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旅の名言 「わからないからこそ……」

 あるいは、彼らも人生における執行猶予の時間が欲しくて旅に出たのかもしれない。だが、旅に出たからといって何かが見つかると決まったものでもない。まして、帰ってからのことなど予測できるはずもない。わからない、それ以外に答えられるはずがなかったのだ。
 そして、その状況は私にしても大して変わらないものだった。わからない。すべてがわからない。しかし人には、わからないからこそ出ていくという場合もあるはずなのだ。少なくとも、私が日本を出てきたことのなかには、何かが決まり、決められてしまうことへの恐怖ばかりでなく、不分明な自分の未来に躙り寄っていこうという勇気も、ほんの僅かながらあったのではないかという気がするのだ……。


『深夜特急〈2〉マレー半島・シンガポール』 沢木 耕太郎 新潮文庫 より
この本の紹介記事

超有名な『深夜特急』、文庫版第2巻からの一節です。

インドのデリーからロンドンまで、乗り合いバスで旅をしてやろうと決意して日本を飛び出した沢木耕太郎氏は、「出発地点」のインドに向かう途中で、香港、マカオ、バンコク、ペナン、シンガポールと、アジアの街を巡り歩きます。

シンガポールにたどり着く頃には、旅立ちの熱狂と興奮は醒め、旅の生活も「日常」へと変わりつつありました。本文を読んでいても、旅を続ける沢木氏が何となく中だるみのような状態に陥りかけているのが感じられます。

しかし、そういう現象は長旅にはつきものだと思います。新しい国や新しい経験への新鮮な感受性は徐々に薄れ、子どものような好奇心も少しずつ摩耗していきます。旅に退屈と倦怠が、徐々に入り込んでくるのです。

やがて旅人の意識は、「今ここ」の旅の現実だけでは満たされなくなり、内省的になって、自分が旅に出た本当の理由、そして旅が終わったらどうするのかという、「重い」テーマにも向かい始めます。それはある意味で、旅立ちの興奮とドサクサに紛れ、棚上げにしていた重大な問題と向き合わざるを得なくなるということかもしれません。

もちろん『深夜特急』では、この後も、通過する国々で起こった印象深いエピソードに加えて、「自分にとって旅とは何か」というテーマについて、沢木氏による真剣な問いが続けられていくのですが、旅の前半のこの時点で、沢木氏は自らが旅に出た理由について、とりあえずひとつの解答を出そうとしているように見えます。

それにしても、「わからないからこそ」旅に出る、という沢木氏の理屈は、一見投げやりで、人を食ったような言い方に思えるかもしれません。

われわれの生きる現代社会においては、何事においても目的が重視され、明確に設定された目標に向かって、計画的・効率的なアクションを取り続けていくことが求められています。そこでは、目的の伴わないような行動は、する意味がないし、貴重な時間と労力の浪費であると思われているのではないでしょうか。

そういう社会において、せっかく見つかりかけた自分の居場所をなげうって、何を目指しているのかもわからない、全く先の見えない方向に向かってひたすら突き進んでいくというのは、実に頼りない話だし、周囲の目には、まるで人生を投げているようにしか映らないかもしれません。

しかし、沢木氏にとって、何となく先の見通せるような方向に自分のアイデンティティを確立することは、安心というよりもむしろ「何かが決まり、決められてしまうことへの恐怖」を感じさせるものであり、すでに出来上がってしまった枠組みに自らを合わせていくだけの人生では苦痛だと感じていたのではないでしょうか。

しかし、その感情をとことんまで突き詰め、自らの気持ちに忠実に従おうとするなら、既にわかってしまった世界を拒否し、「わからない」世界、未知で「不分明な」世界へと向かっていくしかありません。

言葉でいうと簡単そうですが、しかしこれは恐ろしいことです。「何かが決まり、決められてしまうこと」も恐怖かもしれませんが、「すべてがわからない」というのはそれ以上の不安と恐怖をもたらすのではないでしょうか。

旅に出れば自分にとって素晴らしいものが見つかると、あらかじめ約束されているのなら、旅立つことに何の不安もないでしょうが、それでは、約束された素晴らしいものを目標に、そこに向かって進んでいくだけであり、すでに出来上がった予定調和の枠組みの中で、スケジュールを消化していくような旅になってしまいます。

もちろん現実には、そんな約束などあり得ないし、旅から帰ってどうなるかなど、誰にも何もわかりません。自分の中で見えかけていた人生のレールをあえて踏みはずして、暗闇のような世界に飛び込んでいくためには、「不分明な自分の未来に躙り寄っていこうという勇気」を必要とするのではないでしょうか。

もっとも、これは理屈の上での話です。常識的に考えても、長い旅に出る人間が、すべてこうした悲愴な決意を胸に出発するわけでもないでしょう。

実際にはむしろ、そんな先のことを考える以前に、目の前に広がる世界の広さと美しさにそそのかされて、旅人は思わず一歩を踏み出してしまうのではないでしょうか。そして、しばらく世界と幸せな気分で戯れた後、いつの間にか自分が人生のレールから遠く外れてしまっていることに気づき、自分が置かれている状況の不分明さ、見通しのなさに直面して、初めて困惑するという順序なのかもしれません。

もちろん、そうなったらそうなったで、旅人は腹を据えて、先の見えない人生を引き受け、そこをスタートラインに、改めて自分の生きる道を切り開いていくしかないのですが……。


『深夜特急』の名言

at 19:13, 浪人, 旅の名言〜旅の理由

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