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旅の名言 「ヒッピーたちが放っている……」

 ヒッピーたちが放っている饐えた臭いとは、長く旅をしていることからくる無責任さから生じます。彼はただ通過するだけの人です。今日この国にいても明日にはもう隣の国に入ってしまうのです。どの国にも、人々にも、まったく責任を負わないで日を送ることができてしまいます。しかし、もちろんそれは旅の恥は掻き捨てといった類いの無責任さとは違います。その無責任さの裏側には深い虚無の穴が空いているのです。深い虚無、それは場合によっては自分自身の命をすら無関心にさせてしまうほどの虚無です。


『深夜特急〈3〉インド・ネパール』 沢木 耕太郎 新潮文庫 より
この本の紹介記事

最近ではかなり少なくなりましたが、東南アジアや南アジアの国々を旅していると、かつてのヒッピーのような風体をした若い旅人を見かけることがあります。また、かつてのヒッピーがそのまま中高年になってしまったような、いわくありげな老バックパッカーに出会うこともあります。

もちろん、私は「ヒッピー世代」の人間ではないので、彼らが当時のヒッピーのオリジナルのファッションやライフスタイルに従っているかどうかは知る由もありません。あくまで私の頭の中の漠然としたイメージに従って、「ヒッピーっぽさ」を判定しているだけです。

しかし考えてみれば、ヒッピー全盛期から既に30年近くが過ぎています。今でも世界のあちこちで、まるで当時の世界的熱狂の残り火のような人々を見かけること自体が、ある意味では奇跡的なことなのかもしれません。

一方で、南の島のビーチリゾートなどに各国からバックパッカーたちが集まっては、どんちゃん騒ぎに明け暮れる現象も見られます。一般には、これこそがヒッピー的だと思われているようですが、私の見る限りでは、彼らには30年前のような、未来への熱い思いや理想のようなものはないような気がします。

昔のヒッピーたちが、すべて高い理想に基づいて行動していたというつもりはありません。ただ、1960年代後半から70年代にかけて、時代が急速にしかも大きく変わり、何か全く新しい社会が生まれつつあるのではないかという期待があり、そして、自分たちがその変化の一翼を担えるかもしれないという高揚感が、当時のムーブメントを支えていたように思います。

それは明確な文化といえるほど洗練されたものではなかったかもしれませんが、そこには単なる一時の流行を超えた真剣さと、多くの人々を新しい創造の試みへと促す「何か」があったように思うのです。

先日、ロバート・ハリス氏の『エグザイルス(放浪者たち)』を読みましたが、その中には1960年代後半、ヒッピー文化全盛時代のヨーロッパからインドまでのヒッピー・トレイル(シルクロードならぬヒッピーロード)の様子が描かれています。

特に当時のカブールのヒッピー宿の描写は生き生きとしています。そこには世界中から妖しい人間たちが次々に流れ着き、異質でなまなましい世界を作り上げていました。それは決して理想郷と言えるようなものではなかったと思いますが、経済成長に邁進する彼らの祖国とは全く違う世界を地球の片隅に創造しようというヒッピーたちの熱い試みが、そこには確かにあったのだという気がします。

しかし、その熱狂は、数年もしないうちにバブルのようにはじけてしまいました。やがてヒッピーたちの多くは「旧世界」の秩序の中に飲み込まれ、意地を張って抵抗するヒッピーたちの居場所も失われていきました。

1970年代半ばに、ハリス氏と同じ団塊の世代の沢木耕太郎氏が『深夜特急』の旅をしたときには、ヒッピーたちは冒頭の引用のように、「饐えた臭い」を放ち、距離をおいて見られるような存在になってしまっています。

これはもちろん、沢木耕太郎氏と、自らもヒッピーとして生きたロバート・ハリス氏の、初めて海外に出た年齢や人生観の違いによるものでしょう。しかしそれ以上に、1970年代半ばにはヒッピー・ムーブメントが力と方向性を失って、ヒッピーたちがすっかり元気をなくしていたことが大きいのではないかと思います。

「どの国にも、人々にも、まったく責任を負わない」ように見える彼らの生き方は、裏を返せば、国民として自分が責任を持ちたいと思えるような国を失い、従って故郷を失い、自らの居場所がどこにも見つけられないまま、エグザイルとして世界を流浪する、当時のヒッピーたちの哀しい現実を物語っていたのではないでしょうか。

ヒッピー・ムーブメントに身も心も捧げていればいるほど、その一瞬の高揚が終わってしまった後、彼らは「旧世界」に再び適応することが難しくなっていたはずです。かといって、彼らを温かく迎え入れ、失われた故郷の代わりになってくれる理想の場所などというものは、この地上には見つかりません。

結局、彼らは前にも後にも進めないまま、すべてを失って、「深い虚無の穴」の縁をぐるぐると周り続けていたのではないでしょうか。そして、ハリス氏のように、そんな心の闇から立ち直ってさらに前に進むことができたヒッピーは、決して多くはなかったのではないかと思います。

同時代を生きたわけでもない私が、想像だけでこんなことを書くのは生意気なことだと思っています。ただ、当時のことを知らない私でも、1960年代後半には、世界中で「何か」が起きていたことだけは分かります。

そして、表面的なファッションやイデオロギーを超えた本質を見た場合、それは結局何だったのか、今でもその「何か」は形を変えてどこかで息づいているのか、だとしたらそれは今どんな形で現れているのか、そんなことがどうしても気になるのです。

こういうテーマについてあれこれと考えることは、既に終わってしまって二度と戻ってはこないひとつの時代に、虚しく憧れ続けているだけなのかもしれませんが……。

それはともかく、もし沢木氏が数年早く『深夜特急』の旅に出ていたら、その旅は違う結末になっていたかもしれないし、いろいろな意味で、ヒッピーを見る目も違っていたのではないかという気がします。


『深夜特急』の名言

at 19:25, 浪人, 旅の名言〜旅人

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