上の成功や自尊心の満足につながるために、いかにして人々の気をひくか、そして、いったん向けられた注意をどうやって持続させ、習慣化させるかをめぐって、さまざまな企業や個人による激しい競争が行われています。その結果、ネットの世界は、内容的にも技術的にも、利用者を引き込み、熱中させる仕掛けに満ちた、中毒性の高いものになりつつあります。

 

スマホによって、そうした世界にいつでもどこでもアクセスできるようになると、人によってはネットにつながるのが当たり前の習慣になり、逆に、つながっていないとそれだけでストレスになります。ネット中毒の運転手なら、運転中でも心はネット世界に飛んでいってしまいがちになるだろうし、車窓の風景も、ネットと違ってあまりにも刺激に乏しく感じられ、それがますます注意散漫をもたらしそうな気がします。

 

そんな風に、ここではないどこかへ、常に心が持っていかれがちな状況で、目の前の路上に注意を払い、運転に集中し続けるためには、むしろ、スマホがなかった時代よりも強力な意志の力が必要になっているのではないでしょうか。

 

しかし、ここ数年のスマホの普及とともに、交通事故が激増したというニュースは目にしません。

 

運転中にスマホを操作していて事故を起こしたようなケースがたまに報道されることはありますが、スマホ世代の若者の交通事故が特に増加しているという傾向はないようです。

 

たぶん、若い世代を含め、多くの人は、私が心配するほどネットやスマホにどっぷりはまっているわけではなく、かりにスマホ中毒みたいになっているとしても、自動車の運転のような危険な作業をするときには、きちんと気持ちを切り替え、それなりに緊張感をもって行動することができているのでしょう。

 

考えてみれば、昔も今も、ドライバーが注意散漫になる原因や状況というのはいくらでも存在しています。酒を飲んでしまったり、寝不足だったり、体調が悪かったり、心配事を抱えていたり、考え事にふけっていたり……。スマホというのは、そうした数多くの原因のうちの一つに過ぎないし、今のところは、それが交通事故の統計を大きく変える影響力をもつほどにはなっていないということなのだと思います。

 

ただ、今後もこのまま問題が深刻にならないと期待できるかどうかは分かりません。

 

それに、ネットやスマホの問題とは別に、高齢運転者の増加にともなって、安全なレベルの運転技術や注意力・判断力を維持できないドライバーが出てきているという問題もあります。


そんなことを考えていると、自動運転車が近い将来普及しそうなのは、ちょうどいいタイミングなのかもしれないという気がしてきます。

 

それは、人類に車を運転させるのはもう無理、という意味ではありません。

 

これまでも、自動車の運転というのは、高い注意力や集中力を必要とする危険な仕事だったし、実際、私たちは多くの犠牲を払ってきましたが、自動車がもたらすメリットは巨大だったし、ほかに代替する手段もなかったので、それを続けざるを得ませんでした。

 

だから、いま、知的な機械がそれを立派にこなす能力を備えつつあるのだとしたら、車の運転のような過酷で割に合わない仕事は、そろそろ機械にバトンタッチしてもいいような気がするのです。

 

現時点では、たぶん、私たちの多くが、無人で動く自動車を見慣れていないので、気味の悪さや不信感を抱いてしまうと思いますが、いったんそれらが世の中に浸透し、当たり前の存在になってしまったら、むしろ、未来の人々は、昔は年齢も性格も技量もバラバラなごく普通の人たちが、自らの手で車を運転していたと聞かされて、ゾッとするようになるのかもしれません……。

 

 

JUGEMテーマ:日記・一般

at 18:51, 浪人, つれづれの記

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