このブログ内を検索
新しい記事
記事のカテゴリー
            
過去の記事
プロフィール
            
コメント
トラックバック
sponsored links
その他
無料ブログ作成サービス JUGEM
<< ピチャンの砂丘 | main | 旅の名言 「どうしようもなくくだらない奴から……」 >>

『エグザイルス(放浪者たち)―すべての旅は自分へとつながっている』

評価 ★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です

誰にも束縛されることなく、自分らしく、楽しく生きたい!

本書は、社会のメインストリームに背を向け、ボヘミアンとして生きることを選んだロバート・ハリス氏が、世界各地を放浪しながら自分への洞察を深め、自分らしい生き方を創造し続けてきた半生を描いた自伝です。

彼は高校卒業と同時にシベリア鉄道でヨーロッパに向かい、スウェーデンでバイトをした後、ヒッピー達に混じってインドまで貧乏旅行をしたり、大学時代にはカウンターカルチャー全盛期のアメリカ西海岸に1年間留学したりします。

留学中に知り合ったアメリカ人とオーストリアで結婚式を挙げ、帰国後は大学に通いながら、旅行資金を稼ぐために二人でがむしゃらに働くのですが、フラストレーションを紛らすために手を出していたドラッグのためか、やがてハリス氏の心の中には底知れぬ闇が口を開け始め、耐え難い不安に襲われるようになります。

彼は妻と二人で、逃げるように日本を飛び出し、東南アジアからオーストラリアへと流れていくのですが……。これから読む方の楽しみのために、あらすじはこの辺までにしておきます。

ハリス氏は1948年生まれ、いわゆる団塊の世代に当たりますが、日本の経済成長に貢献する企業戦士となるわけでもなく、反体制として組織的な政治運動に明け暮れるわけでもなく、漂泊者として自由に生きる道を選びました。

あるいはそれは、1960年代後半から70年代の前半、世界中に吹き荒れたカウンターカルチャーの嵐とヒッピー文化の中に身も心も投じたハリス氏にとっては、必然的な選択だったのかもしれません。70年代に入ると祭りのような高揚感はいつの間にか消え去り、もはや日本にはヒッピーたちの居場所がなくなりつつありました。

しかし、日本を出さえすればどこかにヒッピーの楽園があり、そこでいつまでも気ままに暮らせるほど、この世界は簡単ではありません。

 もちろん、誰にも束縛されないで、自分らしく、楽しく生きていける場所なんていうものは見つからなかった。旅は僕に、そんなところはないと教えてくれたのだ。それに近い場所、つまり「義務」や「生産」や「発展」よりは「楽しく」に重点をおいた文化は確かにあったが、そういうところは「よそ者」を受け入れない体質を持っていた。
 その意味で、一度「エグザイル」になった者は、一生「エグザイル」で居続けなければならないのかもしれない。所属する場所を捨てた者には、そう簡単にそれにとって換わる「場所」を見つけることはできないからだ。そんな「場所」はないと思ったほうがいいかもしれない。
 そしてどこへ行ってもくだらない奴らに媚びたり、レールの上を往復するような状況はついてまわった。これが人間の条件なのかもしれない。でもそんなものはあまり気にならなくなった。なぜなら、旅というものが可能にしてくれた「発見」はすべて「自分」へとつながっていたからだ。


長く苦しい旅を通して、ハリス氏は自らの心を深く洞察し、外部によりどころを求めるのではなく、「自分」によりどころを求めるべきこと、そしてそこに創造的な可能性が広がっていることを実感したのです。

 所属する場所を捨てて旅に出た僕は、自分という「所属する場所」を再発見することができたのだ。誰にも束縛されることなく、楽しく、情熱的に生きたい――僕が旅に託した想いは「場所」ではなく、この「自分」が可能にしてくれるものだということに気がついたのだ。
 この時点で僕は新しい意味での「エグザイル」になった。僕の旅は「さまよう」ことから「生きる」ことへと変わったのだ。
 世界を見て、見たものを歌い上げ、人と触れ合い、物語を交換し、生きていることを賛歌する。これが僕の旅であり、行く道なのだと思っている。


読んでいて、自分のフィーリングに忠実に従ってきたハリス氏の生き方と、祭りの高揚感の中で、ユニークな人々とともに新しい生き方を探求できた当時の時代状況に、激しい羨ましさを感じました。そしてその一方で、60年代の熱気を知らない、「遅れてきた世代」である私たちは、この本から何を学べばよいのだろうと考えてしまいました。

本書には、60年代後期のカブール、70年代初期のバリ島など、当時のヒッピーたちの聖地が生き生きと描かれていますが、戦場となったカブールはともかく、バリ島も今ではすっかり観光地化が進んでいます。私がバックパッカーとしてアジア各国を歩いたときに時折見かけたヒッピー風の人々は、何だか時代遅れな感じがして、周囲から浮いてしまっていました。

昔風のヒッピー・スタイルを今さら外面的に守り続けても意味はないだろうし、そのスピリットを受け継いで放浪者として生きようとしても、そうした人たちのささやかな居場所は、今、世界中で急速に失われつつあるように見えるのです。

確かに、ハリス氏自らが創り上げた書店&画廊「エグザイルス」のように、都市の中に魅力的な空間を出現させることも不可能ではないだろうし、最後には「自分」に行き着くという意味では、「場所」が全てではないと頭では理解できます。

しかし、こうした本に触発され、勇気をもって歩み出したばかりの人々には、彼らを温かく迎え、育ててくれる、刺激的な「場所」が世界中にもっとたくさん必要だという気がするのです。

もちろん、ハリス氏も書いているように、60年代は「神と悪魔が共同経営する実験室のような空間」で、「無数の落とし穴が、天国への階段の前に口を開けて」いました。いくら当時の雰囲気が羨ましいからといっても、歴史を巻き戻して、その状況をそのまま再現するわけにはいかないでしょう。

それにハリス氏自身も、本書で読む限り、かなり危ない橋を渡ってきたようですが、彼のケースではうまくいったのだとしても、他の人がそれを真似て無事でいられるかどうかはわかりません。放浪者がどこかでバランスを失ってダークサイドに堕ちれば、それは周囲の人間を含めて、誰にとっても不幸な結果になります。

それでも、もしこの21世紀に、創造的な生き方を求めて漂泊する人々を受け入れる「場所」があるとしたら、それはどこにあるのか、そこでは一体何ができるのか、ささやかながら私も探求してみたいと思います。


本の評価基準

 以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。

 ★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
 ★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
 ★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
 ☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします

at 19:45, 浪人, 本の旅〜世界各国

comments(0), trackbacks(0)

スポンサーサイト

at 19:45, スポンサードリンク, -

-, -

comment









trackback
url:http://ronin.jugem.jp/trackback/305