このブログ内を検索
新しい記事
記事のカテゴリー
            
過去の記事
プロフィール
            
コメント
トラックバック
sponsored links
その他
無料ブログ作成サービス JUGEM
<< 『サバイバル登山家』 | main | ネットカフェ難民 >>

「検索」という主体的な行為

ブログに文章を書くようになってから、ネタになりそうなテーマを少し調べてみたり、うろ覚えの事実をネットで確認してみたり、言い回しや漢字を辞書で確認したりと、検索エンジンを使う機会が増えました。使い慣れると本当に便利で、今や検索エンジンなしでは暮らせないような気さえするのですが、改めて気づくのは、検索エンジンは、調べたいものをある程度自分でハッキリ分かっていないと使いようがないということです。

それはつまり、利用者側にそれなりの主体性・情報処理能力・一般的な知識や判断力を要求するということです。もちろん、とりあえず誰でも無料で検索エンジンを使ってみることはできるのですが、利用者のレベルによって、その潜在的なパワーを活用できる度合いがかなり違ってくるように思われるのです。

ブログのネタになりそうなテーマを検索エンジンで調べるといっても、取っ掛かりとして、何かキーワードとなる固有名詞を知っていたり、耳にしたりしていなければ、そもそも検索を始められません。それに、ある程度その分野の予備知識がないと、不正確な情報に振り回されるかもしれないし、ポイントを絞れず、情報の海をさまよってばかりで時間を浪費することにもなりかねません (もちろん、時間のある時はそれも楽しいのですが)。

検索エンジンでヒットした記事をどれだけ信用するかという点についても、報道機関や信用できそうな組織によるものならともかく、個人が書いたものについては、最終的には自分の知識や経験と照らし合わせながら、その記事の信頼性を判断することになるわけです。

そういうことを考えていくと、検索エンジンは、ある分野に関して予備知識のある人が、その分野の最新の情報を探したり、事実関係を確認したりする時には非常に役立ちますが、その分野について全くの初心者が、知っている単語を一つか二ついきなり入力してみても、あまり望ましい成果は得られないような気がします。

むしろそういう場合は、そのテーマに関する入門書を一冊読むとか、ヤフーのディレクトリに登録されているサイトなどに一通り目を通して、全般的な知識を身につける方がずっと有効だったりします。

それは、以前にこのブログに書いた「図書館の例」でいえば、ある分野について全く知識のない人が、百科事典や図書館の開架式書棚で調べてみることをせずに、いきなり書庫の蔵書検索を始めるようなものなのかもしれません。

図書館で普通に調べ物をするなら、開架式の書棚や新聞・雑誌コーナー、辞典類のコーナーだけでほとんど用が足りるはずです。もっと詳しい調べものや何かの研究をするために、書庫の蔵書を調べる必要もあるかもしれませんが、いつもいきなり書庫から調べるという人はあまりいないのではないでしょうか。

そういう意味で、ネットを利用する場合でも、とりあえず日常生活に必要な情報なら、ヤフーのディレクトリなどを一通り探せば見つかるはずで、検索エンジンというのは、さらにその先の情報を求める人のための、本来はやや高レベルの情報ツールだといえるのかもしれません。

グーグルのホームページは白いスペースの目立つ簡素なものです。ヤフーのように、何の用もないけれどとりあえずホームページを開き、ニュース速報をつまみ食いしたり、面白そうな見出しをあちこちクリックしたりしながら、何となく時間をつぶすような使い方はできません。何を調べたいかもよく分からないままにグーグルのホームページにやって来た人にとっては、何かキーワードを入力しない限り何も起こらないわけです。

それは、「検索エンジンだけで充分」という、検索エンジンの威力に対するグーグルの自信の表れともとれますが、一方で、目的意識のない人間を拒絶する白い壁のようでもあります。

検索という行為は、何となくテレビを見るような受動的な行動と違って、利用者の主体的な関わりを要求します。検索のすべてのプロセスは、何かを知ろうとする利用者の意志に依存していて、そもそも最初に何らかのキーワードを思いつかなければプロセスが始まらないし、その後も、どの検索結果にアクセスするかを個人が絶えず選択し続けなければなりません。そして、検索エンジンの向こうにどれだけ多くの情報が用意されているとしても、図書館の書庫と同じで、それを引き出すキーワードを知らない限り、利用者にとっては存在しないも同然なのです。

一人の人間が生きられる時間は非常に限られているのに、世界に関する情報は膨大です。それらにすべて目を通した上で取捨選択する余裕は私たちにはありません。悲しいことですが、知ることのできる知識より、一生かかっても知りえない知識の方が圧倒的に多いということを絶えず自覚する必要があるのです。そして、そうである以上、「現在の自分にとって最も必要なものは何か」と常に自問し、そこだけに焦点を当てて、必要な情報をそのつど選び取っていくしかないように思います。

その覚悟がないと、いつまでも受け身のまま、情報の洪水の中を流され続けることになってしまいます。これはむしろ、私自身の日頃の行動に対する自戒です。

グーグルのホームページの白い壁は、何をすべきかわかっている者しか先に進めないという意味で、利用者を突き放しているように見えるし、私たちに一定レベル以上の主体性を厳しく要求するかのようにも見えますが、それはもしかすると、ネットを利用する上で最低限必要な心がまえを親切に教えてくれているのかもしれません……。


記事 「「検索」が変える行動パターン」

at 20:36, 浪人, ネットの旅

comments(0), trackbacks(0)

スポンサーサイト

at 20:36, スポンサードリンク, -

-, -

comment









trackback
url:http://ronin.jugem.jp/trackback/230