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記憶の発掘

先日、このブログで、Spotify を「懐メロ」プレイヤーとして使っている、みたいなことを書いたのですが、それがきっかけで、自分にとっての懐メロを、もっといろいろと集めてみたくなりました。

記事 Spotifyと「懐メロ」

 

Spotify 公式のプレイリストを始め、年代別のヒット曲を集めたコンピレーション・アルバムなどを片っ端からチェックして、聞き覚えのある曲を探していくと、曲名もアーティストの名前も知らなかったけれど、サビの部分だけはよく知っているような曲が次々に見つかりました。

 

たぶん、子供のころや学生時代に、テレビやラジオで何度も流れていたか、あるいはその後、テレビのコマーシャルとかバラエティ番組のBGMで耳にする機会があったのでしょう。繰り返し聞かされて心に刻み込まれていたせいか、サビの部分を聞いた瞬間、「ああ、これこれ!」と思い出したのですが、それまでは記憶の底に埋もれていて、意識に上ることはありませんでした。

 

もしもその曲が、もっと魅力的で、どうしてももう一度聴かずにはいられないと思い詰めるほどだったら、きっと、過去のどこかの時点で、必死で曲名を調べたりしたんだろうと思います。でも、昔はメロディーや歌詞の一部から曲名を調べるのは難しかったし、かりに曲名が分かったところで、それを聴きたければレコードやCDを買うしかなかったわけで、実際に聴きたい曲にたどり着くまでにはいくつものハードルがありました。

 

そんな状況だったので、当時、どこかで聞いて何となく気にはなっても、そのままになって、いつしか忘れ去ってしまったような曲が、きっとたくさんあったのでしょう。

 

音楽好きの人なら、ふだんからさまざまなメディアを通じて多くの曲に接する機会があり、その中で、気になる曲の名前などを知るチャンスもあると思いますが、音楽にあまり縁のない暮らしをしてきた私は、大量の音楽をまとめて試聴できる Spotify のようなサービスと出合うことで初めて、昔のモヤモヤを少しずつ解消できるようになったわけです。

 

そして、今回、初めて曲名が分かった昔の歌を久しぶりに聴いていると、本当に好きでよく知っている曲のように、具体的ではっきりとした思い出が浮かんでくるというほどではありませんが、その曲を耳にしていたころの記憶の断片というか、当時の雰囲気のようなものが、ぽつぽつと蘇ってきます。それらの曲は、たとえ今まで忘れてしまっていたとしても、膨大な記憶の世界を支える大事なパーツとして、確実に自分の一部になっていたのです。

 

それにしても、そうやって自分にとっての懐メロを調べる作業をすることによって、これまでずっと心の奥深くに埋もれたままだった音楽のかけらを、意識の光の当たるところまで引っ張り出してくるのは、まるで、記憶の発掘をしているみたいで、とても面白いと感じました。

 

テレビの懐メロ番組をぼんやりと見ながら、懐かしい曲が流れるのを何となく待っているよりは、こうして Spotify のような「音楽の図書館」にこもって、自分から積極的に、過去をあちこちほじくり返してみるのも、たまにはいいのかもしれません。

 

まあ、あまりやりすぎると、封印していたはずの、過去の恥ずかしい思い出なども一緒に蘇らせてしまいそうですが……。

 

それはともかく、昔のさまざまな曲が私の心に刻み込まれたのは、それらの曲を気に入った誰かが、映画やテレビ番組やCMのBGMとして使ったり、ラジオでリクエストしたり、街中で何度も流したりしていたからです。あるいは、過去の時点ですでに、それがおなじみの名曲として、さまざまなメディアで繰り返し取り上げられるような存在だったからです。

 

人に好まれた音楽は、そうやってあちこちで何度も流され続けることで、次の世代の人々の心の中に、無意識のうちにしっかりと植えつけられていきます。若い世代の中には、そうした古い曲に魅せられて、それがその人にとっての特別な一曲になったりすることもあるでしょうが、多くの場合、そこまではいかなくても、気がつかないところで世界観や美意識に微妙な影響を与え、各人の膨大な記憶の世界を味わい深くする、隠し味のような存在となっていくのかもしれません。

 

ただ、そうやって後世に残る名曲やヒット曲よりも、もっとずっと多くの曲が、時間とともに忘却の彼方に完全に消え去っていくのだと考えると、なかなか切ないものがありますが……。

 

 

JUGEMテーマ:インターネット

at 18:51, 浪人, ネットの旅

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Spotifyと「懐メロ」

音楽ストリーミングサービスの Spotify が、昨年の9月に日本でのサービスを開始してから、1年ほど経ちました。

 

数千万もの楽曲にアクセスできるとはいうものの、「大人の事情」で日本のアーティストの曲は限られているし、無料サービスの利用時間に上限があったり(再生する曲を自由に選べるのは、パソコンだと、1か月につき15時間まで、スマホはシャッフル再生のみ)しますが、とにかく無料でそれなりに楽しめるのはありがたく、ときどき使わせてもらっています。

 

Spotify には、各国別の人気曲やSNSで話題の曲、ジャンル別・シチュエーション別のプレイリストなどが用意されていて、とりあえず何のあてもなくても聴き始められるようになっています。また、Release Radar (各ユーザーの好みを反映させたプレイリストが毎週更新される)のように、新しい音楽と出合うきっかけを与えてくれそうな、面白い機能も無料で使えます。

 

もちろん、自分の聴きたい曲がはっきりしているなら、膨大な曲の中からピンポイントで検索することもできます。

 

ただ、これまで1年近くのあいだに、個人的に Spotify をどれくらい利用したかとなると、全部で十数回、時間にしても、トータルで数十時間に満たないのではないかと思います。これは、Spotify に問題があるということではなくて、単純に、私が音楽にあまり縁のない生活をしているからです。

 

若いころはともかく、最近はめっきり音楽を聴かなくなったし、それで平気になってしまいました。当然、今の世界の音楽の流れには全然ついていけてないのですが、歳をとったせいか、Spotify が面白そうな曲を教えてくれていても、そうした機能を生かして、自分にとって新しい音楽を積極的に開拓していこうという意欲が湧いてこないのです。

 

もしも、学生時代にこうしたサービスに出合っていたら、もっと気軽に新しい音楽を試し、その結果、日常生活の中で、音楽がもっと存在感をもつようになっていたのかもしれません。そういう意味では、Spotify のような素晴らしいサービスに出合うのが、ちょっと遅すぎたという残念さはあります。

 

それでも、Spotify に利用価値がないというわけではありません。

 

私のような人間でも、これまで生きてきた中で、ちょっとした思い出の曲とか、耳に残っている曲くらいならいくつもあります。学生時代によく耳にしたけれど、CDを買うほどではなかった曲とか、一時期はファンでけっこうCDを買ったりしたけれど、そのうちすっかり熱が冷め、すでにCDも処分してしまったアーティストの曲とか、異国の旅先で耳にタコができるくらい聞かされた曲とか……。要するに、「懐メロ」です。
ウィキペディア  「懐メロ」

 

そういう曲を面白半分に検索してみたら、海外の作品なら、けっこうな確率で曲と再会できることが分かり、うろ覚えのタイトルとかアーティスト名で検索したり、それでも分からなければ、当時のヒット曲をネットで調べてみたりして、しばらく懐メロを探しては、My Music(自分用の曲名リスト)に追加する作業を楽しく続けました。

 

自分用のリストを作り上げるまでに、多少の手間と時間はかかりますが、その面倒さえ厭わなければ、Spotify を自分専用の懐メロ再生機として使うことができます。懐メロは、たまに気が向いたときに聴けば十分満足できるので、無料サービスの上限時間(月に15時間)でも十分すぎるほどです。

 

そうやって、しばし懐メロに浸りながら、ふと、今の若い人たちにとっても、懐メロというものが存在し得るのだろうかと考えてしまいました。

 

懐メロというのは、ある時期、特に若い頃に、同じ曲を何度も繰り返し聴いて耳にこびりつくからこそ、後からその頃のさまざまな思い出や感情とともによみがえってくるものです。

 

昭和時代に青春を過ごした世代の多くは、今と比べれば、多様な音楽に触れる機会がなく、ラジオや街中で何度も同じ曲を聴いたり、録音したカセットテープをすり切れるまで再生するような環境でした。結果的に、一部の人気曲ばかりを耳にすることになりましたが、それがしっかりと耳に残ったことで、何十年後かに、当時を思い出すきっかけになってくれます。

 

しかし今では、あまりにもいろいろな曲を、ほとんどコストなしであれこれと聴くことができます。そういう環境でも、お気に入りの曲を、何度もしつこく聞いたりするものなのでしょうか? まあ、その辺りは人それぞれなのでしょうが、さまざまな曲を広く浅く聴いているような場合には、将来、それらが懐メロになることはないような気がします。

 

それに、かりに若い人たちそれぞれが、今現在、思い入れの深い曲を持っているとしても、その好みがバラバラであれば、たとえ同じ世代であっても、共通の懐メロを持つことはできないでしょう。

 

今の音楽のジャンルは細分化されているし、今後はさらに多様になっていくはずです。しかも、今、レコード会社が売り出している曲をみんなが聞いているわけではなく、多くの人が、Spotify などで知った、どこかの国の過去の曲に夢中になっているかもしれません。

 

だとしたら、これから数十年後に、みんながそろって感動できるような懐メロ番組を、テレビで放送するなどということはできなくなります。

 

でもまあ、今後は Spotify のような音楽ストリーミングサービスが、十分にその代わりをつとめてくれることになるのでしょう。実際、個人的に好きな曲だけを集めてプレイリストを作れるので、テレビの懐メロ番組よりも便利で感動できるという人も多いと思うし、将来、アーティストの映像なども見られるようになれば、もっと素晴らしいサービスになりそうです。

 

そして、さらに未来の世界では、きっとヴァーチャル・リアリティの技術も格段に進化して、Spotify よりもずっと面白いサービスが生まれることでしょう。そこでは、音楽以外のアイテムも含めて、自分にとって懐かしいもので満たされた、バーチャルな過去の世界、例えば、未来人にとっての『三丁目の夕日』みたいな、古き良き思い出にどっぷりと浸れる世界が個人向けに作り出され、その中に没入できるようになるかもしれません。

 

昔の人は、年末など、たまに放送されるテレビの懐メロ番組を心待ちにしたり、高いカネを払って当時のヒット曲集を買ったりするしかありませんでしたが、未来の人々は、人工知能の強力な助けを借りながら、自分専用にカスタマイズされた仮想世界に入り込んで、それこそタイムトラベルをしているような気分を味わえるようになるのかもしれません。

 

もしそんなことが可能になったら、若い人たちよりは、むしろ、ヒマを持て余した老人たちにとっての格好の娯楽になりそうですが……。

 

 

JUGEMテーマ:インターネット

at 19:21, 浪人, ネットの旅

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地球特派員たちのレポート

先日、「Astronaut.io」という、ちょっと変わったサイトがあるのを知りました。

 

「閲覧数ゼロのYouTube動画」と「宇宙」の織りなすファンタジー WIRED

 

衛星軌道から見た地球の風景をバックに、YouTube から集められた地味な映像が、次々に切り替わりながら延々と流れ続けるというものです。

 

サイトの製作者は、あえて人目をひかないような映像を選び出す工夫をしているようで、実際に見てみると、そのほとんどは、子供の発表会や何かのセレモニーの記録とか、どこにでもいそうな普通のペットの動画とか、殺風景な部屋の中での自撮りみたいな、部外者にとっては面白みのないものばかりです。

 

それに、撮影された国も、話されている言語も千差万別で、しかも10秒もしないうちにどんどん次の映像に移っていくので、そもそも何を撮っているのかさえ分からないものもけっこうあります。

 

最初のうちは、見知らぬ人の私生活を覗いてしまったような落ち着かない気持ちになりますが、そのまま映像をボーっと眺め続けていると、そういう感覚はしだいに薄れ、そのうちに、何だか切ないような、不思議な感情がじわじわと湧いてくる感じがします。

 

そしてそれは、異国でローカルバスに乗り、窓の外を流れていく路上の風景をぼんやり眺めているときの感覚に似ています。

 

ただ、サイトの製作者は、そういう漠然とした旅情みたいなものよりも、宇宙飛行士が宇宙から地球を見渡すことで、ローカルな価値観に囚われた自分をはるかに超えて、地球全体や人類に対する強い慈しみの気持ちを抱いたり、争いの虚しさに気づき、その後の意識や行動に変化が生まれるという、いわゆる「概観効果(オーバービュー・エフェクト)」のようなものを生み出すことを狙っているようです。

 

果たして、それが成功しているかどうかは、私も宇宙に行ったことがないのでよく分かりませんが……。

 

それはともかく、「Astronaut.io」を見ているうちに、ふと、それらの映像を撮影した人たちは、いや、それらに限らず、YouTube や他の動画共有サイトにアップロードされたすべての映像を撮った人たちはみな、どこからか地球に派遣された特派員で、それぞれの映像は、業務の一環として、彼らが報告すべきと感じた出来事をまとめたレポートなのかも……という妄想が浮かんできました。

 

というか、私たち人類は全員、はるかかなたのどこかの星から送り込まれたレポーターで、何らかの理由で、自分が生まれた星のことも、仕事をする上でのさまざまな知識も、レポートを上手くまとめるテクニックもすっかり忘れてしまっているものの、なぜか、気になったことを誰かに報告しなければならないという義務感だけは、ぼんやり覚えているのかもしれません。

 

そして、自分がこの地球という星の上でなんとかサバイバルし、日々の生活の中で心を惹かれたこと、記録せずにはいられなかった出来事をまとめて、どこにいるのか、誰なのかも分からない自分たちの「ボス」に向けて、自分なりのレポートを提出しようとしているのかもしれません。

 

この地球がどんな星で、この星の上で生きるとはどんな感じなのかを……。

 

そんな妄想上の設定をふまえて、あらためてネットの世界を見てみると、YouTube とか Twitter のようなサイトには、そんなレポートが絶え間なく提出され続けているわけで、自分が今、そうした膨大な報告のごくごく一部を眺めているにすぎないと思うと、何だか気が遠くなるような感じがするし、日々せっせと何かをレポートせずにはいられない私の「同僚」の特派員たちに、温かい思いが湧いてくるような気がします。

 

もっとも、特派員たちは、自分が何のためにそれをやっているのか、本当の目的が分かっているわけではないし、中には、使命を忘れるどころか、混乱のあまり、この星のあちこちで、仲間同士で命がけのケンカをしたり、レポートの内容をめぐって炎上騒ぎを起こしたりする「同僚」たちもいるわけですが……。

 

 


ところで、話は変わりますが、2006年にこのブログを始めてから、今月で11年になりました。

 

これまで、記事を読んでくださった皆様に、心よりお礼申しあげます。

 

どうもありがとうございました。

 

これからも、このブログをどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

JUGEMテーマ:インターネット

at 19:14, 浪人, ネットの旅

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