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おかげさまで10周年

このブログを2006年に始めてから、今日で10年になりました。

これまで、記事を読んでくださった皆様に、心よりお礼申しあげます。

どうもありがとうございました。



10年といっても、ブログを頻繁に更新していたのは最初の数年だけで、最近は年に数回記事を書くのがやっとです。ブログのデザインも始めた頃のままで、そろそろ変えたいな、と思いつつ、そのまま放置しています。

何かを熱心にやり続けても、逆に何もしなくても、時は同じように流れるわけで、だとすれば、10年という数字そのものには、ほとんど意味はないのでしょう。

ただ、こういう節目というのは、昔を思い出すきっかけにはなります。

そして、10年ほど前のことを思い返してみると、ネットの世界もあれからずいぶん変わったんだな、としみじみ思います。

当時のネット世界は、私自身の希望・願望による思い込みも多分にあったとはいえ、リアル世界とは異質な、もっと前向きで未来志向のロジックで動く別世界のように見えました。実際、同じような期待に胸をふくらませ、インターネットを自分たちの新たな居場所にした膨大な数の人々がいたからこそ、ネットの世界がこれだけの短期間で爆発的に成長したのだと思います。

もちろん、今でもそうしたロジックは健在ではあるのですが、それと同時に、最近はネットとリアルの融合が進んでしまったというか、リアル世界の世知辛さが、インターネットの隅々にまで押し寄せてきているような印象を受けます。

すべての物事には光と影があるものだし、ネットもその例外ではないことは分かっているつもりなのですが、ネット発の炎上事件がまたたく間にマスメディアを巻き込み、全国レベル、時には世界レベルの大騒ぎに発展したりする一方で、誰かがそれでカネ儲けをしたり、政治利用するために話をねじ曲げていくさまなどを見るにつけ、それでハッピーになる人などほとんどいないどころか、むしろ世の中が息苦しくなるだけのようでげんなりします。

もっとも、このブログだって、はたから見れば、そういう空騒ぎの一部なのでしょうが……。

今後は、自分もそうした空騒ぎの一部だという自覚をもちつつ、それでも何か書きたいことがあるかぎりは、ブログを続けていきたいと思います。



これからも、このブログをどうぞよろしくお願いいたします。


JUGEMテーマ:日記・一般

at 18:47, 浪人, 感謝

comments(0), trackbacks(0)

ずっと昔の短編を読む

最近の、ネット上の無料コンテンツの充実ぶりは素晴らしく、ニュース・映画・音楽・ゲーム・マンガ・小説など、あらゆるジャンルにわたっていて、日々ものすごい勢いで増殖しつつあります。

また、プロが生み出す作品だけでなく、私たちのような一般人が公開したブログやSNSの投稿、さらには掲示板の匿名コメントまでが、今ではネット世界の重要な一部となっていて、誰もがそれを当たり前のように見たり利用したりするようになっています。

それに加えて、大量の有料コンテンツもあるわけですが、個人的には、もう無料のものだけで満腹状態だし、懐に余裕があるわけでもないので、さらに手間とカネをかけて、有料の世界までわざわざ探索しなくてもいいのではないかという気がしてしまいます。

でもまあ、そういう貧乏くさい考え方はきっと、長い目で見るなら、自分の世界を狭くしてしまうことになるのでしょう。それにたぶん、無料の世界をいくらウロウロしていても、最高のクオリティのコンテンツには巡り合えないだろうとは思います。

ただ、極端な話、自分は無料で与えられるモノだけでやっていくと覚悟を決めて、それ以外の世界など存在しないのだと割り切ってしまえるなら、それに越したことはないのかもしれません。あのロビンソン・クルーソーが、難破船から流れ着いたり、島で手に入るモノだけを頼りに生き抜いたみたいに、豊かなネット世界が日々吐き出し続ける「おこぼれ」だけで楽しめるなら、どの有料コンテンツを購入するべきか、みたいなことを、あれこれ思い悩む必要からも解放されて、むしろ、心にゆとりさえ生まれるかもしれません。

そんな風に考えて、近頃は、以前にも増して無料コンテンツを積極的に利用しつつ、自分はそれだけでも「サバイバル」できそうか、少し本気で考えてみるようになりました。

例えば、電子書籍に関しては、現時点ではいくつもの会社が参入し、電子書籍リーダーの規格もバラバラなので、個人的には、もう少し状況が落ち着いて、いちばん有利なサービスがはっきりしてから使い始めよう、くらいに考えて、ずっと傍観していたのですが、無料の電子書籍がけっこうあることに気づいてからは、Amazon のサイトをときどきチェックして、気になった無料本をどんどん Kindle にダウンロードしてみるようにしています。

その中には、無料キャンペーンなどで手に入る新作もあるのですが、そうした作品は、正直なところ、残念なものが大半です。単に自分の興味関心に合わないこともあるし、読みづらかったり面白くなかったりして、数ページで挫折するものもあります。そんなときは、作者の方には申し訳ないのですが、さっさと Kindle から削除してしまいます。

自分の経験から言えば、無料の作品だからといって、そこそこの内容で満足できるわけではなく、むしろ逆に、作品を見る目は有料のモノ以上に厳しくなる気がします。いったんカネを払ってしまうと、多少期待外れでも、せっかく自腹を切ったのだから楽しもうとか、楽しんだことにしたいという気持ちが芽生えたりして、つい評価が甘くなることがあるのですが、タダで手に入れたモノには、そういう迷いの入る余地が一切ないためか、ある程度以上の満足が得られないと、それにかけた手間や時間をムダにしたという後悔にとらわれてしまうのです。

タダで楽しませてもらっておきながら、何とも勝手な言い草ではありますが、まあ、人間というのはこういうものなのかもしれません……。

それはともかく、無料の電子書籍で、しかもそれなりのクオリティを求めるとなると、やはり青空文庫など、著作権の切れた、かつての名作を選ぶのが無難です。そして、長編だと、ハズレだった場合のダメージが大きいし、最近、ネット上の短い記事ばかり読んでいて、長い文章を読み通す力がすっかり衰えてしまったこともあり、読むのはもっぱら短編の小説やエッセイということになります。それに、短い作品なら、ふだん自分が手を出さないような、いろいろなジャンルをあえて試してみることもできます。

そうやって、かつて学生のころに名前だけは聞いたことのある作家や、名前すら知らない作家の作品を、タイトルに惹かれたというだけの理由で読んでみたりしたのですが、やはり、ずいぶんと昔の作品だけあって、同じ日本語で書かれていても、作品の舞台や登場人物の日常が今とはまるで違っていて、違う国の話のように感じられます。

それは、本の読みにくさの原因にもなるのですが、一方で、別世界をのぞき込んでいるような、新鮮で不思議な感覚ももたらしてくれます。現代とのさまざまな違いを知るたびに驚きがあり、ささやかな時間旅行をしているような楽しさがあるし、過去の社会や人々の内面を知ることは、今の世の中を別の視点から理解するヒントにもなります。

それでも、古い本を読んでいると、そこはかとない虚しさを覚えてしまうのも事実です。

これは、過去の作品自体に問題があるからではなくて、たぶん、ずっと昔の本を、今なぜ自分が読んでいるのか、そこに意味や必然性があるのかと、つい自問してしまうからなのでしょう。

もちろん、昔の作品の中にも、時代を超えて通用する普遍的なテーマを扱ったものはいくらでもあるし、作品に感動したり、そこからさまざまな学びを得ることも、十分に可能だと思います。

ただ、やはりどんな作品も、時代性というか、その当時の世の中のさまざまな特徴を色濃く反映しているのを感じるたびに、そうした世界にどっぷりと浸って生きていた同時代の人々でないと、そうした作品の真価は味わえないのだろうと思ってしまうし、結局のところ、自分は、ほとんど全く利害関係もない遠い世界のことを、ただ表面的に観察しているだけのような気がしてしまうのです。

そこには、今を生きている自分の切実な問題意識に直接響いてくるような感覚はあまりないし、むしろ、自分が本来いるべきではない場所に紛れ込んでしまったような戸惑いや、さらには、見当ちがいの場所で道草をして、貴重な時間をムダにしているような罪悪感すら覚えてしまうこともあります。

それはちょうど、異国の地を旅して、現地で暮らす人々とささやかなコミュニケーションをするなかで、人間はみな似たようなもので、大筋では分かり合えるんだな、という思いに浸りつつ、でも同時に、その地には、その地特有の細かな習慣やしがらみがあって、それはそこに長く暮らしてきた人にしか深く理解できないものだし、その点では私は「異邦人」であり「部外者」であって、現地の人々と本当の意味で分かり合うことはできないんだろうな、という寂しさを感じてしまうのと似ているかもしれません。

逆に、私が古い小説やエッセイよりも、現代のごく普通の人々が書くブログやツイートに魅力を感じるのは、きっと、私自身も同じ時代を生きる生身の人間として、いろいろな面で世の中の状況に深く巻き込まれていて、「今」に関わるものは何であれ、おのずと強い感情を呼び覚ますからなのでしょう。それらは、時代を超えて生き残る名作とは違って、あと数年、いや数か月、ひょっとしたら数日も経てばどうでもよくなってしまうようなものなのかもしれませんが、今、この時に関わっているというだけの理由でどうしようもなく惹きつけられ、そのささいな内容にさえ一喜一憂してしまうのです。

というか、これはたぶん、私の個人的な傾向というより、「今」を感じさせるものにより大きな価値を感じてしまうのは、みな同じなのではないかという気がします。そして、今は世の中の動きがとても激しく、未来の予測も難しいだけに、好むと好まざるとにかかわらず、誰もが、期待と不安に満ちた「今」という瞬間から目が離せなくなっているのではないでしょうか。

別の言い方をすれば、ネット世界やリアル世界で日々生み出されるコンテンツは、それが新しいというだけでものすごい価値があり、強烈に人を巻き込む力を持っているけれど、すぐに賞味期限が切れて、別の新たなコンテンツにとって代わられるということが繰り返されているのでしょう。そして、その激しい新陳代謝のサイクルのおかげで、古くなったコンテンツがどんどん無料や格安で放出されるのだと思います。

目の前にあふれる昔のコンテンツの山に価値を見出し、それを心ゆくまで味わおうとするなら、「今」という時の放つ、圧倒的な力と輝きにさえ心を奪われることのない、超然とした心を、まずは手に入れる必要があるのかもしれません……。


記事 本の「賞味期限」


JUGEMテーマ:読書

at 19:01, 浪人, つれづれの記

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『猫町』

評価 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください

『猫町』は、北越地方の温泉宿に泊まっていた主人公の「私」が、山の中で道を見失い、奇妙な町に迷い込んでしまうという内容の短編小説です。

昔の作品で著作権が切れているので、上記の Kindle や、青空文庫で読むことができます。
青空文庫 萩原朔太郎『猫町』

いちおう物語の最後にオチがあるのですが、前半の導入部分がネタバレみたいになっているので、エンターテインメントという点から見れば、あまり完成度は高くないのかもしれません。

ただ、個人的には、物語そのものよりも、作者が主人公に託した問題意識が、現代の旅人が置かれた状況を先取りしているようで、とても興味深く感じられます。

主人公の「私」は、旅をするうちに、どこへ行っても、結局は同じような人間の、同じような生活があるだけだと思うようになり、旅への憧れを失ってしまいます。「無限の退屈した風景」に飽きた彼は、もっと自由な世界を求めるあまり、ついにはドラッグにのめり込んでいくのですが、このあたりについては、作者自身の体験が反映されているようです。
ウィキペディア 「萩原朔太郎」

この作品が書かれた1930年代には、仕事以外で飽きるほど旅に出かけられる人間など、ごく一部の有閑階級だけだっただろうし、別世界を求めてドラッグに手を出す設定にしても、それ自体がむしろ別世界の話だと感じた読者の方が多かったのではないかと思います。

ところが、時代は変わり、今やその気になりさえすれば、普通の日本人が世界各地を旅することも夢ではなくなりました。長い休みのたびに旅行を楽しむ人はめずらしくないし、バックパッカーとして長い放浪の旅に出る人もいます。

そうした旅人の中には、何度も旅を重ねるうちに、主人公の「私」のように旅に飽き、旅への憧れの気持ちをなくしてしまった人もいるかもしれません。

また、長年にわたるグローバル化によって消費社会のシステムが世界の隅々にまで浸透したことで、どこに行っても同じような店や商品を見かけるようになり、現地の人も私たちと似たような生活をし、似たようなことを考えるようになりつつある、という傾向もあります。

さらに、マスメディアやインターネットを通じて大量の情報を浴び続けているせいか、苦労して出かけて行った旅先で、新鮮な体験を楽しむどころか、過去にどこかで見たものを再確認しているような感覚に襲われ、幻滅してしまう旅人もいるかもしれません。

少し大げさな言い方かもしれませんが、現代においては、ここではないどこか別の場所への無邪気な憧れみたいなものを抱き続けるのがどんどん難しくなりつつあり、結果的に旅からロマンチックな要素が消えつつあり、望むと望まないとにかかわらず、多くの人が、『猫町』の主人公のような状況になりつつあるような気がします。

とはいえ、私たちは、小説の登場人物みたいに、ドラッグに手を出すわけにもいきません。

たぶん私たちは、それでも世界のどこかに何か素晴らしいモノや体験が残されているはずだと信じて、がむしゃらに世界を駆け回るよりも、そうやって常に心の渇きを覚え、何かを求めずにはいられない自分自身の内面にこそ目を向けてみるべきなのでしょう。

この小説の中では、身近な世界をそのままで別世界に変える一つのヒントとして、「景色の裏側」を見るというキーワードが示されていますが、それ以外にも、私たちがこれまでの生活を通じて無意識のうちに身につけてきた価値観や世界観にちょっとした変化が加わるだけで、世界は劇的に違って見えてくるはずです。

そうやって、自らの内面に揺さぶりをかけ続けるような旅ができるのなら、きっといつまでも退屈とは無縁でいられるだろうし、あるいは、さらに深く自身の内面を見つめ直していくうちに、いつしか、ここではないどこかへの激しい渇望感に囚われることもなくなり、そもそも旅に出る必要すらなくなっていくのかもしれません……。


本の評価基準

以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。

★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします



JUGEMテーマ:読書
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at 18:53, 浪人, 本の旅〜旅の物語

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