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「写真が撮れない」症候群(1)

私が初めて長い旅に出た頃は、まだデジタルカメラ全盛期の前でした。

安いデジカメは出回っていなかったし、当時の私は、新しい方式のカメラの可能性をまだ実感していませんでした。無難な選択として、旅先で盗難にあってもダメージの小さそうな、フィルム式の安いコンパクト・カメラを持って旅に出ました。

時間だけはたくさんあったので、アジアの辺境に足を運びました。きっと、もう二度と訪れることもないような辺鄙な村で面白いものを見かけたりすると、やはり写真で記録しておきたいと思うものです。後で人に見せるためというより、自分の思い出として記録しておきたかったのかもしれません。

そんなわけで、旅の当初は必ずカメラを持ち歩き、何か変わったものを見たり、民族衣装を着た人々を見かけたりすると、結構マメに写真を撮っていました。

しかし、すぐにそれが負担になり始めたのです。

自分が撮った写真を見るのは旅の楽しみのひとつですが、フィルム式カメラの場合、現像するまではどんな写真が撮れたのか確認できません。ローカルバスのきつい移動に耐え、少しでもいい写真を撮るために、現場でもいろいろと苦労をしているので、一刻も早くその仕上がりを見てみたいのですが、アジアの田舎には現像できるような街はほとんどないし、仮にできるとしても、その品質に大いに問題があります。

短い旅行なら、頑張って日本までフィルムを持ち帰ればいいのですが、長い旅の場合にはその選択肢はありません。結局、何カ月分も撮りためたものを、バンコクなどの大都市でまとめて現像することになります。

その間、バックパックを担いで移動することを考えると、フィルムが重荷になるのは極力避けたいのですが、そうすると予備のフィルムはあまり持ち歩けないし、乏しいフィルムを温存するために、やたらとシャッターを切るわけにもいかなくなります。

止むを得ず、撮るべき対象を厳選するようになるのですが、そうなると、何だかケチな気分になってきて、気楽に写真を撮れないのです。心の中で敷居が高くなってしまうのか、せっかくの素晴らしい風景を前にしても、いろいろなアングルを試し撮りする余裕はないし、散歩しながら、ムダ撃ち覚悟でちょっと面白い瞬間を記録するようなこともできなくなってしまうのです。

しかも、何カ月も後になってまとめて現像すると、出来上がった写真を見ても、なぜか今一つ感激がありません。

それは、時間の経過とともに、現場での感動が薄れつつあるせいかもしれないし、写真の枚数が少なすぎてあっけないせいかもしれないし、何枚も試し撮りできないために、選びに選んだシャッターチャンスで失敗してしまう可能性が高いこともあるでしょう。

悔しいのは、失敗作だとわかっても、もう現地に戻ってやり直すことができないことでした。後で「もう一枚撮っておけばよかった」と思っても、まさに「後の祭り」なのです。

さらに、まとめてプリントした写真をどうするかという問題が出てきます。何本ものフィルムを現像すると、プリントした紙だけで結構な重さになります。これを抱えながら旅を続けるわけにはいきません。結局、その街を出る前に、日本に船便で送ることにしていたのですが、この郵便代もバカにならないのです。

見終わったプリントを現地で処分してしまい、フィルムだけ持ち帰って、日本で再度プリントしてもいいのですが、その時点でまた金がかかります。

両方のコストを考えて、日本に送る方が安いという結論になったのですが、何カ月か毎に大量にプリントしては日本に発送するという作業を繰り返していると、撮影する時点で、何百枚ものプリントを荷造りする手間のことまで頭に浮かんでしまい、さらに写真を撮るのが面倒になりました。

そんなこともあり、次の長旅に出るときには、私はカメラを持つのをあきらめました。

現在、デジカメが普及したことで、これらの問題はほとんど解消されています。写真を撮る時点でも、その直後でも、液晶画面でその出来を確かめられるし、プリントする必要もありません。メモリーカードさえ充分に用意しておけば、ほとんど荷物や重量のことは考えなくていいのです。

本当に、時代は変わったものです……。

デジカメの普及によって、コストのことを気にせずに、気楽に写真を撮り歩ける環境が整いました。このことは、むしろ辺境へ出かけていったり、長い旅に出るような人にとって、より多くの福音をもたらしたと言えます。長い旅をしても、写真に関してはいわゆるロジスティックスの心配をしなくてもよくなり、いちばん肝心のシャッターチャンスだけに専念していればよくなったのです。

しかし、改めて、旅をしていた当時の私の心境を考えてみると、仮にそのときデジカメを持っていたとしても、やはり写真が撮れなくなっていたのではないかという気がするのです。私の場合、問題の本質は、費用や手間の問題だけではないようです。

次回の記事で、その理由をもう少し考えてみたいと思います。

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at 22:32, 浪人, 地上の旅〜旅全般

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