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日本人の激写集団

チベットを旅していたときのことです。

ラサからサムイエに向かう途中に大きな河があるのですが、橋がかかっていないため、そこでは発動機のついた渡し舟を利用することになります。

十分な数の客が集まるまで、渡し舟は出発しないので、そのとき私は船着場で一時間以上もブラブラしながら、舟が出るのを待っていました。

周囲にはこれといって見るべきものもなく、チベットらしい荒涼とした風景が広がっているばかりです。

そこに一台のバスがやってきて、日本人とみられる中高年の一団がゾロゾロと降りてきました。全部で20名以上はいたでしょうか。一見したところ、よくある団体ツアーの観光客のようでしたが、何か少し雰囲気が違います。

彼らの全員が、高級そうな一眼レフを構えていて、持っている機材の量もかなりのものです。中には一人で三台のカメラをぶら下げた人もいます。きっと趣味で写真をやっている者同士が集まり、「秘境チベット撮影ツアー」みたいなことを企画して、ここまでやって来たのでしょう。

一団の人々は、キョロキョロとあたりを見回しながらこちらの方まで歩いてくると、現地のチベット人を見つけて取り囲み、写真を撮り始めました。

その光景は何とも異様でした。

20以上のカメラが一斉にその人物に向けられ、バシャバシャとシャッターが切られ続けます。みな撮影に集中しているのか、ほとんど無言です。まるで政治家や芸能人を追いかけるマスコミのようですが、ここはチベットの田舎です。

ハイテク製品で「武装」した日本人の一団と、チベット人の呆然とした様子、それに周囲の荒涼とした風景があまりにちぐはぐで、私は泥水でも浴びせられたような、何とも言いようのない気分で、彼らの行動をただ遠巻きに眺めていました。

ひととおり撮影が済むと、一団に同行していたガイドが、「1、2元払ってあげてくださぁ〜い!」と呼びかけました。

すると今度は、撮影を終えたオッサンたちの多くがチベット人「モデル」の前に黙って列をつくり、その全員が一人ずつチップを渡していきます。

日本人ツアー客にとっては、一人が払う金額は駄菓子代程度でしかないのかもしれませんが、それでも20人分ともなれば、それなりの金額にはなるし、ましてや現地のチベット人にとっては相当な大金です。

それに、お金を渡すなら、せめて誰かが撮影のお礼を言って、まとめて渡すなりすればいいのに、これでは何だか、「とりあえず渡しとけば文句ないだろ」みたいな乱暴さすら感じます。

彼らはチベットのあちこちで、あるいは世界のあちこちで、こんなことをしながら「撮影ツアー」を続けているのでしょうか? その姿がありありと目に浮かんでくるようで、私はとても暗い気持ちになりました。

もちろん、ツアーに参加しているメンバー一人ひとりの身になって考えてみれば、彼らの行動の理由はそれなりに理解できないわけではありません。

彼らにとっては、憧れの「秘境」チベットにやって来て、見るものすべてが新鮮で珍しく、子供のように高揚していて、何にでもカメラを向けずにはいられないのかもしれないし、そのためにこそ大量のフィルムや機材を用意してきたわけです。それに旅の時間は限られているので、変に躊躇をして、シャッターチャンスを逃すわけにはいかないのかもしれません。

もしかすると、撮影のために現地の人に対して失礼なことをしているかもしれないけれど、どのくらいまでならOKで、どこからがダメなのか、その辺の微妙なことは外国人には分かりません。そもそも、そんなときのためにこそガイドがいるわけで、何か問題が起こりそうになったら、ガイドがきちんとフォローするなり、アドバイスしてくれるはずだと安心しきっているのかもしれません。

それに、観光客が現地の人に一斉にカメラを向けるようなことは、日本人だけに限ったことではなく、他の国のツアー客の行動としても、多かれ少なかれ見受けられることです。

しかしやはり、私にとって、その日の光景は何か特別なインパクトがありました。

彼らが地元の人を取り囲み、まるで草木を撮影するみたいに黙ってシャッターを切り続ける光景は、恐ろしいというか、気味が悪いというか、とにかく同じ日本人としてその場にいることが恥ずかしくなるようなものでした。

もしも、カメラマンが一人か二人だけだったなら、彼らもあんなに大胆な行動には出なかったような気がするのです。彼らの傍若無人さには、何か強力な集団心理みたいなものが働いていたのではないでしょうか。隣の人と同じことをしているんだから、別にいいではないか、というような……。

しかも、撮影に夢中になっていて、他のことを考える余裕がないのか、ガイドに言われたとおりに、みんなが反射的に同じ行動をとっている様子も、まるで羊の群れを見ているようで不気味でした。

当然のことですが、彼らの撮影する美しいチベットの人物像や風景には、カメラを構える20人もの仲間の姿は映り込んでいないはずです。出来上がった写真だけを見せられる人は、チベットで繰り広げられた異様な撮影風景のことなど知ることもないのでしょう。

しかし、こういうことを偉そうに言っている私自身はどうなのでしょうか?

実は、そのとき私も一眼レフを持ち歩いていたのです。さすがにバックパックからカメラを取り出して、一緒に撮影するようなことはありませんでしたが。

それなら、20人で撮影するのはダメで、1人ならいいのでしょうか?

そう突き詰めていくと、旅先にカメラを持ち歩き、現地の人を撮影するとはどういうことなのか、考え込まざるを得ません。

その頃、「写真が撮れない症候群」に陥っていた私は、ときどき建物や風景を撮るほかは、ほとんど人にカメラを向けることができなくなっていましたが、この光景を目の当たりにした衝撃のせいか、ますますカメラのシャッターが切れなくなってしまったのです。

もっとも、今になって思うのですが、当時の私は、旅先で見知らぬ人を撮影するということに関して、ちょっと神経過敏だったのかもしれません。

こういう微妙な罪悪感のようなものは、もしかするとプロのカメラマンも感じることがあるのかもしれませんが、きっと彼らは、仕事をする上での一定のポリシーを守ることで、それを克服しているのでしょう。

また、旅人や観光客でも、常識的なマナーを守ったり、人間としての自然な感覚や感情を大切にし、相手を尊重する気持ちがあれば、撮影すること自体に問題はないのだと思います。また、その国の文化や個人の性格によっては、見知らぬ人に写真を撮られることを気にしないばかりか、むしろ歓迎する人々もいます。

結局、これは撮影する側・される側の人間関係の問題であって、プロであろうとアマチュアであろうと、両者の間に自然で良好な関係が築ければ、現地の人たちを傷つけたり、トラブルになったりすることはないのでしょう。

今考えると、チベットで見た光景に私がショックを受けたのは、一方的に撮影しまくり、お金をばらまいて去っていく人たちの姿からは、両者の間の人間的なつながりのようなものを全く感じることができなかったということなのだと思います。

皆様は、この、「撮影する側・される側の人間関係の問題」について、どのように思われますか? あるいは、旅先で撮影するにあたって、常に心がけているポイントなどはありますか?


JUGEMテーマ:旅行

at 19:53, 浪人, 地上の旅〜チベット

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消灯時間の攻防

チベットのラサに滞在していたときのことです。

2006年7月に青海チベット鉄道(青蔵鉄道)がラサまで開通して以来、チベットは空前の観光ブームに沸いていて、今では中国人や世界各国からの観光客が年間に数百万人も訪れるといわれていますが、私がチベットを旅したのはその何年か前のことでした。

当時、ラサではすでに急速な「中国化」が進んでいて、もはや秘境という感じではなくなっていましたが、それでも街で見かける旅行者といえば、観光客よりもチベット人巡礼者の方が多いと感じられるくらいで、街にもまだまだ牧歌的な雰囲気が残っていたような気がします。

私が泊まっていたホテルのドミトリーは大部屋で、各国からのバックパッカーが20人くらい詰め込まれていました。あまりいい条件の部屋ではありませんが、チェックインをした時には疲れていて、あまりあちこち宿探しをしたくなかったのと、当時そのホテルは日本人バックパッカーのたまり場になっていて、知り合いの旅人の姿も見かけたので、とりあえずそこに腰を落ち着けることにしたのです。

確か、ラサに着いた翌日のことだったと思います。日本人旅行者どうしで雑談をしているときに、同室の若い日本人バックパッカーが、その部屋の「ぬし」のことを教えてくれました。

彼によれば、私たちの部屋には神経質そうな欧米人のオバサン・バックパッカーが居座っていて、そのオバサンが消灯時間にやたら厳しいというのです。彼女は部屋の電灯のスイッチに一番近い場所のベッドを使っていて、9時だったか10時だったか、とにかく消灯時間になると、他の人が何をしていようがおかまいなしに、いきなり部屋の電気を消してしまうというのです。

私はそのとき、そういえばドミトリーにはそういうルールがあったのかと、初めて思い至りました。私がそれまでに泊まったアジア各国のドミトリーでは、消灯時間なんていちいち確認したことはないし、そのようなものがあると意識したこともなかったのです。

だいたい、バックパッカーには若者が多いので、概して夜更かしの傾向があるし、たとえ細かなルールが決まっていたとしても、人がどんどん入れ替わっていくドミトリーで、それが徹底されるなどとはとても思えません。

しかし、少なくとも私の場合は、そのことで何か不都合な思いをしたという記憶はなかったし、消灯時間に関しては、ルール以前の問題として、旅人どうしの気配りでうまく解決されていたように思うのです。

3〜4人の少人数のドミトリーなら、国籍は違っても、旅人どうしの暗黙の了解というものが成立します。早く寝たい人がいれば、その人に合わせて早めに消灯することになるし、話をしたい人は寝ている人に気を使って、ロビーかどこかに移動します。逆に、部屋の全員で話が盛り上がれば、そのまま遅くまで話し込んだりすることもあります。

大部屋の場合でも、夜中になると明かりがついているうちに寝る人がポツポツ現れはじめ、それがある程度の人数になると、誰かが気を効かせて消灯するという感じです。それに文句を言う人はいないし、逆に時間だからといって、有無を言わさずいきなりスイッチを切ってしまう人もいません。

そういう意味では、そのオバサン・バックパッカーは、ちょっと変わった人なのかもしれません。旅人どうしの暗黙の了解とか、その場の流れみたいなものよりも、とにかく決められたルールを絶対的に優先するタイプの人なのでしょうか。

世の中には、そういう人が一定の割合で存在するのだろうし、旅人の中にそういうタイプの人がいてもおかしくはありません。まわりの人はちょっと迷惑をこうむるけれど、ずっと一緒に暮らすわけでもないし、どうせ何日かの辛抱だと思えば耐えられないほどではない、といった感じでしょうか。

もちろん私たちには、オバサンのやり方に反対し、自分たちが迷惑していることを伝えるという選択肢もあるわけですが、頭の固そうな彼女を敵に回すことになれば、いろいろとやっかいなことになりそうだし、そもそも消灯時間が決まっているのだとしたら、「正義」は彼女の側にあります。オバサンの一方的なやり方には問題があるにしても、理屈の上では、闘っても勝ち目はなさそうです。

しかし、そうと分かっていても、日本人の彼は、やはりオバサンに一矢報いたいようでした。彼は、日記を書いたり、いろいろとやりたいことがあるのに、毎日勝手に電気を消されて本当に困る、今日こそは彼女の思いどおりにはさせない、絶対に立ち向かってやると息巻いています。彼は何となくそう言ってしまった手前、オバサンと闘う決意を固めたようでした。周りで聞いている日本人は「まあ、がんばってね」とニヤニヤ笑うばかりです。

その日の夜。

私も「闘いの瞬間」がやってくるのを何となく気にして待っていると、期待通りというべきか、多くの人が書き物をしたり、本を読んだりしていたにもかかわらず、オバサンが何も言わずにいきなり電気を消してしまいました。

例の彼は、何か書き物をしているところでしたが、すぐさま立ち上がり、スイッチに突進しました。彼は黙って電気をつけ直し、自分のベッドに戻りました。

「おお〜っ!」

日本人旅行者の間から、声にならない感嘆のため息がもれ、みな思わず顔を見合わせました。ついに戦いの火蓋が切って落とされたのです。

しかし、彼が再び自分のベッドに戻る間もなく、バチッ! と大きな音がして、再び電気が消されました。オバサンはスイッチの脇に陣取っているわけですから、当然予想された反応ですが、さすがにこの激しい反撃には、大部屋全体の空気が凍りつきました。

さあ、彼は次にどう出るか……。

私も思わず固唾を飲んで見守りましたが、結局、彼が再び立ち上がることはありませんでした。たった今のオバサンの気迫あふれる反撃にタジタジとなり、戦意を喪失してしまったようです。

さすがに彼の代わりに立ち上がる者もなく、この闘いはそのまま決着がついてしまいました。やはり誰も、あのオバサンに立ち向かうことはできなかったようです。あっけない幕切れでしたが、ある意味では、それ以上のトラブルは回避されたともいえます。

そのまま私も眠りについたのですが、真夜中になって、誰かがドアを開けたりガサゴソ動き回る物音で目が覚めました。夜遅くまでどこかで飲み歩いていた旅人が部屋に戻ってきたのでしょうか。

その人物は自分のベッドのあたりでガサガサと騒々しい音を立てていましたが、やがて入口の方に戻っていくと、いきなり部屋中の電気をつけました。

私は眩しさに目がくらみました。それまで寝ていた人もびっくりして、いったい何が起こったのかと思ったのではないでしょうか。驚いて体を起こす人こそいないようでしたが、これでは多くの旅人が目を覚ましたに違いありません。

それにしても、あの「消灯オバサン」が仕切っているこの大部屋で、真夜中にいきなり電気をつけるとは、何と大胆な攻撃なのでしょう。

いったい誰の仕業かと思って見てみると、中国人の若者でした。自分のバッグの中に入っているはずの何かを探しているのか、まだガサゴソと荷物を引っかきまわしています。はっきりとは分かりませんが、その雰囲気からして、彼は香港人や台湾人のバックパッカーというよりは、広州などの沿海部からやって来た旅行者という感じがしました。

彼はかなり酒に酔っているのでしょうか、それともいつも通りの何気ない行動だったのでしょうか。日本人ならこういう状況では、せめて懐中電灯を使うなり、周囲に気を使いながら暗闇の中で静かに探し物をするはずです。彼の大胆不敵というか、あまりにも傍若無人なふるまいにはさすがにあっけにとられました。

あのオバサンはどう出るのだろう、今度はそれが気になりだしました。これだけの重大なルール違反を、あのオバサンが黙って見過ごすとはとても思えません。

しかし、オバサンが立ち上がって電気を消す気配はありませんでした。

やがて若者は、探していたものが見つかったのか、再び出口の方に歩いていって自分で電気を消しました。大部屋は再び静けさを取り戻しました。

それにしても、オバサンは、熟睡していて部屋の電気がついたことに気がつかなかったのでしょうか。それとも、彼女にとって想定外の、あまりに大胆なルール違反に呆然として、反撃することもできなかったのでしょうか。

真相は知る由もありませんが、せっかくの空前のバトルを見損なって残念なような、でもとりあえず平和が守られてよかったような、ちょっと複雑な心境でした。

しかし、冷静に考えてみれば、消灯時間のルールを守るか守らないかなんて、まあ、喧嘩するほど大げさな問題ではありません。

私は再び眠りに落ちていきました……。


JUGEMテーマ:旅行

at 20:00, 浪人, 地上の旅〜チベット

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青海チベット鉄道(青蔵鉄道)の光と影

1月2日夜9時からのTV番組、NHK総合「青海チベット鉄道〜世界の屋根2000キロをゆく〜」を見ました。

確か、以前にテレビ朝日の「報道ステーション」でも青蔵鉄道の特集があって、断片的な映像を見た記憶がありますが、今回の番組は、青海省の西寧を夜出発し、翌日夜にラサに到着するまでの約26時間の鉄道の旅を、沿線上の見どころと共に順を追って紹介するものです。

正月のゴールデンタイムに、青蔵鉄道の話題のみで一時間半もの時間をとるのは破格の扱いです。どんな凄い取材内容なのかと気になりました。また、私はゴルムド〜ラサ間のルートを旅したことがないので、どんな沿線風景なのか知りたいということもあって、見てみることにしたのです。

列車ダイヤの都合上、西寧〜ゴルムドの区間と、終着駅ラサまでの数時間は車窓が夜の闇に包まれてしまうので、観光的な見どころとしてはゴルムドを出発してから日没までの間ということになります。番組では鉄道建設や客車のハイテク技術の話題も織り込みながら、崑崙山脈の5000メートル級の峠越え、ココシリ自然保護区の野生動物、長江源流、車窓から見える湖、遊牧風景などを紹介していました。

ちなみに、この鉄道の旅については、風の旅行社のウェブサイトに写真家の長岡洋幸氏による詳細なレポートが載っているので、TVで見逃した方はそちらをご覧下さい。

鉄道ファンや旅好きの人にとってはそれなりに楽しめる内容だったと思うのですが、残念なのは、チベット高原の荒涼として雄大な風景のパノラマ感が、TVの画面では到底表現しきれないことと、冷たく薄い大気が体に作用する独特の感覚がないので、チベットを旅しているという臨場感が伝わってこなかったことでした。しかし、これはもちろんNHKの責任ではありません。

私が引っかかったのは、この番組では、青蔵鉄道のテクノロジーや自然環境への配慮、旅の素晴らしさの紹介に全ての焦点が絞られてしまっていて、そもそもなぜ西寧〜ラサに鉄道が敷かれたのか、その政治的な意味や、チベット人がこの鉄道をどう見ているかについて、ほとんど全く触れられていなかったことでした。

以前にこのブログの記事「中国のチベット旅行ブーム」にも書きましたが、私は個人的にはチベット人に同情的なので、NHKの番組では(あえて?)触れられていない、この鉄道のもつ別の側面がどうしても気になってしまうのです。

もちろん、そういう観点を持ち込めば、いわゆる紀行番組の枠組みを外れることになるでしょう。また、取材に全面的に協力してくれたであろう中国当局への配慮もあったはずです。そのような事情は分からなくもないのですが、1時間半もの時間をかけて青蔵鉄道を丁寧に紹介しているだけに、チベットの現代史やこの鉄道がもつ意味について、もう少しつっ込んだ内容があってもよかったのではないでしょうか。

ただ、一方で、私の個人的な思い入れから、いわゆる「チベット問題」に言及するとき、少数民族であるチベット人の立場に立つ傾向があることは自覚しているつもりです。そうした視点からこの鉄道について考えていると、つい善悪や被害者・加害者の二元論で判断してしまいがちになりますが、それも行き過ぎれば現実を見誤ることになるでしょう。

番組では、この鉄道を利用して新しいビジネスを始めようとする、漢人やチベット人の姿が紹介されていました。また、小さなビニール袋一つだけを持ってチベットに働きにやって来たという少年の姿も印象に残りました。

人々は国家の思惑と同じ方向で動くこともありますが、時にはそういう思惑を超えて、国家が作りあげたインフラを、自分たちのために利用し尽くそうとするしたたかさも持っています。チベット人も、もしかすると、この鉄道によって一方的に北京からコントロールされる立場になるわけではないかもしれません。中にはこれを一つのチャンスと見てうまく立ち回り、しぶとく生き延びていく人物も現れるのではないでしょうか。

NHKの番組を通じて、西寧〜ラサの旅が具体的にどんな感じであるかは、知識として十分に伝わってきました。個人的には風景の美しさや旅の情報以外のことも気になるので、この鉄道がチベットをどう変えていくのか、それはそこに生きる人々の幸せにつながるのか、これからも注意深く見ていたいと思います。

at 19:09, 浪人, 地上の旅〜チベット

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