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旅の名言 「登山は……」

 登山は選択の連続で成り立っている。どう行動してもさして問題ないときもあれば、数少ない厳しい選択肢だけが、つぎの瞬間につながっているときもある。経験の蓄積が選択肢を広げ、的確な状況判断が最良と思われる選択を行ない、体力と技術、そして精神力がそれを実行する。選択が正しかったのかそれとも誤っていたのかを山が教えてくれるのは、正しくなかったときだけである。最良と予測する選択肢にもギャンブルが残るとき、登山者は全能力を絞りだして、生き残る可能性を濃くするしかない。


『サバイバル登山家』 服部 文祥 みすず書房 より
この本の紹介記事

迫力のある言葉です。

現代の文明社会に生きていると、日常生活で、次の一手を誤れば死ぬ、という極端な状況に遭遇することはめったにありません。「安心・安全」をモットーに、社会のシステムがそういう危機的な状況をあらかじめ注意深く取り除いてくれているし、私たち自身も、そういう状況に直面しないような平穏な生き方を強く望んでいるからです。

そんな文明社会をあえて飛び出し、山に分け入っていく登山家たちがいます。

人間の手によって状況をコントロールできない山の自然の中では、厳しい気候や登山者自身のミス、危険な野生動物などによって、生命の危険に遭遇することも少なくありません。

もちろん、登山をする人にもいろいろなタイプがあって、安全をしっかりと確保した上で、無理をせず、レジャーの一環として山登りを楽しむ人もいるでしょうが、『サバイバル登山家』の著者、服部文祥氏は、あえて危機的な状況に身をさらすような厳しい登山を繰り返しています。

それは、蛮勇からではなく、死と背中合わせのような厳しい状況に自らを追い込むことによって、「生きようとする自分を経験する」ためです。

そのためには、死んでしまっては意味がないのですが、逆に、安全が約束されていては、「生きようとする」自分の根源的な力を必要とする機会がありません。彼は、山の状況と自分の能力の限界を冷静に見極めた上で、無謀な登山と安全な登山の間にある、微妙な領域を探っていくことになります。

そこは、バックアップや「安全保障」のシステムなどなく、一瞬の判断ミスで全てを失うような世界。生命を賭けた決断の連続。自分の全能力を振り絞ることによって、初めて次の瞬間がやってくるような世界。

私はそんな厳しい山登りなど、もちろんしたこともないので、ただただ想像するだけですが、そういう命がけの状況を通じて、初めて自分の中に見出され、鍛えられていくものが確かにあるのだろうし、そこには、同じ世界を味わった者しか知らない、言葉では言い尽くせないような深い体験があるのだろうと思います。

そして、そんな登山には比べるべくもありませんが、旅の中にも、そうした厳しい決断の瞬間に近いものがないわけではありません。

日常生活の平穏な環境を離れ、未知の世界を旅するとき、どんな旅人も、多かれ少なかれ選択と決断の場に立たされます。

それは、その日に泊まる宿をどこにするかや、夕食をどの食堂でとるかという選択であるかもしれないし、旅先で出会った現地の人に心を許すかどうか、あるいは、次の目的地をどうするかという決断であるかもしれません。

そこには、「どう行動してもさして問題ない」ような、ささやかな選択もあれば、一歩間違えれば命にかかわるような厳しい選択もあるはずです。

どんな瞬間であれ、今までの人生経験と状況判断によって自分なりにベストな選択を行ない、「体力と技術、そして精神力」によってそれを実行に移すとき、旅人は、まだ約束されていない次の瞬間の生というものを、自分自身の手でつかみ取ろうとしているのではないでしょうか。

そして、その体験こそが、旅の大きな魅力のひとつであるのかもしれません。

at 19:10, 浪人, 旅の名言〜危機と直感

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