このブログ内を検索
新しい記事
記事のカテゴリー
                
smtwtfs
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< May 2017 >>
過去の記事
プロフィール
            
コメント
トラックバック
sponsored links
携帯
qrcode
その他
無料ブログ作成サービス JUGEM

『インドなんてもう絶対に行くか!! なますてっ!』

評価 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください

インドを旅するバックパッカーが、インドとインド人にひたすらツッコミを入れまくる、『インドなんて二度と行くか!ボケ!! …でもまた行きたいかも』で、旅行記の新しい世界を切り開いたさくら剛氏の、インド旅行記第2弾がこの本です。

今回のさくら氏は、アフリカからユーラシア大陸に入って西から東へ横断し、中国をめざす長い旅の途中で、3年ぶりに再びインドに入国します。

彼は前回の体験に懲りて、旅行者を騙しボッたくるインドの小悪人を避けるため、いい人が比較的多いとうわさの南インドを回るはずだったのですが、いつの間にかデリー、ジャイプル、バラナシといった、旅行者に悪名高い北インドの街に再び入り込んでしまい、なぜか前回と同じ絨毯屋に連れていかれたり、見覚えのあるインチキ占い師のもとを訪ねたりして、相も変わらずインド人たちとの激しいバトルを展開します。

今回は一応、南のムンバイやゴアにも足をのばしたり、あのカオスの祭り「ホーリー」をデリーで迎えたり、ブッダガヤに足を運んだりと、行き先や体験の内容に多少の変化も見られるのですが、彼の行動パターンや旅行記の文体は、前回の旅とそっくりです。
ウィキペディア 「ホーリー祭」

それをワンパターンやマンネリとみる人もいるでしょうが、私個人としては、ツッコミ旅行記というスタイル自体はエンターテインメントとして独特の完成度に達しているし、著者と笑いのセンスが合う人ならば、大いに楽しんで読めると思います。

ところで、このお笑い旅行記を読んでいて、ふと思い出したことがありました。

日本に存在する巨大仏を訪ね歩いた異色の旅行記、『晴れた日は巨大仏を見に』の中で、著者の宮田珠己氏が次のようなことを書いています。

かつて、大仏というものは、救済としての仏教の象徴としてありがたく参拝する対象だったのですが、それはやがて時代の移り変わりとともに、巨大構造物を見上げるスペクタクル感を楽しむものへ、さらには人々から見向きもされなくなり、むしろ巨大なだけのその存在の無意味さによって失笑されるものへと変わっていきました。

宮田氏は、その歴史をふり返った上で、巨大仏が社会から期待される役割が、「救い→驚き→笑い」というように変化したと鋭く指摘しているのですが、インド旅行記にも、似たような傾向が見られるような気がします。

かつて、日本から遠く離れたインドの土を直接踏むことは、選ばれたごく一部の人間にしか許されない特権でした。当然、その旅の記録は、そこに行けない人々にとっては貴重な情報源であり、ありがたいお話でも拝聴するつもりで旅行記をひもといた時代があったはずです。

やがて、より多くの人間がインドを訪れるようになると、ただインドに行ったという事実だけでは読んでもらえなくなり、インドという異文化に触れた驚きなど、その内容の深さや衝撃度によって読まれる時代がやってきます。

しかし、格安航空券が普及し、充実したガイドブックが出回り、現地の受け入れ態勢も整備されて、さらに多くの旅人が自由にインドを動き回れるようになると、もはや珍しい体験とかスペクタクルな光景の紹介だけでは、旅行記を読んでもらえなくなります。

この本に限らず、今やインド旅行記は、インドに対する著者のリアクションの面白さ、それも、読者を楽しませるエンターテインメントとしての面白さがないと、手にとってもらえない時代に入っているのかもしれません。

人々にとって、自分の人生の限られた持ち時間の使い方として、あえてインド旅行記を読むという選択をする意味は次第に失われつつあり、そしてそれは、インドだけの話ではなく、海外旅行記そのものが、同じような道をたどっている気がします。

ただ、旅行記のありがたみが薄れつつある(ように見える)としても、それは、実際に旅をする意義がなくなったことを意味するわけではありません。むしろ、誰もがその気になりさえすれば、地球上のほぼあらゆる場所を旅することができる時代だからこそ、人の書いた旅行記を読む以上に、自分が実際に現地に行ったり、そこで何かを感じることには大いに意味があるのではないかと思います。

だとすれば、それがお笑いであろうと何であろうと、誰かがこうした本を読んで、自分も旅に出てみたいと思うきっかけになるなら、それは現代の旅行記として、十分に役目を果たしていることになるのかもしれません。

ただし、これは言うまでもないことですが、インドには、この本に登場するような愛すべき小悪人だけしかいないわけではありません。どこの国でもそうですが、インドにもまた、もっと深い闇の世界は存在するし、旅行者が巻き込まれるトラブルにしても、いつも笑って済ませられるものばかりではないはずです。

それでも、実際にインドを旅してみたいと思われた方には、あの『深夜特急』の著者、沢木耕太郎氏にならって、以下の言葉を贈りたいと思います。

「気をつけて、でも恐れずに」……。


本の評価基準

 以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。

 ★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
 ★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
 ★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
 ☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします



JUGEMテーマ:読書

at 18:47, 浪人, 本の旅〜インド・南アジア

comments(2), trackbacks(0)

『インド人の頭ん中』

評価 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください

この本は、ふとしたきっかけでインドのデリーに移り住み、そこで4年間一人暮らしをした女性が、日々遭遇した仰天するような出来事と激しいカルチャーショックの数々を、ユーモラスに描いたエッセイです。

著者の冬野花氏は、住む部屋を自分一人で探すことから始まって、次から次へと果てしなく襲いかかる生活上のトラブルに対処していくのですが、それはまさにインドとの闘いでした。

夏のインドの猛烈な暑さはいうまでもなく、日常的な停電・断水、日本食はおろか牛肉・豚肉・酒類さえなかなか手に入らない食生活、日本的な気配り・繊細さ・時間の正確さとは正反対のインド的スタンダード、カースト制度のしがらみから生み出される信じられないようなインド人の思考・行動パターン、さらには、女性だというだけで差別的な扱いを受けたり行動の自由を奪われてしまう現状……。

それでも、彼女はヒンディー語を覚え、カルチャーショックを乗り越えて、自分のささやかな暮らしを確立していきます。

ちなみに、似たような困難は、インドに赴任する日本企業の駐在員もみな経験しています。その詳細は、以前にこのブログでも紹介した、山田和氏の『21世紀のインド人』に描かれているのですが、駐在員については、会社から物心両面のサポートを受けられるだけまだマシかもしれません。

冬野氏の場合は、インドに関する予備知識もなければ何のツテもなく、女性の一人暮らしであるうえに、あのデリーです。インドを個人旅行した方ならご存知でしょうが、デリーは旅人にとっては鬼門ともいえる街で、バックパッカーが巻き込まれるトラブルの多さと街の印象の悪さではかなり有名なところです。私も、よほどの必要にでも迫られない限り、デリーに長居をしようとは思いません。

彼女がそれを知った上で、あえてデリーを選んだのかどうかは分かりませんが、いずれにしても、そこで長期間生活をするというのは、それだけで、日本人にとって最高難度のチャレンジの一つなのではないかという気がします。

それでも、冬野氏は必要以上にシリアスになることもなく、また、インドの歴史とか政治・経済の小難しい話などは一切なしに、あくまで一人の生活者の具体的な体験を例に挙げながら、ドタバタ劇には事欠かないインドの生活と、ツッコミどころ満載のインド人の不思議な生態を、歯切れよくユーモラスに描いています。

ただ、ときどきあまりにも言葉の選び方が率直すぎて、読んでいてハラハラするところもありますが……。

私は旅人としてインドを回っただけですが、この本には、私自身がインドで感じたり考えたりしたことと重なる部分があちこちにあって、深く共感を覚えました。

インドのユニークな生活文化の話を始めとして、値段交渉の話や、交通機関の話、さらにはインド人に対する怒りについてなど、インドに住んだり旅したりしたことのある人なら、けっこうおなじみのテーマも多く、また、インド人に対する著者のツッコミの数々に、大いに溜飲を下げる方もおられるのではないでしょうか。もちろん、インドに行ったことのない人でも気軽に楽しめる内容になっています。

それにしても、このエッセイは、一見したところ思いつきで書かれているようでいて、インドの社会やインド人について、けっこう鋭く本質を突いているように思われるところもあります。

これは、冬野氏の才能というべきなのでしょうか、それとも、インドで何度も何度も痛い目に遭い、度重なる怒りに耐え続けた人間は、誰もが精神をすっかり鍛えられ、哲学的になり、インドに対する深い理解に到達するということなのでしょうか……。


本の評価基準

 以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。

 ★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
 ★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
 ★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
 ☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします



JUGEMテーマ:読書

at 18:36, 浪人, 本の旅〜インド・南アジア

comments(2), trackbacks(0)

『わけいっても、わけいっても、インド』

評価 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください

この本は、バックパッカー向けの旅行専門誌『旅行人』の主宰者で、作家・グラフィックデザイナーの蔵前仁一氏によるインド旅行記です。

蔵前氏はこれまでにも、『新ゴーゴー・インド』など、インドの旅を描いた楽しい著作があるのですが、今回の旅は、インドの先住民アディヴァシーの文化がテーマです。蔵前夫妻は、アディヴァシーの素朴で美しい絵画を求めて、観光客のほとんど訪れないインドの僻地へと分け入っていきます。

第1章は、ミティラー画を求めて、ビハール州のマドゥバニ周辺をめぐる旅(2004年)。
ウィキペディア 「ミティラー画」

第2章は、ラトワ族によるピトラ画(チョタ・ウダイプル周辺)を探し、ついでにグジャラート州の見どころをまわる旅(2007年)。

第3章は、ワルリー族の壁画ワルリー画(マハーラーシュトラ州タラサリ)や、ゴンド族のゴンド画(マディア・プラデシュ州など)、ラジワールというカーストの、日本の鏝絵に似たクレイ・ワークの美しい家(チャッティースガル州アンビカプル周辺)などを求めて、西のムンバイから東のプリーまで、インド亜大陸を横断する旅(2009年)。

インドの民俗画のほかにも、二人は各地の織物・刺繍・染物や、真鍮細工・陶芸などの工芸品、さらには古今の建築まで、幅広く目配りしながら旅をしています。非常に盛りだくさんでにぎやかなカラー写真から、そうしたインドの美の世界や、旅先の風景が生き生きと伝わってきます。

また、旅のエピソードとともに、鉄道・バスの便や所要時間、それぞれの街の雰囲気やホテルの質など、バックパッカーの視点に立った簡潔で的確な旅情報も示されているので、実際に旅をしようと思う人にも参考になると思います。

でも、読んでいていちばん面白いのは、やはり、旅先で出会う人々とのやりとりを描いた場面でしょう。この本にも、親切だけれど少々おせっかいで、お茶目なインド人が多数登場します。

さすがに蔵前氏はインドとのつき合いが長いだけあって、彼らへの応対は手慣れたもので、彼らを全面的に信用するわけではなく、かといって疑い深い目で見ているわけでもなく、相手との距離の取り方が絶妙です。そして、そこにはインドやインド人に対する温かいまなざしが感じられます。

また、この本には、自分なりのテーマを見つけ、オリジナルの旅を組み立てていく楽しさがあふれています。ガイドブックやインターネットでは情報が手に入らないような土地を、手探りで旅するのには不安もあるだろうし、さまざまな困難にも遭遇するはずですが、だからこそ筋書きの見えない面白さもあります。

実際、この本を読めば、現地の言葉を流暢に話せなくても、学者や専門家でなくても、個人として可能な限りの準備をし、旅人としての注意やマナーを守った上であれば、地球のどこでも自由に旅することができるのだということに、改めて気づかされるのではないでしょうか。

ただ、多くの人にとっては、インド先住民のアートというこの本のテーマは、かなり地味に感じられるかもしれません。そういう意味では、インドをすでに何度か旅した方や、インドについて、ある程度の予備知識をもった方にお勧めしたいと思います。


本の評価基準

 以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。

 ★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
 ★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
 ★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
 ☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします



JUGEMテーマ:読書

at 19:01, 浪人, 本の旅〜インド・南アジア

comments(0), trackbacks(0)