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旅の名言 「気をつけて、でも……」

いつも言うことなのですが、もし近々旅に出る人がいるとすれば気をつけて行ってきてください。気をつけて、でも恐れずに、です。


『天涯〈3〉花は揺れ闇は輝き』 沢木 耕太郎 集英社文庫 より
この本の紹介記事

沢木耕太郎氏による旅の写真集『天涯』文庫版第3巻からの引用です。

冒頭に挙げたのは、沢木氏が講演の最後で聴衆に贈った言葉ですが、「いつも言うことなのですが」とあるので、沢木氏はこれから旅立とうとしている人にはいつも同じ言葉をかけているのでしょう。

「気をつけて、でも恐れずに」

一見シンプルですが、旅について深く思いをめぐらし、旅の本質を知る沢木氏ならではの言葉であり、旅人へのアドバイスとしても、正確に的を射ていると思います。「気をつけて」だけならごく普通のあいさつですが、「でも恐れずに」というところに深い味わいを感じます。

『天涯』の同じ巻の中に、「旅の価値をなすもの、それは恐怖だ」という、アルベール・カミュの名言が引用されています。

私に、そこに込められた深い意味を説明できるだけの資格があるとは思えませんが、それを承知で自分なりの理解をあえて書けば、こんな感じになります。

私たちは、日常生活において、生まれたときから慣れ親しんだ言葉や、生活習慣や、身近な人間関係によって織り上げられた世界と深い一体感を感じており、それは空気のように自然で、そこでは自分と世界との関係を意識するような機会はほとんどありません。なじみ深い世界は、自分が「いつもの自分」であるという感覚を維持し、居心地よく感じさせてくれるものですが、時には閉塞感をもたらすこともあります。

しかし、旅、特に外国に行くということは、(もちろん旅人によって旅の目的は様々ですが、どんな旅でも共通して、)そうした居心地のいい世界から、一時的にせよ自分の身を引き剥がすことです。

旅に出た瞬間は、自分を閉じ込めていた鬱陶しいものから解き放たれ、何か広々とした世界に出たような解放感を感じる人もいるでしょう。しかし、その感覚が長続きすることはなく、自分にとって未知で異質な世界に身を置いているうちに、やがて漠然とした不安や恐怖を感じ始めるものです。

敏感な人なら、旅に出る前からそれを感じるだろうし、だから外国に行くのが嫌だという人もいるかもしれません。仕事や観光で旅に出た人でも、ずっと外国語ばかりを使っていたり、生活習慣の違う人々の間で生活していると、自分がボロボロと崩れていくような、自分という感覚が失われてしまうような恐怖を感じることがあります。また、自分を守ってくれるものが何もないように感じ、ささいな出来事に対しても非常に傷つきやすくなり、そんな時は自分が一人ぼっちで無防備であるように感じたりします。

しかし、カミュは、むしろそこに旅の価値を見出しているようです。

それはまごうかたなき旅の収穫だ。そんなときには、ぼくらは熱っぽく、だが多孔質になる。どんなに小さな衝撃にも体の奥底まで揺すられてしまう。滝のような光に遭遇すると、そこに永遠が出現する。それだから、楽しみのために旅をするなどといってはいけない。旅をすることに喜びなどありはしない。ぼくなら、むしろそこに、苦行を見出すだろう。永遠の感覚というぼくらのもっとも内奥にある感覚を研ぎ澄ますことを教養というなら、旅をするのは自分の教養を広げるためだ。パスカルの気晴らしが彼を神から遠ざけるのと同じように、喜びはぼくらを自分自身から遠ざける。一つのより大きな、より深甚な知恵としての旅は、ぼくらを自分自身に連れ戻してくれる。

『カミュの手帖』大久保敏彦訳 より (『天涯』からの再引用)


日常感覚のレベルで「いつもの自分」を作り上げていたものが失われ、自分が隙間だらけで無防備になってしまったと感じる時、同時に、今まで自分でも気がつかなかった「何か」が、自分の内奥に感じられるようになります。カミュはそれを「永遠の感覚」と呼び、旅がその感覚を研ぎ澄ますのだといいます。そしてそれが「いつもの自分」を超えて、私たちをもっと大きな「自分自身」に連れ戻してくれるのです。

そういう意味で、カミュにとって、旅とは「自分自身」に立ち戻るための「苦行」であり、そのプロセスでどうしても直面せざるを得ない「恐怖」と向き合うことこそ、旅の収穫だということになります。

そして、もし彼の考え方に従うなら、「恐怖」から逃れようとして、旅人が何らかの「気晴らし」に没頭してみたり、「いつもの自分」を取り戻そうとして、自分たちの言葉や生活習慣で身の回りを固めたりするのは、せっかくの旅の意味を薄めてしまうことになります。

一方で、だからといって、「旅の価値をなすもの、それは恐怖だ」というカミュの言葉を早合点して、とにかく恐怖を味わえばいいのだと解釈し、紛争地帯や治安の悪い場所、あるいは危険な活動にあえて飛び込んで、自らを命の危険に晒すのは間違っていると私は思います。

もちろん、そうした活動に目的と使命感をもって、自らの仕事としている人がいるのも事実だし、そうした危険を生き延びられれば、自らの深淵を垣間見る貴重な体験になるかもしれないとは思いますが、それだけの覚悟のない旅人が背伸びをして、必要のない危険を背負い込むことはないと思います。

つまり、「恐怖」と向き合うことは、旅の本質的な側面ですが、あえてそれを必要以上に求めることも、あえてそれを避けることも適切ではない、ということになります。いったん旅に出てしまったら、常識的な注意を払って自分の身は自分で守る必要がありますが、それ以外は余計なことを考えてジタバタせず、旅のプロセスで起きる自然な出来事の流れに身を任せるべきだ、ということになるのではないでしょうか。

そして、それを要約すると、「気をつけて、でも恐れずに」ということになります。

ちなみに、「恐れずに」というと、「恐怖」を無視しているようにもとれますが、私としてはそれを、「恐怖」をしっかりと感じつつも、勇気を出してそれに向き合う、という意味でとらえたいと思います。

まあ、こんな風に理屈っぽく、ややこしく考えなくても、「気をつけて、でも恐れずに」という言葉をごくシンプルに受け取れば、沢木氏の言わんとするところは十分に伝わると思いますが……。

私も、自分自身に対してはもちろん、これから旅立とうとする人に会うことがあれば、沢木氏にならって、同じ言葉を贈りたいと思います。

at 19:57, 浪人, 旅の名言〜危機と直感

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marony0109, 2012/09/02 1:19 PM

アジア横断組の元パッカーです。いつもありがとうございます、楽しく拝見させて頂いています!これからも一人旅成分たっぷりの良い記事を期待しています!

あー、たまにはひとり旅いきたいっす!

浪人, 2012/09/02 7:12 PM

marony0109さん、コメントありがとうございました。かなり理屈っぽいこの記事を読んでいただき、恐縮です。

最近、ちょっとマンネリで、ブログの更新も停滞気味ですが、また何か思いつけば、旅について書いてみたいと思います。

今後とも、よろしくお願いいたします。










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