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カギ番の小姐

今はどうなっているのか分かりませんが、私が中国の田舎を旅した頃は、外国人は指定された国営の招待所にしか泊まれないことになっていました。

国営の宿は、建物は古いし従業員も無愛想で、居心地のいいところではありません。自由に宿を選べる状況であれば、絶対に選ばないタイプの宿なのですが、これは強制なので仕方がありません。中国人の旅行客が、もっと清潔でサービスも良さそうな、小ぢんまりとした民宿に泊まっているのを横目に見ながら、「この国を自由に旅行させてもらっているだけでもありがたいと思わなきゃ!」と自分に言い聞かせるしかなかったのです。

しかし、あえて善意に解釈するなら、中国滞在中ほとんど毎日、そんな居心地の悪い宿に泊まっていたおかげで、他の国では味わえない貴重な体験を積むことができたと言えなくもありません。

ほとんどの国営招待所は、殺風景で煤けたコンクリートのビルで、各フロアの廊下にカウンターがあって、そこに「カギ番」の小姐がいます。宿泊客は部屋のカギを渡してもらえず、部屋に入る時は、そのつど小姐にお願いして、部屋のカギを開けてもらうシステムになっているのです。

小姐とは、中国語で「お嬢さん」といったような意味ですが、食堂や宿で働いている中年のオバサンも小姐と呼ぶことになっています。国営招待所のオバサン方を見ていると、とても「お嬢さん」と呼ぶ気はしないのですが、これも慣習なので仕方がありません。

なぜカギ番が必要なのでしょうか? 他の国のように客に部屋のカギを持たせても、何の問題もなさそうな気がするのですが、カギを客に持たせると、何か良からぬことをするのではないかと疑っているのでしょうか。それとも沢山の従業員を雇うための一種の雇用対策なのでしょうか。

それはともかく、部屋のドアは自動ロックになっていて、扉を閉めると自動的にカギがかかるようになっているので、一度ドアを閉めてしまったら、小姐にカギを開けてもらわなければなりません。

小姐はずっとフロアのカウンターに座っているわけではなく、用のないときは近くの小部屋でTVを見たりしています。時には小姐がどこにも見当たらず、彼女が持ち場に戻ってくるまでひたすら待つしかないこともありますが、運良く部屋の中にいたとしても、こちらの気配を察して出てきてくれるなどということはないので、「小姐!小姐!」と大声で叫んで注意を引かなければなりません。

オバサンは、TVに夢中なのか、応対するのが面倒なのか、こちらが叫んでも知らんぷりをして、部屋から出てきてくれないこともあります。ナイーブな日本人なら、これだけで相当めげてしまうのですが、こんなことで引き下がるわけにはいきません。小姐がカギを開けてくれない限り、私は部屋に入ることができないのです。彼女の気が向くまで、部屋から締め出されたまま、イライラと無駄に時間をつぶすくらいなら、オバサンに嫌われても、しつこく食い下がるしかありません。

何度かしつこく呼び続けると、嫌そうな顔をして小姐が部屋から出てきます。手にはフロアーすべての部屋のカギがぶら下がったカギ束をジャラジャラさせています。通常は、小姐がそのままドアの前まで歩いていって、カギを開けてくれるのですが、ある時など、「自分でやれ!」と言わんばかりに、カギ束を投げられたこともあります。

その時、私はカウンターから20メートルくらい離れた自分の部屋のドアの前まで来ていたのですが、小姐はカウンターの所から勢いよくカギ束を放り投げたのです。カギは廊下の上をガシャーッと引っ掻きながら、私の足元まで滑ってきました。私はそれを拾い上げ、自分で部屋のカギを開けましたが、さすがにそれを投げ返すのもはばかられ、歩いて小姐に返しにいきました。

こんなわけで、金を払って泊まっているのに、カギを開けるたびに、いちいち不機嫌な小姐にお伺いを立てなければならないというのは苦痛でした。

自分が外に出かけて数時間戻ってこないような場合は、当然カギをかけるしかないのですが、困るのはトイレやシャワーに行く時です。二人以上で旅をしたり、ドミトリーで同室の客がいたりするなら、部屋の中からカギを開けてもらえば済むのですが、一人だけで部屋を使っている時には、トイレに行くたびに部屋のドアを閉めていたら、一日に何度も小姐にお願いして、カギを開けてもらわなければならなくなります。

中国を旅していると、どんな人でも多少は図太くなるものですが、それでも私には、一日に何度も小姐に嫌な顔をされるのは苦痛でした。

仕方なく、トイレやシャワーなど、短時間だけ部屋を出る時は、ドアを半開きの状態にしておいて、用を済ませたら、できるだけ早く部屋に戻るようにしました。といっても、ドアを開けっ放しにしたまま部屋を離れるのは不安なものです。トイレならまだしも、シャワーの場合など、10分くらいは戻ってこられないので、目を離したスキに、誰かに荷物を盗まれることも考えられます。

そのため、人が中にいるように見せかけるために、部屋のテレビをつけっ放しにしておいたり、バックパックをベッドの枠にワイヤーで縛りつけてみたりと、涙ぐましい努力もしました。今思い返すと、ちょっと心配のしすぎだったし、もっと気楽な気持ちで小姐にカギを開けてもらえばよかったのかもしれませんが、当時は長旅で疲れていたせいか、毎日のように無愛想なオバサンたちに邪険に扱われることが相当こたえていたのでしょう。

今になって冷静に考えてみれば、招待所の小姐たちも、いわゆる「田舎の国営企業」的なスタイルを無意識のうちに身につけていただけで、宿泊客に対して意識的に邪険にしていたわけでもないでしょう。彼女らにとって、カギを何回開け閉めしても、客に喜ばれるサービスをしても、もらえる給料は同じだったはずです。そういう条件であれば、長年のうちに、一番労力が少なくて済む、自分本位の楽なやり方に落ち着いていくのは必然だったのかもしれません。

しかし、私が旅していた頃でも、すでに国を挙げての経済政策の大転換が進行していました。今後は、中国の辺境といえども、昔の国営企業的なスタイルが生き残っていくのは難しいでしょう。あと10年か20年もすれば、かつての国営招待所のような接客態度は、一つの時代の象徴として、むしろ一種の懐かしさをもって語られるようになるのかもしれません……。

at 21:23, 浪人, 地上の旅〜中国

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