このブログ内を検索
新しい記事
記事のカテゴリー
            
過去の記事
プロフィール
            
コメント
トラックバック
sponsored links
その他
無料ブログ作成サービス JUGEM
<< 『あなたのTシャツはどこから来たのか? ― 誰も書かなかったグローバリゼーションの真実』 | main | 追悼 河合隼雄先生 >>

旅の名言 「彼らがその道の途中で……」

 僕が西へ向かう途中に出会った若者たちにとって、シルクロードはただ西から東へ、あるいは東から西へ行くための単なる道にすぎませんでした。時には、彼らが、いつ崩れるか分からない危うさの中に身を置きながら、求道のための巡礼を続けている修行僧のように見えることもありました。彼らは、もしかしたら僕をも含めた彼らは、頽廃の中にストイシズムを秘めた、シルクロードの不思議な往来者だったのかも知れません。しかし、彼らこそ、シルクロードを文字通りの「道」として、最も生き生きと歩んでいる者ではないかと思うのです。
 滅びるものは滅びるにまかせておけばいい。現代にシルクロードを甦らせ、息づかせるのは、学者や作家などの成熟した大人ではなく、ただ道を道として歩く、歴史にも風土にも知識のない彼らなのかもしれません。彼らがその道の途中で見たいものがあるとすれば、仏塔でもモスクでもなく、恐らくそれは自分自身であるはずです。
 それが見えないままに、道の往来の途中でついに崩れ落ちる者も出てきます。クスリの使いすぎで血を吐いて死んでいったカトマンズの若者と、そうした彼らとのあいだに差異などありはしないのです。死ななくて済んだとすれば、それはたまたま死と縁が薄かったというにすぎません。
 しかし、とまた一方で思います。やはり差異はあるのだ、と。結局、徹底的に自己に淫することができなかったからだ、と。少なくとも僕が西へ向かう旅のあいだ中、異様なくらい人を求めたのは、それに執着することで、破綻しそうな自分に歯止めをかけ、バランスをとろうとしていたからなのでしょう。そしていま、ついにその一歩を踏みはずすことのなかった僕は、地中海の上でこうして手紙を書いているのです。


『深夜特急〈5〉トルコ・ギリシャ・地中海』 沢木 耕太郎 新潮文庫 より
この本の紹介記事

インドのデリーからロンドンまで乗り合いバスで駆け抜けるという『深夜特急』の旅。風まかせの旅を続けながらも着実に西へと向かっていた沢木耕太郎氏は、ついにヨーロッパに入り、旅もいよいよ大詰めを迎えようとしていました。

しかし、旅の終わりに向かってひた走りながら、沢木氏は、自分を不安にさせるような何かを感じていました。地中海をイタリアへと向かう船の中で、沢木氏の思いは内面に向かい、シルクロードを旅した日々の記憶がよみがえります。

沢木氏が旅をしていた1970年代、かつてのシルクロードは、ヨーロッパとインドを陸路で結ぶ「ヒッピー・トレイル」として、多くのヒッピーやバックパッカーの通り過ぎる「巡礼路」と化していました。

といっても、「歴史にも風土にも知識のない彼ら」は、成熟した大人たちがシルクロードの歴史ロマンに向けるような興味関心はあまりなく、ひたすら現在を生きています。

知識も経験もなく、大人たちが眉をひそめるような頽廃的な見かけや行動をしている彼らですが、沢木氏は彼らの内面に、むしろ修行僧のようなストイシズムを感じとっていました。それは、すべての仕事を放り出し、酔狂な『深夜特急』の旅のために日本を飛び出した自分の姿とも重なるものでした。

きっと若者たちの多くは、あらゆる意味で自分を危険にさらしながら旅を続ける理由を、自分ではうまく説明することができないでしょう。彼らは文字どおり命がけの探求を続けているにもかかわらず、そもそも何を求めているのかすらわかっていないのではないでしょうか。彼らはまるで「何か」に憑かれてしまったように、あるいは言葉にできない「何か」を求めて、ヒッピー・トレイルを西へ東へと歩き回っています。

しかし沢木氏の目には、向こう見ずで旅の目的すら定かではない彼らこそ、生き生きと道を歩む者たちであり、彼らのそんな行為こそが、むしろ「現代にシルクロードを甦らせ、息づかせ」ているように見えたのでした。

シルクロードならぬ「ヒッピーロード」を歩む彼ら、そしてまた自分自身は、旅を通じて結局何を求めていたのか、沢木氏はヨーロッパへ辿りついた今、自らの内面に沈潜し、必死でそれに言葉を与えようとします。

彼らがその道の途中で見たいものがあるとすれば、仏塔でもモスクでもなく、恐らくそれは自分自身であるはずです。


しかしそれは、最近よく使われる「自分さがし」という言葉が、牧歌的でのんびりとしたものにすら思えてしまうような、死と隣り合わせの、はるかに危険な探求でした。

実際に、沢木氏は旅を続ける中で、若者たちの悲劇を見聞きしてきました。自分が今、地中海を進む船の上にいられるのは、ほんのわずかな一歩を辛うじて踏みはずすことのなかったおかげだということを自覚しています。

それでも彼は、そんな危うさにこそ、真の旅の意味を感じているのです。

シルクロードを抜け、すべてが秩序立ったヨーロッパの地へと向かいながら、沢木氏が感じ始めていた喪失感は、そんな「真の旅」を味わえるチャンスが、もはや失われてしまったのだという深い実感だったのです。

沢木氏は、冒頭の引用に続けて、次のように書いています。

 取り返しのつかない刻が過ぎていってしまったのではないかという痛切な思いが胸をかすめます。もうこのような、自分の像を求めてほっつき歩くという、臆面もない行為をしつづけるといった日々が、二度と許されるとは思えません。
 ここまで思い到った時、僕を空虚にし不安にさせている喪失感の実態が、初めて見えてきたような気がしました。それは「終わってしまった」ということでした。終わってしまったのです。まだこれからユーラシア大陸の向こうの端の島国にたどり着くまで、今までと同じくらいの行程が残っているとしても、もはやそれは今までの旅とは同じではありえません。失ってしまったのです。自分の像を探しながら、自分の存在を滅ぼしつくすという、至福の刻を持てる機会を、僕はついに失ってしまったのです。


もちろん、「至福の刻を持てる機会」を失ったとはいえ、沢木氏がその後、きちんとこの旅に決着をつけたことは、『深夜特急』を読まれた方はご存知だと思います。

たとえ「至福の刻」が過ぎても、旅はまだまだ続くし、そこにはまた新たな展開があります。

しかしこれはまた、二十代半ばの頃の旅を十数年ぶりにたどり直している沢木氏の実感でもあったのかもしれません。四十代になって『深夜特急』を執筆している沢木氏にとって、青春時代、すなわち「自分の像を探しながら、自分の存在を滅ぼしつくすという、至福の刻を持てる機会」は既に「終わってしまった」のです。

しかし、『深夜特急』の旅がそれからも続いたように、人生も青春時代で終わりになるわけではありません。人生経験を重ねたわけでもない自分には、人生後半のことについて語る資格はありませんが、少なくともそこにはきっと、前半とは違う新たな展開があるはずです。

『深夜特急』が若者の旅を中心に描いたものだとすれば、中高年の旅というものもまた別にあるはずです。そうであれば、『深夜特急』の続編として、より成熟した大人を主人公にした、さらなる旅の展開があってもよいはずです。

そこでは、「自分の像を探しながら、自分の存在を滅ぼしつくすという、至福の刻」が再びやってくるのでしょうか? 自分自身を求める命がけの探求は、再び繰り返されるのでしょうか? それとも、そうではない、全く別の「至福の刻」というものがあるのでしょうか?

旅をテーマに書かれた沢木氏のその後の作品を目にするたびに、ふとそんなことが頭をよぎります。

『深夜特急』の名言

at 19:34, 浪人, 旅の名言〜旅の理由

comments(0), trackbacks(0)

スポンサーサイト

at 19:34, スポンサードリンク, -

-, -

comment









trackback
url:http://ronin.jugem.jp/trackback/323