『インドなんてもう絶対に行くか!! なますてっ!』
評価 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
インドを旅するバックパッカーが、インドとインド人にひたすらツッコミを入れまくる、『インドなんて二度と行くか!ボケ!! …でもまた行きたいかも』で、旅行記の新しい世界を切り開いたさくら剛氏の、インド旅行記第2弾がこの本です。
今回のさくら氏は、アフリカからユーラシア大陸に入って西から東へ横断し、中国をめざす長い旅の途中で、3年ぶりに再びインドに入国します。
彼は前回の体験に懲りて、旅行者を騙しボッたくるインドの小悪人を避けるため、いい人が比較的多いとうわさの南インドを回るはずだったのですが、いつの間にかデリー、ジャイプル、バラナシといった、旅行者に悪名高い北インドの街に再び入り込んでしまい、なぜか前回と同じ絨毯屋に連れていかれたり、見覚えのあるインチキ占い師のもとを訪ねたりして、相も変わらずインド人たちとの激しいバトルを展開します。
今回は一応、南のムンバイやゴアにも足をのばしたり、あのカオスの祭り「ホーリー」をデリーで迎えたり、ブッダガヤに足を運んだりと、行き先や体験の内容に多少の変化も見られるのですが、彼の行動パターンや旅行記の文体は、前回の旅とそっくりです。
ウィキペディア 「ホーリー祭」
それをワンパターンやマンネリとみる人もいるでしょうが、私個人としては、ツッコミ旅行記というスタイル自体はエンターテインメントとして独特の完成度に達しているし、著者と笑いのセンスが合う人ならば、大いに楽しんで読めると思います。
ところで、このお笑い旅行記を読んでいて、ふと思い出したことがありました。
日本に存在する巨大仏を訪ね歩いた異色の旅行記、『晴れた日は巨大仏を見に』の中で、著者の宮田珠己氏が次のようなことを書いています。
かつて、大仏というものは、救済としての仏教の象徴としてありがたく参拝する対象だったのですが、それはやがて時代の移り変わりとともに、巨大構造物を見上げるスペクタクル感を楽しむものへ、さらには人々から見向きもされなくなり、むしろ巨大なだけのその存在の無意味さによって失笑されるものへと変わっていきました。
宮田氏は、その歴史をふり返った上で、巨大仏が社会から期待される役割が、「救い→驚き→笑い」というように変化したと鋭く指摘しているのですが、インド旅行記にも、似たような傾向が見られるような気がします。
かつて、日本から遠く離れたインドの土を直接踏むことは、選ばれたごく一部の人間にしか許されない特権でした。当然、その旅の記録は、そこに行けない人々にとっては貴重な情報源であり、ありがたいお話でも拝聴するつもりで旅行記をひもといた時代があったはずです。
やがて、より多くの人間がインドを訪れるようになると、ただインドに行ったという事実だけでは読んでもらえなくなり、インドという異文化に触れた驚きなど、その内容の深さや衝撃度によって読まれる時代がやってきます。
しかし、格安航空券が普及し、充実したガイドブックが出回り、現地の受け入れ態勢も整備されて、さらに多くの旅人が自由にインドを動き回れるようになると、もはや珍しい体験とかスペクタクルな光景の紹介だけでは、旅行記を読んでもらえなくなります。
この本に限らず、今やインド旅行記は、インドに対する著者のリアクションの面白さ、それも、読者を楽しませるエンターテインメントとしての面白さがないと、手にとってもらえない時代に入っているのかもしれません。
人々にとって、自分の人生の限られた持ち時間の使い方として、あえてインド旅行記を読むという選択をする意味は次第に失われつつあり、そしてそれは、インドだけの話ではなく、海外旅行記そのものが、同じような道をたどっている気がします。
ただ、旅行記のありがたみが薄れつつある(ように見える)としても、それは、実際に旅をする意義がなくなったことを意味するわけではありません。むしろ、誰もがその気になりさえすれば、地球上のほぼあらゆる場所を旅することができる時代だからこそ、人の書いた旅行記を読む以上に、自分が実際に現地に行ったり、そこで何かを感じることには大いに意味があるのではないかと思います。
だとすれば、それがお笑いであろうと何であろうと、誰かがこうした本を読んで、自分も旅に出てみたいと思うきっかけになるなら、それは現代の旅行記として、十分に役目を果たしていることになるのかもしれません。
ただし、これは言うまでもないことですが、インドには、この本に登場するような愛すべき小悪人だけしかいないわけではありません。どこの国でもそうですが、インドにもまた、もっと深い闇の世界は存在するし、旅行者が巻き込まれるトラブルにしても、いつも笑って済ませられるものばかりではないはずです。
それでも、実際にインドを旅してみたいと思われた方には、あの『深夜特急』の著者、沢木耕太郎氏にならって、以下の言葉を贈りたいと思います。
「気をつけて、でも恐れずに」……。
本の評価基準
以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。
★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします
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