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『スローな旅にしてくれ』

評価 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください

この本は、バックパッカー向けの専門誌『旅行人』の主宰者で、作家・グラフィックデザイナーの蔵前仁一氏による旅のエッセイです。

アジアやアフリカでの旅のエピソードをはじめ、旅先で出会ったユニークな旅行者や冒険家のこと、蔵前氏の旅の師匠「ウチュージン」との出会い、安宿でなぜか感じる解放感について、旅先での言葉の問題や持ち物の話、ガイドブック作りの難しさ、などなど、バックパッカーの旅をめぐるさまざまなテーマが取り上げられています。

この作品は、もともと単行本として出版された『沈没日記』(1996年)が、2003年に改題・加筆のうえ文庫化されたもので、そこに描かれているのは15年以上前の旅です。最近のグローバル化やアジアの経済発展、旅のスタイルの急激な変化などを考えると、もはや昔話になってしまった話題も多いのですが、逆に、1990年代前半の、東西冷戦が終わって間もない頃のバックパッカーの旅の雰囲気がよくわかります。

その頃は、旅先にネットカフェなどなく、安宿に集った旅人同士が、情報ノートなどで貴重な情報を共有しながら旅を続けていました。写真をよく撮る旅行者なら、(デジカメ普及前なので)重いフィルムの山を背負っていたし、旅人への連絡手段といえば郵便局留の手紙くらいで、開発途上国では、国際電話がつながったというだけで喜んでいた時代です。

私も、その頃の旅の雰囲気を知っているので、読んでいるととても懐かしいのですが、考えてみれば、このブログに私が書いた旅の体験も、同じようにどんどん昔話になりつつあるわけで、時の流れの速さ、特にここ十年ほどの変化の激しさを痛感します。

ただ、旅先の国々が大きく変貌し、旅のスタイルが急速に変わっていくとしても、旅を通じて一人ひとりの旅人が感じることや、その悩みといったものは、昔も今も、ほとんど変わっていないのかもしれません。

そういう意味では、こうしたちょっと昔の旅の本にも、表面的な情報の鮮度とは別の価値があるのではないでしょうか。

それにしても、この本を読んで改めて感じたのは、バックパッカーというのは、やっぱり、社会においては一種の少数民族みたいな存在なんだな、ということでした。

例えば、この作品の中でも、マスメディアを通じて繰り返される、アジアやアフリカに対するステレオタイプなイメージに疑問が投げかけられているのですが、そうしたメッセージが多くの人に伝わるかといえば、微妙なところかもしれません。

個人旅行者やバックパッカーは、別にマスコミの報道を検証するために海外を旅しているわけではないのですが、旅を続けていれば、いやでも現実とイメージとの差に気づくものです。

ただ、日本人全体に占めるバックパッカーの比率は、たぶん、ものすごく低いと思うので、彼らのあいだでは常識になっているようなことでも、世間の多くの人にはなかなか共有されないのかもしれません。

自分で現地を訪れ、実際の世界はマスメディアが伝えるイメージとは違うことを痛感するまでは、そもそも、それがステレオタイプだということ自体に気がつかないかもしれないし、気がつかなければ当然、それを問題だと思うこともないでしょう。

旅人たちが世界の片隅で日々目にし、体験していることは、私にはとても価値のあるものに思えるのですが、日本で忙しく働いている人々、あるいは年長者世代の多くに、そうした体験を伝える機会はなかなかないだろうし、むしろ、(この本にも実例が出てきますが)旅を続けていることがマイナスに評価され、いつまでもフラフラしているダメ人間だと説教されてしまったりします。

それもこれも、バックパッカーが社会における圧倒的少数派であるからなのかもしれません。しかも、昨今の若者の海外旅行離れによって、バックパッカーはますます日陰の存在になってしまいそうな感じです。

それでも、この本を読んでいると、蔵前氏が、そんな肩身の狭いバックパッカーの気持ちを代弁し、同じような問題に直面してきた一人の先輩として、それでも何とかなるもんだよと、優しく励ましてくれているような気がします。


本の評価基準

 以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。

 ★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
 ★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
 ★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
 ☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします



JUGEMテーマ:読書

at 18:47, 浪人, 本の旅〜世界各国

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『サバイバル時代の海外旅行術』

評価 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください

一時期、マスコミの芸能ネタで世間をにぎわせた映像作家・DJの高城剛氏が、旅行術の本を書いていたことを知って、興味が湧き、ちょっと読んでみました。

高城氏がこれまでどんな仕事をしてきて、今は何をしているのか、ウィキペディアなどを見てもいまひとつよく分からないのですが、この本自体は、具体的な旅のアイデアやヒントに満ちた面白いものでした。

彼によれば、世界はいま、格安航空会社(LCC)の台頭などによって、世界の流動人口が爆発的に増え、遊びや仕事の場所や機会が大きく変容を遂げる、「ハイパーモビリティ」と呼ばれる状況を迎えつつあり、海外旅行のあり方も、ここ数年のあいだに大きく変わりつつあるようです。

高城氏はこの本の中で、欧米を中心に広がる新しい旅行スタイルを紹介しながら、日本で出版されている、旧態依然で「使えない」旅行ガイドブックに頼らず、インターネットを中心に自ら欲しい情報を集め、自分なりの旅行ガイドを組み立てることを提案し、また、最先端の情報端末を旅先で役立てるためのノウハウや、便利な旅行グッズやパッキング術など、具体的なアイデアを披露しています。

バックパック一つで世界のどこにでも気軽に出かけていくフットワークの良さに加えて、ネットと情報端末を駆使して、自分のしたい旅をスマートに実現し、ときには人気のレストランで美食も楽しむなど、バックパッカーの自由さと、旅先でクオリティの高い体験を楽しむ優雅さがミックスした、いわゆる「フラッシュパッカー」の具体的な姿がここにあります。
ウィキペディア 「バックパッカー」の「フラッシュパッキング」の項

また、彼は、機内持ち込み手荷物の制限内に収まるモノだけを厳選してパッキングし、世界を自由に移動しながら、同時にその手荷物の制約の中で、移動先のどこでも仕事ができる環境を構築する「トラベルオフィス」を実現し、普通の人にとっては非日常である旅を、日常と融合させることにも成功しているようです。

高城氏は、IT革命とグローバル化が生み出した果実、特に、場所の制約から解放された軽快な暮らしを、人に先んじて十分に味わっているといえるかもしれません。

フラッシュパッカーが用いる情報端末や周辺機器の進化は日進月歩なので、2009年の夏に出たこの本の情報はもう古くなりかけているのでしょうが、細かな最新情報はともかく、持ち物やパッキングのアイデア、トラブルを最小化するための「ダブルバックアップ」の考え方や、スマートフォンによる海外でのネット接続法など、ベースとなる部分についてはそのまま有効で、興味のある方ならかなり参考になるでしょう。

ただ、自分で情報を集め、自由な発想で旅を組み立てていくのは素晴らしい体験になるはずですが、そこに至るまでには、ある程度の旅の経験や、知識の蓄積、最新の情報を伝え合う仲間同士のネットワークも必要になるでしょう。

この本を読んで、彼のパッキング術や持ち物リストなど、「形」をマネすることならすぐにできても、その先の、ガイドブックに頼らない旅、自分らしい旅を常に創造していくプロセスを本当に楽しむためには、たぶん彼自身がそうであったように、長年にわたる試行錯誤が必要だと思います。

あと、これは個人的な趣味の問題になりますが、この本で紹介されているような、フラッシュパッカー的でスマートな旅のスタイルについては、ユニークだし、これからの旅の主流になる可能性が高いとも思うのですが、今の私は、世界のどこで最先端のおいしいディナーが食べられるか、とか、情報端末のGPSで見知らぬ都市を効率よく探索、みたいなことにはあまり興味をひかれません。

むしろ、高城氏の実現している「トラベルオフィス」の考え方、旅と生活を融合させ、これまでのような定住型ではない、新しいライフスタイルを実践する試みの方に、より一層の興味を覚えます。

ところで、彼は、マスコミからはあまりいい扱いを受けていない印象があるのですが、そこには、移動型のライフスタイルを打ち立てた人間を、定住型の人間が見たときの思い込みとか理解不能なところが、多分に影響しているのではないかという気がします。

日本人の多くは、今でも地域のコミュニティや会社などの共同体に属し、同じところに何年、何十年も住んで、なじみ深い人々との濃密な人間関係を保って暮らしていると思いますが、そうした定住型の人間から見た場合、高城氏は、ふだんはどこにいるのか分からないのに、あるときふっと視界に入り、すぐにまたどこかへ消えていく、まるで彗星みたいな存在だろうし、世界各地を転々としつつ、あれこれと何かよく分からない仕事をして、なぜかそれなりに食っているという、かなり怪しげな人物として目に映るのかもしれません。

まあ、移動型の生活に憧れ、彼の実現した「トラベルオフィス」をうらやましく思う私でさえ、彼がいったい何をしている人なのか、いまだによく分からないわけですが……。

高城氏のようなタイプの人間は、現在も、そして近い将来も、やはり社会の中の圧倒的な少数派で、あのフーテンの寅さんがそうだったように、定住型の人間の世界にときどきふらりと現れては、そこに波乱を巻き起こし、彼らの生活を活性化するものの、その役目が終われば、すぐに放り出されてしまうような存在なのかもしれません……。


本の評価基準

 以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。

 ★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
 ★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
 ★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
 ☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします



JUGEMテーマ:読書

at 18:48, 浪人, 本の旅〜世界各国

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『奇跡の生還へ導く人 ― 極限状況の「サードマン現象」』

評価 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります

この本は、探検家や登山家が極限状況で体験するといわれる、いわゆる「サードマン現象」の豊富な実例を集め、それが起きるメカニズムについて、さまざまな視点からの考察を加えたユニークな本です。

サードマン現象とは、極地や高山などの過酷な環境で、しかも生還を期しがたいような絶望的な状況に追い込まれた人間が、(多くの場合目に見えない)何者かが自分のそばにいる気配を強烈に感じるという現象です。体験者は、その「存在」に守られ導かれているような安心や希望を感じ、それが彼らに状況を切り抜けるための努力を続けさせ、結果的に、奇跡的な生還を果たすことがあるのです。

もちろん、その現象は誰にでも起きるわけではなく、また、それを体験したからといって、必ず生還できるというわけでもないようですが……。

ちなみに、サードマンという言葉そのものは、T・S・エリオットの有名な『荒地』という詩の中の、

いつもきみのそばを歩いている第三の人は誰だ?
数えてみると、きみとぼくしかいない
けれど白い道の先を見ると
いつもきみのそばを歩くもう一人がいる

という一節からきています。そして、この詩は、1916年、探検家シャクルトンの一行が南極周辺の海域で遭難し、残された小舟でサウスジョージア島へと脱出する壮絶な旅の途中、目に見えない何者かが一緒にいたという有名な体験談にインスピレーションを得たとされています。

この本には、登山家、極地探検家を始め、単独航海家や海難事故の生存者、戦争捕虜やテロ事件の生還者、ダイバー、パイロット、さらには宇宙飛行士まで、さまざまな状況でサードマン現象を体験した人々の事例が収められています。

どれも悲惨で壮絶な話で、事例を読むだけで圧倒されます。そして、どんな状況でも希望を失わず、ひたすら生き続けようとする彼らの姿と、その強い意志が可能にした奇跡の生還劇を読んでいると、心が熱くなってきます。

著者のジョン・ガイガー氏は、こうした事例をまとめる一方で、サードマン現象の要因についてさまざまな側面から考察し、それがどうして起きるのか、その謎を解き明かそうとしています。この本を、その謎解きのプロセスとして楽しもうという方にとっては、以下の記述はネタバレになりますのでご注意ください。

サードマン現象は、かつては、神や守護天使がさしのべる救いとして受け止められることも多かったのですが、現在では逆に、それを人間の生理的・心理的機構が生み出した幻だと見なしがちな傾向があります。

例えば、多くの科学者はそれを、激しい体力消耗や環境の単調さによって引き起こされる感覚上の幻影や幻覚、あるいは、食糧不足による血中グルコース濃度の低下や、高所脳浮腫、低温ストレスなどの症状として説明しようとします。

しかし、ガイガー氏は、サードマン現象にはそれ以上のものがあるとして、さらなる探求を続けます。科学者の言うように、それが単に心身の不調による幻覚だとするなら、それが体験者の心の支えとなり、冷静で的確な努力を続けさせる理由を説明できないからです。

実は、サードマンに似た「存在」の現象は、アメリカ先住民やアジア・アフリカの伝統的な通過儀礼の中に、また、孤独やストレスにさらされた子供の多くが体験する見えない遊び相手、あるいは、愛する人を失った直後に遺族が感じる死者の強い気配など、雪山や極地にかぎらず、私たちの日常生活の中にも見られるのです。

そのように、この現象をもっと広い視野でとらえたとき、それは、極端な環境や特殊な人々だけに特有なものであるというよりはむしろ、個人では対処しきれないほどの激しいストレスにさらされた人間が、ある程度共通して経験するプロセスの、一つの表れなのではないかという感じがしてきます。

ガイガー氏は、サードマン現象が起きるカギとなり、その体験者に意味を与える基本原則として、

 ‖犇の病理(雪山・海上・砂漠・空など、周囲が単調で感覚入力がほとんどないことによって引き起こされる状態)
◆(数誘因の法則(本人にストレスを与えるさまざまな要因が重なっている)
 喪失効果(極限の状況で同行者を失ったり、愛する者が死んだりしたとき、「存在」の感覚が孤独感を抑えるための心理的な力になる)
ぁ.燹璽機Ε侫.ター(本人のパーソナリティが、なじみのない新しい経験などを受け入れられるか)
ァゝ澪兌圓領蓮兵分が最後まで生き延びることを信じる姿勢)

の五つを挙げています。

これらは、体験者の心身の両側面の要因によってサードマン現象を説明するという点で、より総合的になっていて、単純な幻覚説みたいな説明よりは納得できるものですが、サードマン現象の本質に迫り切ったというよりは、多くの事例からとりあえずその共通項を取り出してみたという感じです。

それでもガイガー氏は、最終的にはもっと踏み込んで、サードマン現象は、生き延びようとする本人の強い意志、つまり自分の一部が外部の存在として知覚されるものであり、脳の側頭頭頂接合部にそうした「存在」の感覚を生みだす仕組みがあって、人間が仲間から隔絶された場所で極限状況に追い込まれたりすると、その「天使のスイッチ」が入るのではないか、という結論を示唆しています。

しかし、彼自身も触れているように、それは、現象が「どのように」起きるかを説明することはできても、「なぜ」そうなのかを説明してくれるわけではありません。

刀折れ、矢尽き果てた絶体絶命の局面で、生きるための最後の力を人間に与えてくれるのが、仮に自分の幻影であるとしても、本人の心の中で、それが自分以外の仲間の「存在」として映るのはなぜなのでしょう?

また、親密な他者として体験されるその「何か」が、自分に究極の力を与えてくれるという仕掛けを人間の心身に植えつけたのは、単なる進化の偶然なのでしょうか? それとも、そのような仕組みになっていること自体が、人類に対する、何か深い意味をもつメッセージなのでしょうか?

「サードマンは希望の媒介者である」とガイガー氏が言うとおり、誰かがそばにいるという実感、「私たちは一人ではないという信念と理解」が、極限状態の人間に最後の希望と力を与えます。そうした仕組みが、人間が口先で語るきれいごとではなく、私たちの心身の深い部分にあらかじめセットされていることに、私は暖かな希望を感じました。

ところで、私自身は、この本で初めてサードマン現象という用語を知ったのですが、これと似たパターンの話自体には、これまで何度も出会ってきました。例えば、いわゆるスピリチュアル系の世界では、変性意識状態において、自分を見守り導く「存在」に出会うのはおなじみの話です。

また、お大師さん(弘法大師)がいつもお遍路さんと一緒に足を運んでくださっているという、四国八十八カ所巡礼のあの有名な言葉、「同行二人」も頭に浮かびます。

何らかのきっかけで日常的な意識の世界を超え、ふつうの言葉では説明できないような体験をするという点で、サードマン現象には、スピリチュアルな世界と共通するものがあるといえるかもしれません。

一冊の本に、多数の事例とさまざまなトピックが詰め込まれているせいか、この本には少し読みにくいところもあります。それでも、壮絶な旅の記録として、また、人間の本質に対するユニークなアプローチとして、読むに値する素晴らしい本だと思いました。


本の評価基準

 以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。

 ★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
 ★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
 ★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
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JUGEMテーマ:読書

at 18:45, 浪人, 本の旅〜世界各国

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