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旅の名言 「便所で手が……」

便所で手が使えるようになった時、またひとつ自分が自由になれたような気がした。
 ガヤの駅前では野宿ができた。ブッダガヤの村の食堂ではスプーンやホークを使わず三本の指で食べられるようになった。そしてこのバグァでは便所で紙を使わなくてもすむようになった。次第に物から解き放たれていく。それが快かった。


『深夜特急〈3〉インド・ネパール』 沢木 耕太郎 新潮文庫 より

本の紹介記事

ここで「便所で手が使える」とは、言うまでもなく、「大」の後、左手と水を使って処理をするということです。

短期の旅行ならともかく、ある程度長く熱帯の国々を旅していると、紙で処理し続けることに疑問を感じるようになります。安宿のトイレにトイレットペーパーは備えつけられていないので、使う人はそのつど自分で持参しなければなりませんが、外国人しか買わない高いトイレットペーパーに金をかけるのがだんだんバカバカしくなってくるのです。

それに現地のトイレは紙を流すように設計されていないので、紙を流すとすぐに詰まってしまいます。紙を使う場合は、止むを得ずトイレの中のくずかごに捨てるのですが、あまり気分のいいものではありません。

日本で育った人間としては、手で処理することに大きな抵抗を感じるのは当然です。別に義務でもないので、やりたくない人は敢えてする必要もありません。

しかしこういうものは、ある日ふと決心し、「エイヤッ!」と気合いを入れて一度実行してしまえば、慣れるのは時間の問題です。最初は水の使い方などでうまくいかないこともありますが、暇なときに宿のトイレでちょっと練習すればいいのです。

いったん慣れてしまうと、たまに紙を使う時には気持ち悪く感じるくらいです。もっとも、いわゆる先進諸国では、トイレで水を使えるようにはなっていないので、私も日本滞在中はきちんと紙を使っております。

ちなみに、このカルチャーショックを逆の視点から見れば、熱帯の国から日本にやって来た人は、いきなり紙などという怪しげなものを使うことになって、大ショックを受けているかもしれません。しかもこちらのケースでは選択の余地がないので、嫌でも紙を使わざるを得ないのです。

手で処理できるようになって、「またひとつ自分が自由になれた」と表現するのはちょっと大げさな気もしますが、インドのトイレで沢木氏が「これで自由だ!」と叫んでいる姿をつい想像して笑ってしまいました。


『深夜特急』の名言

旅の名言 「自分の中で何かが壊れ……」
記事 「中国のトイレ事情」
記事 「チベットのトイレ事情」
内沢旬子・斉藤政喜著 『東方見便録』 の紹介記事

at 20:07, 浪人, 旅の名言〜衣食住と金

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