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旅の名言 「この道を行くかあの道を行くか……」

この道を行くかあの道を行くか、いわゆる途方に暮れるといおうか、疑いためらうようなとき、みずからの意図にも反してあるひそかな暗示がこの道を行くべしと命ずることがないだろうか。いや、われわれの分別、性癖、ときにはその場の必要が、あちらの道を行けと言うにもかかわらず、ある不思議な予感が、どこからともなく、どんな力によるとも知れず心に訪れて、こちらの道を行くべしと命ずる。そしてあとになってみると、当然進んで行ったやもしれぬ道、自分の思いつきに従えばそっちにすべきであったはずの道を行っていたなら、身の破滅はまちがいなかったことがわかってくるのだ。こうしたいろいろな反省を重ねたすえに、私は自分の行動を律する一つのきまりをつくった。すなわち、なにかの行動をすべきか否か、あるいはこの道を行くかあの道を行くかと迷うときに、そうしたひそかな暗示、気がかりを心に覚えたならば、たとえこうした暗示や気がかり以外にはなんら理由がないとしても、かならずこの不思議な指示にしたがうということだった。


『ロビンソン・クルーソー』 ダニエル・デフォー、鈴木建三訳 集英社文庫 より
この本の紹介記事

超有名な冒険小説の古典、『ロビンソン・クルーソー』からの引用です。

無人島にたったひとりで漂着したロビンソン・クルーソーは、絶望にさいなまれながらも、やがて与えられた状況を受け入れ、手近にある道具と頭の中の知識と自らの手足を駆使して、試行錯誤しながら、過酷な環境で生き延びていきます。

冒頭の引用は、そんな孤島での生活を主人公が振り返りながら、サバイバルの日々を通して自らの得た「気づき」を語っている部分なのですが、胸を躍らせるような長い冒険の話の中にさりげなく織り込まれているので、何となく読み飛ばしてしまう人も多いかもしれません。

ただ私は、この部分は、起業家でありジャーナリストであり作家であったダニエル・デフォー氏の、波瀾万丈の生涯を通じた実体験と信仰生活から導き出された「人生の智恵」の一つであり、小説の登場人物であるロビンソン・クルーソーの口を借りて、作者自身の考えを披瀝したものだと考えています。

こうした「暗示や気がかり」は、科学的には説明不可能なものなので、現代においては一種の迷信として無視されることが多いのでしょうが、面白いことに、現代の「サバイバル登山家」である服部文祥氏も、同じような現象について語っています。
記事 「旅の名言 「なんとなくやばい気が……」」 参照

判断を間違えば命にかかわるようなサバイバル状況を何度も経験すると、こうした「暗示や気がかり」に対する感受性が研ぎ澄まされるのかもしれません。

ちなみに、デフォー氏は冒頭の引用部分に続けて、「こうした暗示は霊と霊との交わりの証、肉体をもつ者ともたざる者との神秘の交感の証であり、人のさからいえないような証である」と解釈しています。似たような考え方は、現代のスピリチュアル関連の本の中でもよく目にします。

一方、服部文祥氏はこの現象を、「言葉に還元できない総合判断」、あるいは「体全体で考えている」という表現で説明しています。

しかし、どういう説明をするにせよ、実践的なレベルでは、こうした「暗示や気がかり」を無視せず、大切に扱うようにすれば、未知の状況で自分が生き延びていくうえで役立つことは、どうも確かなようです。

こうした現象自体をどのように解釈するかという問題も大事でしょうが、登山家や冒険家、旅人、企業経営者、あるいはギャンブラーなど、未知の状況でも何らかの決断を下し、行動することを迫られている人間にとっては、何であれ、それが実践的な役に立つのであれば利用しようと考えるのではないでしょうか。

もっとも、こんなことを改めて言うまでもなく、そうした人々は「勘」とか「第六感」とか「直感」という形で、この「不思議な指示」をほとんど無意識のうちに使いこなしているのでしょうが……。

at 18:53, 浪人, 旅の名言〜危機と直感

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独善竜, 2007/05/08 12:15 AM

浪人様
山奥の細道をバイクで走っているときや登山道を歩いているときに
道が分岐していると、地図の表示だけではどちらへ行くべきか
判別付かないときがあります。
そういうとき、何となく道なりにそれらしき方へ行くと正しいことが
多いように思います。
もちろん、地図などで常に合理的に裏付けする努力が必要と思いますが、
感性も大事なのですね。
そういいつつも、最近ハンディカーナビを購入してしまいました。
これで迷子とはおさらばしたいところです。

浪人, 2007/05/08 7:34 PM

独善竜さん、コメントありがとうございました。

ご指摘のとおり、感性を生かす前提として、「常に合理的に裏付けする努力が必要」ですね。

旅先でも、普段から自分でできる範囲で合理的な判断をする習慣をつけておかないと、心のどこかで「暗示や気がかり」を感じていても、それに気づいて、実際の行動に生かすことができないかもしれません。

感性を生かせば面白い旅になると思いますが、その前提条件として、地図やガイドブックやカーナビをうまく活用することも大事だと思います。

考えてみれば、旅を合理的にやりすぎると面白みがなくなるし、かといって感性ばかりに頼ると行き当たりばったりになったり、痛い目に遭ったりします。合理性と感性のバランスをどうとるのか、そのコツをつかんだら「旅の達人」ということなのかもしれません。

もちろん、私は理屈の上でそういう「境地」を想像しているだけで、現実には、自分の感性というものが一体どこにあるのか、いまだに探し回っているような状態ですが……。










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