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『雨天炎天 ― ギリシャ・トルコ辺境紀行』
評価 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
この本は、作家の村上春樹氏が1988年の秋に、ギリシャのアトス山(アトス自治修道士共和国)とトルコを旅した記録です。
アトス山はギリシャ正教の聖地で、ギリシャの中にある独立国のような変わった地域です。古くから女人禁制となっており、男の修道士だけが神への祈りに明け暮れる、「こちらがわの世界とはまったく違った原則によって機能している世界」です。
村上氏の一行は三泊四日の入域許可を取り、アトス半島の修道院を徒歩でめぐることになるのですが、そこにはさまざまな種類のトラブルが待ち構えていました。
それが何であったかは、実際に本文を読んでいただきたいのですが、彼らの味わった、数日間の旅とは思えないほどの濃密な体験の連続は、異世界への旅というものの面白さを改めて感じさせます。
本書の後半は、パジェロを運転し、三週間かけて時計回りにトルコを一周した旅の記録です。
かつて短時間だけ訪れたトルコの「空気の質のようなもの」に惹かれ、それ以来トルコに強い興味を抱くようになった村上氏は、運転免許をとり、初歩的なトルコ語も習い、トルコについての本もいろいろと読んだりと、周到な準備を重ねた上でトルコに乗り込みます。
村上氏の一行は、紛争地帯である東部アナトリアでかなり危険な目にも遭うのですが、そんな深刻なトラブルの数々を、ユーモアも交えながらサラッと描いているのは、さすが文章のプロという感じがします。
ところで、村上氏がこのタフな旅をしていた頃、日本はバブル景気に酔いしれていました。また、旅の1年前、1987年に出版された『ノルウェイの森』は、空前のベストセラーになっています。
当時のそうした状況を考えると、この時期にあえて修道士たちの世界をかいま見、旅行者が立ち寄らないような辺境を旅していたというのは、いかにも村上氏らしいという気がするのですが、逆に言えば、売れっ子作家らしくない、リスクの高い、苛酷な旅をしていたとも言えるかもしれません。
ちなみに、村上氏がトルコのどこか一つの地域を選んでもう一度行くとすれば、黒海沿岸なのだそうです。そこに何か珍しいものがあったからではなく、そこは穏やかで静かで、そして何もないところで、いちばんのんびりと寛いで時間を過ごせたからだそうです。
この本に、有名な観光地は出てこないし、目をみはるようなエピソードが満載というわけでもないので、人によっては地味な印象を受けるかもしれませんが、村上氏の旅に対する姿勢や、実際の旅のスタイルを知ることができる興味深い一冊だと思います。
本の評価基準
以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。
★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします
『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』
本書は、村上春樹夫妻のエッセイと写真による、「ウィスキーの匂いのする小さな旅の本」です。写真が多く、文章も簡潔なのですぐに読み終わってしまいますが、コンパクトながら雰囲気のある本に仕上がっているのはさすがです。
シングル・モルトの聖地スコットランドのアイラ島と、アイリッシュ・ウィスキーと黒ビールの有名なアイルランドを訪ねる2週間の旅。美しい風景と素朴でおいしい食事、頑固なまでに個性的でうまい酒とのめぐり会い、というのは、ある意味では旅人の理想かもしれません。
ちょっと時間の空いたときなど、グラスを片手にくつろいでページを繰りながら、上品な旅の予感を味わってみてください。
本の評価基準
以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。
★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします
『深夜特急〈6〉南ヨーロッパ・ロンドン』
深夜特急〈6〉南ヨーロッパ・ロンドン
沢木 耕太郎
Kindle版はこちら
評価 ★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
『深夜特急』の第6巻は、イタリアのブリンディジから、旅の終着点であるロンドンまでを描いています。
イタリアを北上しフランスへ抜けた沢木氏は、残り少なくなった旅行資金を元手に、モナコのカジノでマカオのリターン・マッチに挑もうとしますが、ある事情でそれはかなわず、そのままマルセーユまでやって来ます。
そこからパリ、ロンドンまでは目と鼻の先でしたが、沢木氏はこのまま旅を終えることに納得がいかず、そのまま西へ、マドリッド、リスボンへと疾走します。そこでもやはり満足できなかった彼は、ついにユーラシア大陸の果ての果て、サグレスに辿り着き、そこでようやく旅の終わりを実感することができたのでした。
一体どこに行けば満足できるのか、出口も見えず、何も分からないままに走り続け、ついに行き詰まった極限の果てにやすらぎを見い出すという、サグレスでのシーンは非常にドラマティックです。沢木氏のペンによる巧みな演出もあって、実際以上の劇的効果をあげていることも確かでしょうが、ここまで読んできた読者は大きなカタルシスを感じることでしょう。
その後、すでに気持ちの上では旅を終えたとはいえ、沢木氏は律儀にも「最後のピリオド」を打つためにロンドンに向かいます。そして……。
ここでもさらなるオチが用意されていて、読者を楽しませてくれるとともに、さらに広がっていく大きな世界へ読者を導いてくれるようでもあります。
沢木氏はこの『深夜特急』を完結させるのに、実際の旅から十数年の歳月をかけています。第5巻、第6巻を読んでいると、その理由が分かるような気がします。
旅をしている時、自分に一体何が起こっているのか、私たちはすべてを把握しているとはいえません。何年も経って当時を振り返った時に初めて「なるほど!」と分かってくることもあるし、当時は自分でも不可解だった行動の意味がようやく説明できるようになることもあります。
旅を実際に生きるということと、多くの人に「旅の物語」を語れるようになることとの間には大きな違いがあります。表面的な紀行文を超えて旅の本質を描き出そうとするならなおのこと、そこにはある程度の歳月と自分自身の内面での咀嚼が必要になるのでしょう。
『深夜特急』は、若者らしくいささか荒っぽい、時にはユーモラスな行動の記録と、それを落ち着いて語れる「語り部」としてのバランス感覚がうまく調和していて、何となく、話上手なおじいさんの語る冒険物語を聞いているような感じさえします。
それはもちろん悪い意味ではなく、読んでいるうちに、昔話に耳を傾ける子供のように話に引き込まれてしまい、いつしかそれは、一人の若者の旅の記録という体裁を超えて、話自体がまるで人生の隠喩のようにさえ感じられてくるということです。
読み通すには少々長いのですが、旅の好きな人には特におすすめしたい本です。
『深夜特急〈1〉香港・マカオ』の紹介記事
『深夜特急〈2〉マレー半島・シンガポール』の紹介記事
『深夜特急〈3〉インド・ネパール』の紹介記事
『深夜特急〈4〉シルクロード』の紹介記事
『深夜特急〈5〉トルコ・ギリシャ・地中海』の紹介記事
本の評価基準
以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。
★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします
『深夜特急〈5〉トルコ・ギリシャ・地中海』
深夜特急〈5〉トルコ・ギリシャ・地中海
沢木 耕太郎
Kindle版はこちら
評価 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
『深夜特急』の第5巻は、イランのテヘランからイタリアのブリンディジまで、いよいよ旅も終盤に向かっていきます。
テヘランから一気に国境を越えてトルコのエルズルムへ、さらにトラブゾン経由でアンカラに向かう場面や、イスタンブールからギリシャのアテネへ抜ける場面など、例によって長距離を突っ走る疾走感は健在です。
また、女性芸術家に届け物をする話や、「熊連れの男」との遭遇、通りすがりの男に誕生日パーティーに招待される話など、所々に面白いエピソードも織り込まれています。
しかし旅の疾走感とは裏腹に、この巻全体には何か重苦しくて内省的なムードが漂っています。それは本文にもあるとおり、人生に例えれば、この長い旅がすでに「青年期」の輝きを失い、「壮年期」あるいは「老年期」ともいえる段階にさしかかっているからでしょう。
ギリシャの旅を続けながら、沢木氏の心に浮かんでくるのは過去に通り過ぎた土地の記憶であり、旅をどう終わらせるのかという問題でした。
そもそもロンドンまで乗り合いバスで行くというのが当初の計画だったわけで、そこに着けば旅は終わりであり、それ以外に何も考える必要はなさそうなものですが、沢木氏は、その計画があくまで表面的な建前にすぎず、実際には自分でも知らないうちに別の意図をもって旅を続けていたということに気づいたのでしょう。
ロンドンというのは、とりあえず西に向かって進んでいくための最初の口実にすぎず、この長い旅そのものに意味を与えてくれるわけではありません。自分にとってこの旅が何だったのか、自分なりに納得できるような結末を見つけられない限り、たとえロンドンに着いてもこの旅を終えるわけにはいかない、という思いが伝わってきます。
ヨーロッパという、何事も予定通りに進行する世界に入ってしまうと、意外性やハプニングによって自分が揺さぶられることもなくなり、旅の資金も残り少ないため、自由に動き回ることもできなくなっていきます。そんな中でこの旅にふさわしい終わり方を見つけるというのは非常に難しいことでしょう。
10年以上も前に最初に読んだ時、私はこのあたりは軽く読み飛ばしていました。何か旅の終わり方にこだわっていたなあ、という淡い印象を残しただけで、今回読み返してみるまでほとんど記憶に残っていなかったのです。
その後、私も長い旅をしました。そして、期限を決めずに旅に出てしまったために、旅をいつ終わらせるのか、どういう結末をつけるのかという問題が重くのしかかり、さんざん悩むことになりました。今回、その経験と照らし合わせながら読んでいると、沢木氏の言葉がいちいち深く身にしみてきます。
自分の意識の上では、旅をしていた頃には、『深夜特急』で読んだ内容をすっかり忘れていたと思うのですが、当時自分なりに旅の結末をつけようとした時など、無意識のうちにこの本が深いところで影響を及ぼしていたような気がします。
第5巻で私の好きな場面があります。イスタンブールのアジア側とヨーロッパ側を連絡するフェリーに毎日乗りにいくシーンです。舳先のベンチに座り、潮風に吹かれながら、沢木氏はドネル・カバブのサンドイッチを頬張り、チャイを飲む「優雅な」ひと時を楽しみます。
イスタンブールは東と西の文明が出会う都市ですが、連絡フェリーはまさにその象徴のような存在であり、同時に東にも西にも属さない、両文明のバランスの中心のような、「静寂の支配する空間」でもあります。そこを片道15分で優雅に行ったり来たりする、というのは実に面白そうな遊びで、私はイスタンブールに行ったことはありませんが、いつか訪れることができたら是非同じことをしてみたいと思います。
『深夜特急〈1〉香港・マカオ』の紹介記事
『深夜特急〈2〉マレー半島・シンガポール』の紹介記事
『深夜特急〈3〉インド・ネパール』の紹介記事
『深夜特急〈4〉シルクロード』の紹介記事
『深夜特急〈6〉南ヨーロッパ・ロンドン』の紹介記事
本の評価基準
以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。
★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします
『深夜特急〈4〉シルクロード』
深夜特急〈4〉シルクロード
沢木 耕太郎
Kindle版はこちら
評価 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
『深夜特急』の第4巻は、インドのデリーからイランのイスファハンまでの旅を描いています。インドから、パキスタン、アフガニスタン、イランへとまたたく間に駆け抜けていく、疾走感あふれる巻となっています。
ちなみに、パキスタンのペシャワールからカイバル峠を越えてアフガニスタンのカブールへ、そこからカンダハル、ヘラートを経由してイランのメシェッドに抜けていくルートは、現在では通常の旅行者の通れない危険地帯になってしまいました。
沢木氏の旅した1970年代当時は、このルートがヨーロッパとインドを陸路で結ぶヒッピーたちの幹線ルートになっており、シルクロードならぬ「ヒッピーロード」と化していたことが、本書を読むとよくわかります。そして「ヒッピーロード」自体は、アフガニスタンが通行できなくなった今でも、インド、パキスタン、イランを直接結ぶルートや旧ソ連の中央アジア諸国を経由するという形で健在のようです。
『深夜特急』の一応のテーマは、デリーから乗り合いバスでロンドンまで行く、ということなので、第4巻にしてようやく本題にはいったわけです。一旦ヨーロッパ諸国に入ってしまうと、金の問題を別にすれば、旅の困難度はかなり軽減されるはずですから、乗り合いバスの旅で一番面白い部分はインドからトルコあたりまででしょう。
そう考えるとこの第4巻が、旅の一番のハイライトとなるはずなのですが、読んでみるとどうもあまりパッとしない感じがします。
確かにデリーからペシャワールまで、カブールからテヘランまでの、ひたすらバスを乗り継いでの連日の疾走ぶりは、『深夜特急』というタイトルにふさわしいものですし、ペシャワールの映画館で思わぬ災難に遭った話や、イランに入ってからテヘランまで乗った「ヒッピー・バス」での奇妙な連帯感など、面白いエピソードも随所にちりばめられているのですが、今一つ盛り上がりに欠けるような感じがするのです。
それは、沢木氏自身がところどころで述べているように、旅のテクニックに慣れてそれが当たり前になり、感動もすり切れ始め、いわゆる「旅ズレ」してきたことによるのかもしれないし、出発から半年以上が経って、旅の疲労が蓄積してきたこともあるのかもしれません。
これは私の個人的な解釈ですが、沢木氏が日本にいるときは、誰もやらないような酔狂な発想だと思っていたデリーからロンドンまでの乗り合いバスの旅が、実際に始めてみると欧米人のヒッピーにとってはそれほどめずらしくもない、「常識的ルート」であったことも原因の一つかもしれないという気がします。
もちろん旅立ちの個人的な動機としては、沢木氏もそれぞれのヒッピーも色々と違う理由をもっていたのでしょうが、実際の行動となると、結局多くの旅人がヨーロッパとインドを結ぶ「ヒッピーロード」に殺到してくるわけです。
沢木氏としては、一線を画したい気持ちのヒッピーたちと宿でもバスの中でも毎日のように顔を合わせるのは、少々憂鬱だったかもしれません。そして、そう思いながらも結局は同じようなスタイルの旅を続け、自分自身が少しずつヒッピーと化し始めていることに、自己嫌悪を感じたのではないでしょうか。
もちろん、カブールでの「沈没」体験やヒッピー・バスでのエピソードなどを読むと、沢木氏もヒッピー的なものに対し、全くの嫌悪感を持っているわけではないことがわかります。彼らの生き方に対し、多少の共感は感じつつも、自分もまた同じように「崩れ」ていくことに対しては恐れを感じていたということなのかもしれません。
そして、彼らヒッピーにとって「楽しい旅の終わり」と「重い現実の日々の再開」を意味するヨーロッパへの帰還が、自由を求める沢木氏にとっての旅の目的地であったというのも、何か皮肉なものを感じさせます。
この巻には、ロンドンに向けての新たなる出発という意味合いとは裏腹に、旅の疲れが濃厚に漂っています。その雰囲気は読んでいて決して楽しいものではありませんが、長旅の経験者ならそのリアリティに深くうなずけるものがあると思います。
『深夜特急〈1〉香港・マカオ』の紹介記事
『深夜特急〈2〉マレー半島・シンガポール』の紹介記事
『深夜特急〈3〉インド・ネパール』の紹介記事
『深夜特急〈5〉トルコ・ギリシャ・地中海』の紹介記事
『深夜特急〈6〉南ヨーロッパ・ロンドン』の紹介記事
本の評価基準
以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。
★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします
『メッカ―聖地の素顔』
カラー版 メッカ―聖地の素顔
野町 和嘉
評価 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
個人がその気にさえなれば、今や地球上のほとんどの場所を訪れることができるようになった現代でも、様々な理由から足を踏み入れることを許されない場所がいくつかあります。
その中でも最も有名な場所の一つが、イスラム教の聖地メッカでしょう。著者の野町氏は、イスラム教徒以外立ち入りを厳しく禁じられている聖地メッカと、預言者ムハンマドの廟墓のあるメディナを取材するために、イスラム教に入信しました。
この本は、著者が様々な障害を克服しながら何度も聖地を訪れ、聖地と巡礼の人々を写真に収めた取材の記録です。
メッカには、最大で200万の信者が一度に巡礼に訪れます。ラマダーン月(断食月)27日目のライラトル・カドル(召命の夜)の礼拝の様子をとらえた写真は圧巻で、まるで別世界の光景を見ているような気がします。
世界には現在12億人のイスラム教徒がいるといわれますが、彼らの信仰、聖地、巡礼について、今まであまりにも無知であったことに気づかされました。
本の評価基準
以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。
★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
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