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旅の名言 「異国にありながら……」

 香港の街の匂いが私の皮膚に沁みつき、街の空気に私の体熱が溶けていく。街頭で華字新聞を買い、小脇に抱えて歩いていると、香港のオジサンやオバサンに呼び止められて、道を訊かれるようになった。黙っているかぎり、誰も私のことを異国人とは見なさなくなる。異国にありながら、異国の人から特別の関心を示されない。こちらは好奇の眼で眺めているが、向こうからは少しも見られない。それは、自分が一種の透明人間になっていくような快感があった。


『深夜特急〈1〉香港・マカオ』 沢木 耕太郎 新潮文庫 より
この本の紹介記事

『深夜特急』の文庫版第1巻、旅に出た沢木耕太郎氏が香港の喧騒に出会い、その熱に浮かされたように街を歩きまわるシーンからの引用です。

普通、日本人が海外のどこかの街を歩いていれば、すぐそれと分かってしまうものです。現地にモンゴロイドの住民が少なければ、周囲から浮き上がって見えてしまうし、たとえ中国や東南アジアの国々であっても、服装や所持品、旅行者然とした物腰などで、なんとなく見分けがついてしまうものです。

そして、例えばインドなどでは、日本人だと分かった瞬間、物乞いやら物売りやら、客引きやら詐欺師やら、好奇心旺盛な通りすがりの人物やら、怪しい人間たちがウワーッと周囲に群がってきます。いらないものを買えと強要され、「うまいもうけ話」に誘われ、名前や年齢や職業を次々に訊かれます。

これは、欧米からの旅行者も同じ目に遭っているので、日本人だからというより、単純に「リッチな国からやって来たカモ」と思われているのでしょう。あるいは現地の人々は、奇妙な身なりをした旅行者の姿に、退屈な日常を紛らしてくれる格好のネタを見出しているのでしょう。

最初のうちは、それも旅人にとって新鮮で面白い体験かもしれませんが、どこの街へ行っても、バスの中でも、歩いていても、茶店でチャイ(インドの紅茶)を飲んでいても、同じパターンが延々と繰り返されるのです。長く旅していればそれが日常になり、そのうち慣れてしまうものですが、人によってはあまりの鬱陶しさにノイローゼになってしまうかもしれません。

もちろん、外国人だからといって悪いことばかり起きるわけではなく、逆に、特別な親切を受けることもあります。

頼るべき人間もいない異国の地で、地元の人から親切な扱いを受けると本当に感激するし、そういうときには、旅をして良かったとつくづく思います。

ただ、親切も行き過ぎてしまえば、旅人の負担になることもあります。地元の人たちに必要以上に気を遣わせていることが分かれば、それを受ける方としても少々気まずい思いがするし、通りすがりの旅人への親切のために人々が負っている苦労に気づけば、気軽な気分でそれを受けられなくなります。そんなとき、旅人としては、彼らの面子もあるのかもしれないけれど、気を遣わないでほったらかしにしてくれてもいいのに、お互いにもっと気楽に過ごせればいいのに、などと思ってしまうのです。

このように、旅人の受ける扱いに不利・有利の違いはありますが、いずれの場合も外国人ということで特別扱いされてしまうわけです。旅人はそこに、地元の人との間の心理的な壁を感じるし、仲間外れにされているような深い孤独も感じてしまうのです。

そしてそんなとき、日本にやってくる留学生や、顔の売れた有名人の苦しみとは、もしかするとこんな感じなのかもしれないな、などと思ったりするのです。

だから、もし旅人が「透明人間」のように街に溶け込んで、外国人ということで特別扱いされないような街があるなら、旅人にとっては非常に魅力的なのではないでしょうか。

ニューヨークの街のように、世界中からあらゆる人間が集まっているため、顔つきも服装も身のこなしもバラバラで、そもそも誰が定住者で、誰が旅行者であるかもわからないような街なら、誰もが街に溶け込めるのではないでしょうか。私はニューヨークに行ったことはありませんが、それはこの街の大きな魅力の一つだという気がします。

考えてみれば、ある街で異邦人が「透明人間」でいられる度合いというのは、その街の、旅人という「異物」に対する寛容さを示すバロメーターなのかもしれません。

ところで、たとえ外国の街であっても、住民の顔が日本人に似ていれば、少なくとも見かけの上だけなら、日本人旅行者が街の風景に簡単に同化できることになります。そして、東アジアに存在する、そんな街の代表格が香港なのです。

私も、日本人の顔は香港人によく似ていると思います。沢木氏が書いたように、華字新聞など小脇に抱えて歩けば、人にもよるでしょうが、日本人が香港の街に溶け込むことは可能でしょう。

もっとも、香港育ちの地元の人から見れば、香港人と日本人の微妙な表情や身のこなしの違いは感じ取れるはずで、注意深く観察されれば、すぐに日本人だということがバレてしまうとは思いますが。

それに、今や香港の物価は日本と違いがありません。ニューヨークにしても香港にしても、旅人が街の風景にさりげなく溶け込める街というのは大きな魅力ですが、そういう街に滞在するのには費用がかかります。金にシビアなバックパッカーとしては、「透明人間になれる街」と「物価の安い街」を天秤にかけるなら、迷わず後者を選んでしまうのかもしれません……。


『深夜特急』の名言

at 19:55, 浪人, 旅の名言〜旅人

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