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旅の名言 「困ったときは……」

「だからね」
 そこまで言って、おっちゃんは、一息ためをつくった。それから、
「困ったときはトイレがいいよ」
 そう、得意げに教えてくれたのである。
「困ったときには、どんなに汚いところでも寝られるもんだよ」
 それを聞いて、わたしは「野宿とは、なんと過酷なものなのだろう」と思った。
 そうして「そんなところで寝るのは、いやだ」と思う反面、「困ったときにはトイレ」なのだと、そのとき、深く深く刷り込まれてしまったのである。

『野宿入門 ― ちょっと自由になる生き方』 かとうちあき 草思社 より
この本の紹介記事

野宿愛好者として、長年実践を重ねてきた女性によるユニークな野宿入門書、『野宿入門』からの名言です。

「困ったときはトイレがいいよ」、このシンプルな言葉の中に、旅人が常識の壁を乗り越え、心と行動の自由を手に入れる新たな一歩につながるかもしれない、巨大な衝撃力が秘められています。

著者のかとう氏がまだ野宿初心者だったころ、東北を旅していて、通りすがりのおっちゃんに、よい野宿場所はないかと聞くと、彼がまだ若かったころ、吹雪の夜に酔っ払って家に帰れなくなり、公衆トイレに逃げ込んだという話をしてくれました。

おっちゃんは、風を防ぐためにトイレの個室に入り、しばらくそこに立っていたものの、かったるくなったので新聞紙を敷いて地面に座り、そのうちだんだんどうでもよくなって、ついには横になって寝てしまったのだといいます。

そこで、冒頭の発言になるのですが、たしかに、「困ったときには、どんなに汚いところでも寝られるもん」なのかもしれません。生き延びるには、トイレで夜を明かすしかないという状況であれば、汚いだの何だのとは言っていられないでしょう。

さすがにかとう氏も、最初にそれを聞いたときは、「野宿とは、なんと過酷なものなのだろう」と思ったとありますが、後日、彼女が無人駅で寝ようとしたとき、そこにヤンキーが集まってきてしまい、仕方なくトイレの個室に入り、初めてのトイレ野宿体験をすることになりました。

しかし、幸いなことに、そのときのトイレは広く、しかも汚くはなかったのだそうです。

考えてみれば、トイレには「壁があり屋根があり、カギが閉まる」わけで、そこが公衆トイレだということさえ忘れれば、これは野宿場所としては理想的な条件かもしれません。雨風にさらされることもないし、カギがかかるので、寝ている間のセキュリティも万全です。しかも無料、そしてもちろん、野宿中のトイレの心配もありません。

彼女はすっかり感動して、トイレ野宿の虜になってしまったそうです。

たしかに、トイレを無料宿泊施設という観点からとらえるのは、非常に大胆で、しかも、実に合理的な発想であるのかもしれません。全国には公衆トイレが数え切れないほど存在するわけで、そのデメリットの方に目をつぶることさえできれば、野宿者にとって、選択の余地が飛躍的に広がることになります。

しかしもちろん、こうしてあくまで理屈で考えているだけのレベルと、現実に公衆トイレの個室に入り、その匂いや汚れ具合を体感したうえで、そこに横になって寝る決断をするレベルとの間には、越えがたい巨大な壁が横たわっています。

問題は、トイレが衛生面から見て、実際に汚れているかどうかということよりも、どうしたら自分の心の壁を打ち破り、そこを今晩の寝室として受け入れられるか、人間が寝るにふさわしい場所についての常識的な思い込みから、どれだけ自由になれるかという点にあるのかもしれません。

野宿者といえども、やはり基本的には普通の人間であるはずなので、本当に困り果てたときの最後の手段でもなければ、なかなか公衆トイレで寝るところまではいかないだろうし、そんな経験はできるだけしないで済ませたいのが正直なところではないでしょうか。

しかし、野宿の経験を重ねるということは、そういう、踏み込みたくない領域にやむを得ず足を踏み入れつつ、同時に、自分の心の中の壁を少しずつ乗り越え、突き崩し、それによって、心と行動の自由を手に入れていくということなのかもしれません。

まあ、野宿の経験のほとんどない私には、そのあたりのことはよく分からないし、多くの人も、そこまでして自由を手に入れたいとは思わないのでしょうが……。

ところで、このトイレ野宿のエピソードを知ってしまった私は、もちろん、「そんなところで寝るのは、いやだ」と強く思っているのですが、一方で、やっぱり心のどこかには、「困ったときにはトイレ」なのだと、深く刷り込まれてしまっていることでしょう。

その「困ったとき」が来ないことを祈りつつ、でも、いざとなったら自分はどうするのか、果たして、心の壁を乗り越え、トイレの床で横になれるのか、ちょっと知りたいような気がしないでもありません……。


旅の名言 「便所で手が……」


JUGEMテーマ:旅行

at 18:47, 浪人, 旅の名言〜衣食住と金

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旅の名言 「外国人に食べ物を……」

 フランス人を徳島駅まで案内してやり、そこでロッテリアのアップルパイ100円を奢って別れた。外国人に食べ物を奢るときのコツは、後でひとりのときに食べられるものをあげることである。今食べないと悪いという気持ちにさせてはいけない。相手は睡眠薬強盗などを疑っている可能性があるからだ。って、なんでこんなことに一家言持っているのであるか私は。

『スットコランド日記』 宮田 珠己 本の雑誌社 より
この本の紹介記事

紀行エッセイストの宮田珠己氏が、自らの日常を独特の文体で綴った脱力エッセイ、『スットコランド日記』からの一節です。

ある日、思い立って四国遍路に出発した宮田氏は、東京から徳島へ向かうフェリーで、フランス人の若者と一緒になります。彼はその若者に対して、押しつけがましくならないように気を使いつつ、いろいろと世話を焼くのですが、翌朝、徳島で別れるときに、ちょっとした食べ物を奢りました。

しかし、そこは旅慣れた宮田氏、心得たものです。旅人が、見知らぬ人から食べ物をもらったら対応に困るだろうことを見越して、「後でひとりのときに食べられるもの」をわざわざ選ぶ気配りを見せるのです。

とはいえ、ここは安全な日本です。そのフランス人は別に、睡眠薬強盗のことなんか気にしてなかったんじゃないかという気がするし、たぶん多くの読者は、宮田氏が変なところまで気を回しすぎだと感じ、その感覚のズレに思わず笑ってしまうのではないでしょうか。

ただ、私自身がバックパッカーとして旅をしていたときの経験からすれば、実はこういう配慮は、決してやりすぎではないし、むしろありがたい心遣いなのです。そしてまた、安全とされている国に住む私たちこそ、安全でない国を旅する人間の常識や、旅人の抱く不安について、もっとこういうデリカシーを持つべきなのかもしれないという気がします。

旅人は、旅先で会った見知らぬ人から食べ物や飲み物を勧められたとき、いつもジレンマに陥ります。その親切心をありがたく感じ、相手の気持ちに応えて、その場でそれをおいしそうに食べたいと思うものの、一方で、もしも相手が親切を装った悪人で、その中に睡眠薬でも入っていたら、そのまま意識を失ってゲーム・オーバーになるかもしれない、そんな疑いを拭い去ることができないのです。

その疑いは、旅先の国が安全だからといって、完全に消えるものではありません。睡眠薬強盗などまず考えられないような国でも、それはゲーム・オーバーになる可能性が低いというだけであって、危険がゼロになるわけではありません。

もちろん、旅人は自らの経験とカンを働かせ、ここは大丈夫そうだとか、ここは断った方がよさそうだとか、いろいろと判断をするわけですが、その見極めがつかないときが辛いのです。そういうときでも、相手の気持ちを傷つけるのを承知で親切を断るか、リスクを覚悟でそれを受け入れるか、一瞬のうちに選択しなければならず、それが心の負担になるのです。

たぶん宮田氏は、旅人として、自分自身でそういうジレンマを何度も経験しているのでしょう。だから、自分がもてなす側に立ったときでも、旅人の気持ちにまで気が回り、彼らがそういうジレンマを味わわなくても済むような、さりげない配慮ができるのだと思います。

といっても、その配慮は、別に難しいことではありません。旅人がジレンマを感じるのは、相手の目の前で食べ物や飲み物を口に入れなくてはならない場合だけなので、そういう状況を作らないようにすればいいだけなのです。

何か食べ物や飲み物をあげるときには、(できれば別れ際に)あとで食べてくれといって渡せば、旅人の方は、そこに睡眠薬が入っている可能性はまずないと判断できるし、最終的にそれを口にするか否かも、一人になったときにゆっくりと決められます。

外人さんが、自分のあげた食べ物をおいしそうに食べている姿を見てみたいというのは、自然な人情ですが、その親切が、場合によっては彼らを苦しいジレンマに追い込んでいるかもしれないということは、知っておいた方がいいのかもしれません……。


JUGEMテーマ:旅行

at 18:37, 浪人, 旅の名言〜衣食住と金

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旅の名言 「つまり人間も……」

 そして旅をはじめてから私はいつかどこかで自分にぴったりする衣装に出会い、それに包まれ、それがあわさって自分自身になるだろうという何か淡い期待のようなものを抱えていた。私は人生において七五三があるように、この衣替えの通過儀礼は重要であると思っていた。それは脱皮であり、自分のアイデンティティのありどころを変える行為に他ならないからだ。つまり人間もある種の昆虫や小動物と同じように自分の第二の皮膚である衣装を脱皮し、そのときどきの自分の身の丈に応じた新しい衣装を身につけるのである。


『黄泉の犬』 藤原 新也 文藝春秋 より
この本の紹介記事

インド旅行記の名作『印度放浪』で知られる写真家の藤原新也氏が、1995年のオウム事件をきっかけに心に甦った、若い頃のインドでの壮絶な旅を描いた作品、『黄泉の犬』からの一節です。

この本の中に、藤原氏がある年老いたヨギから、理由も告げられないまま、色褪せた聖衣をもらい受けるというエピソードがあるのですが、その衣のもつ意味をめぐって、彼はその後の自分の身の振り方について迷い抜くという体験をします。

そうした例からもわかるように、旅人が何を着るかということは、単に旅先の気候風土に合わせるという機能面にとどまらず、旅人が自分自身をどうとらえ、どう表現するかという内面の問題を色濃く映し出しています。藤原氏が言うように、旅を通じて、旅人が自分の衣装を替えていくことは、一種の「通過儀礼」でもあるのです。

長い旅をしているときには、私自身にもそのような感覚が強くありました。また、そうした理由もあって、他の旅人たちが何をどのように着ているかということを、興味をもって見ていたように思います。

もちろん、ほとんどの旅行者は、特に奇抜な格好をしているわけではありません。たぶん95%以上の旅人は、日常生活と同じような、ごく常識的で動きやすい服装をしているはずです。彼らの旅は、数日から長くて数週間くらいでしょうが、それなら日本から持参した衣類を着回すだけで十分に間に合うだろうし、わざわざ旅先で大胆な衣替えをしようなどという発想もなかなか湧いてこないでしょう。

ただ、さすがに旅が数か月を超えると、日本から着てきた服がボロボロになったり、なくしてしまったりして、やむ なく現地で新しい服を手に入れる必要に迫られることもあります。また、旅暮らしに慣れてくると、いろいろなところに目が向くようになり、現地の人々や、他の旅人が着ているものに心を惹かれることもあります。

あるいは、日本での日常とは明らかに違う、旅という特別な時間の流れに身を浸しているうちに、自分の意識がすっかり変わり、日本から着てきた服に違和感を感じるようになったり、自らの置かれた状況や内面をより的確に表現してくれるような衣装を、もっと意識的に求めようという気分になるかもしれません。

昔から、インドやアフリカなどを長期放浪する人たちの一部には、ヒッピー系とか民族衣装系とか、さまざまな趣味の違いはあるにせよ、非常に特徴的で目立つ衣装を身にまとう傾向があります。

別に、誰から強制されたわけでもないのでしょうが、いつの間にか、日本ではとても考えられないような奇抜な格好をするようになっていくのは、そして、そこに何となく彼らの内面が読みとれるような気がするのは、とても興味深いものでした。

異国の地で、日常とは異なる生活や意識状態にある者が、自らの生活スタイルや内面にピッタリと合うような衣装をまといたいと思うのは、人間にとって、とても自然な衝動なのかもしれません。そしてその衝動に忠実に従い、今までとは全く違う新しい自分というものを表現しようとすれば、日本にいたときの自分でも想像できたような、ありきたりの服装ではダメなのでしょう。

ある意味では、彼らの格好が日本における服装のコードから外れていればいるほど、それは彼らの内面が、日本での自分自身からどれだけ遠ざかっている(つもり)かを示しているということなのかもしれません。

ただ、面白いのは、旅人の一人ひとりがいくら個人的でオリジナルな衝動に従っているつもりでも、そういう放浪者の衣装には、全体的に見ると一定の傾向みたいなものが感じられて、いかにも放浪者っぽく見える、という点では共通しているということです。

そして、それは何だか、他の旅人に対して、彼らが年季の入った、グレードの高い旅人であることを誇示しているように見えなくもありません。

そんな風に思っていたこともあって、私の場合は、自分がいかにも放浪者っぽい感じになってしまわないよう、せめて見た目だけでも、できるだけ「普通の旅人」でいようと心がけていました。

もっとも、いくら本人がそのつもりでも、周囲の旅人にどう見えていたかはわかりませんが……。


JUGEMテーマ:旅行

at 18:54, 浪人, 旅の名言〜衣食住と金

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