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旅の名言 「自分はいま旅という……」

 私にはひとつの怖れがあった。旅を続けていくにしたがって、それはしだいに大きくなっていった。その怖れとは、言葉にすれば、自分はいま旅という長いトンネルに入ってしまっているのではないか、そしてそのトンネルをいつまでも抜け切ることができないのではないか、というものだった。数カ月のつもりの旅の予定が、半年になり、一年にもなろうとしていた。あるいは二年になるのか、三年になるか、この先どれほどかかるか自分自身でもわからなくなっていた。やがて終ったとしても、旅というトンネルの向こうにあるものと、果してうまく折り合うことができるかどうか、自信がなかった。旅の日々の、ペルシャの秋の空のように透明で空虚な生活に比べれば、その向こうにあるものがはるかに真っ当なものであることはよくわかっていた。だが、私は、もう、それらのものと折り合うことが不可能になっているのではないだろうか。


『深夜特急〈4〉シルクロード』 沢木 耕太郎 新潮文庫 より
この本の紹介記事

これは、ユーラシア大陸を乗り合いバスで駆け抜けた『深夜特急』の旅で、日本を発って1年近くも旅を続けてきた沢木氏が、旅の行く末に不安を感じているシーンからの引用です。いつしか旅にどっぷりとはまり込み、旅の日常に慣れ切ってしまい、倦怠さえ感じ始めているというのに、そこから抜け出すことができないのです。

嫌なら日本に帰ればいいのに、と思う方もおられるかもしれませんが、沢木氏の場合はロンドンまで旅を続けるという一応の目標があったし、いきなり旅を中断して帰国するためには、それはそれでかなりのエネルギーと決意が必要になります。

それに、いったん始まってしまった長い旅というプロセスを強引に中断することは、別の危険を生み出す恐れがあります。物理的に自分の体を日本に戻したとしても、心の中では、旅というプロセスが続いたままになるかもしれません。そうなると、日本で元の生活に適応しようとする自分と、いまだに旅を続けている自分とに、心が引き裂かれてしまう可能性があります。

沢木氏は、旅を始めたいという自分の欲求に従って日本を発ちました。その後も、バスでロンドンに向かうという一応の方向性だけを与えながら、その時々に感じるものや成り行きにまかせるようにして移動を続けてきました。そして、旅が1年近くになり、資金は底をつき始め、疲れもたまっているというのに、彼の中の「何か」は衰えることなく、旅を続けさせようとするのです。

まるでその「何か」に連れ去られるかのように、旅というプロセスに従いながら、同時に沢木氏は激しい怖れも感じているのです。果たしてそれがいつまで続くのか全く見通しが立たず、さらにその先に一体何が待っているのか、ただヒッピーとして身を持ち崩していくだけではないかという疑惑がどんどん膨らんでいたのではないでしょうか。

沢木氏が『深夜特急』の旅をした1970年代当時、インドからヨーロッパまでの陸路は、インドをめざす欧米のヒッピー達が行き来する「ヒッピーロード」と化していました。このルートの一部はかつてのいわゆるシルクロードで、古来より交易路として繁栄してきたわけですが、当時はそれに加えて、自由を求めるヒッピー達の「巡礼路」ともなっていたのです。

沢木氏は、ヒッピー達に混じって旅を続けるうちに、彼らの姿に自分の未来を見る思いがしたのではないでしょうか。もちろん、一部には、沢木氏に感銘を与えるような人物もいたはずです。しかし、ヒッピー達の多くは心に深い虚無を抱え、自らの命にさえ無責任になっているかのようでした。

自分は、旅の向こうに、彼らと違う何かを見出すことができるのか、自分は、彼らのように虚無に落ち込むことなく、再び日々の生活と折り合うことができるのか、沢木氏は毎日のようにヒッピー達の姿を目にするうちに、自らの自信が大きく揺らぐのを感じていたのではないでしょうか。

やがて沢木氏は『深夜特急』の旅に終わりを見出すことができ、日本に帰って再び仕事を始め、成功者となります。その意味では、冒頭に引用した彼の不安は杞憂だったということになるでしょう。しかし、実際のところ、彼は例外的な人間だったのではないでしょうか。多くの旅人が、彼のような長い旅に出たあと、結局何も見出すことができないまま、旅の中で身を持ち崩していっただろうし、今でも多くの旅人によって、同じことが繰り返されているように思います。

沢木氏は旅というプロセスから「生還」し、多くの人はそのまま還ってこなかったのだとしたら、両者を分けた違いはどこにあるのでしょうか。あるいは旅人にとって、還ってこないことにも何らかの意味があるのでしょうか。

旅というものは、旅立ちの爽快感とは裏腹に、実はこうした恐ろしさも秘めているのです。私の場合は、既に長い旅に出てしまいましたが、旅が終わったという心からの実感はまだありません。それはつまり、私が現在でも旅の途上にいるということであり、どんなに困難でも、旅を最後までやり通すしかないということなのでしょう。

こうした議論は、あくまでも旅に関する私自身の考え方に基づいています。人によって、旅をどう考えるかはさまざまでしょう。ただ、長い一人旅をすれば、それが心の深いところに何らかの影響を及ぼすことは確実です。

これから長い旅を始めようという方には、旅の物理的な危険だけでなく、旅にはこういう側面もあるのだということは、知っておいてほしいと思います。


『深夜特急』の名言

at 19:50, 浪人, 旅の名言〜危機と直感

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