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旅の名言 「一年くらい旅を……」

 僕はこれまで一年とか二年とかの長い旅を行ってきたが、その長さについては、別にどうということはないと思っている。これは幾度も言ったり書いたりしてきたことだが、一年くらい旅をすることなど、暇がある人にとっては (金の問題を別にすれば) 何の問題も特別な技もないのである。日本で、一年旅してましたと言うと、ただそれだけで目を丸くして「大冒険ですね!」と驚く人もいるが、一年旅行しても十年旅行しても、ただ長く旅するだけなら、それは冒険ではなくて、ただの長い旅であるにすぎない。本当はやってみればわかることなんだけどなあ。


『旅ときどき沈没』 蔵前 仁一 講談社文庫 より
この本の紹介記事

蔵前仁一氏は現在、バックパッカー向けの雑誌『旅行人』を主宰されていて、バックパッカーにとっては「旅の先達」とも言えるような人物です。

今までに何度も長い旅に出かけ、貧乏旅行者たちの「生態」や、現地の人々との出会いを、イラスト付きの軽妙なエッセイにまとめていて、どれも読んでも楽しめます。

冒頭の引用は、蔵前氏が長い旅について語った一節で、旅の長さそのものは、実際に身をもって経験するならば、一年であろうと十年であろうと、とりたてて問題にするほどのことでもないことが分かる、というのです。

また、金の問題を別にすれば、長く旅をするために特別なテクニックはいらないし、特別に乗り越えなければならないような問題もないというのです。私もそれなりに長い旅を体験して、本当にその通りだと思っています。

旅立つ前の段階で、「これから一年旅をするぞ!」と考えるなら、何か凄いことでもするような気負いを感じるかもしれませんが、実際に旅に出てしまえば、長い旅といっても、一泊二日の旅でやっているのと同じことを何回も繰り返しているだけの話で、そこに何ら特別なものはありません。

もちろん、旅を続ける中で次第に覚えていく「旅のコツ」みたいなものはあるでしょう。しかし、それは勉強したり教わったりしなくても時間と共に自然に身につくもので、ことさら特別なものではありません。

また、長旅ならではの活動パターンのようなものもあるでしょう。何週間もハードな移動や観光を続ければ疲労が蓄積し、いずれどこかでダウンするか、居心地のいい街でしばらく「沈没」することになるかもしれません。その結果、人によっては、ONとOFFのスイッチを切り換えるように、「動」と「静」のパターンが浮かび上がってくるかもしれません。

あるいは、沢木耕太郎氏が『深夜特急』の中で書いているように、旅そのものに幼年期や青年期のような初々しい時期や、壮年期のような成熟と倦怠を覚える時期、老年期のように「旅の終わり」を意識する時期などを見い出す人もいるかもしれません。

しかし、そのために何か特別な知識やテクニックが必要になるわけではありません。常識的な判断を積み重ね、毎日の旅を続けていれば、後になって、結果として何かパターンのようなものが見えてくるというだけなのです。

長旅に問題があるとしたら、むしろ旅そのものの困難ではなく、長い旅をしていることで他の人に無用な誤解を受け、理解してもらうのに困難を覚えるということなのかもしれません。当事者にとっては当たり前のようなことでも、経験のない人には誤解の原因になってしまうのです。

蔵前氏の『旅ときどき沈没』の中には、五年間旅を続けている人が、日本人に「人生を投げてますね」と言われたというエピソードが出てきます。また、蔵前氏自身も、旅先で会った日本人女性に一年間旅していると話したら、あきれた口調で「もうヤケクソね」と言われたそうです。

蔵前氏は立腹して、「ヤケクソで長い旅なんかできはしない」と書いています。そして私もその通りだと思います。よくぞ言ってくれた、とも思います。

しかし現実的に考えてみると、「もうヤケクソね」という人の方が、たぶん日本では圧倒的な多数派だという気がします。この言葉には、長旅をする人は日本でのまっとうな生活を放棄している、つまり「ドロップ・アウト」しているのだ、というニュアンスを感じますが、旅そのものではなく、旅を終えた後のことまで考えるなら、確かにそういう一面があるかもしれません。

海外を長く旅した人が帰国した直後の逆カルチャーショックや、日本人と同じ時間を共有していなかったことによる「浦島太郎」状態はよく知られているし、日本での仕事を長く離れていた人にとって、新たに仕事を始めたり再就職することには大きな困難がつきまといます。

しかし、たとえそうであっても、長旅を終えてどうするかは、その時になってから、各自がそれぞれの道を切り開くだけの話です。通りすがりの人物から将来のことまであれこれ心配される筋合もないでしょう。

長旅に出た人は、それに伴う様々な苦労に見合うだけのものを、旅から得ているのです。無意味な危険を冒すためや、苦労を背負い込むために出かけているわけではありません。しかし、それも「やってみればわかること」で、同じような経験をしてみないと、なかなか理解しづらいものなのかもしれません……。

at 20:23, 浪人, 旅の名言〜旅の時間

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