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「フランダースの犬」に共感するのは日本人だけ?

昔、旅先で出会ったオランダ人バックパッカーとカタコトの英語で話していたとき、ふと「フランダースの犬」の話を思い出して、知っているかどうか尋ねたことがあります。

タイトルを英語に訳すと「ドッグ・オブ・フランダース」なのかな、などと四苦八苦しながら聞いてみたのですが、私の英語がひどすぎて質問がうまく伝わらないのか、どうも反応がよくありません。

周りにいた日本人バックパッカーたちも私に加勢してくれて、

「かわいそうな少年のストーリーだよ!!」
「日本ではものすごく有名な話で、誰でも知ってるよ!!」
「ネロだよ!!」
「パトラッシュだよ!! 知らないの?」

と大騒ぎしたのですが、熱くなっているのは日本人だけでした。相手のオランダ人はこの物語に全く心当たりがないようで、ただただ困惑の様子です。

後日、「フランダースの犬」は、オランダではなく、ベルギーが舞台のお話だということを知りました。

物語の中に風車小屋が出てくるので、風車=オランダというステレオタイプから、すっかりオランダの話だと思い込んでいたのですが、あの時一緒にいた日本人も、全員同じ勘違いをしていたわけです。

どうりでオランダ人が知らないわけです。オランダ人の旅人をすっかり当惑させてしまったことを申し訳なく思ったのですが、後の祭りでした。

しかし、ベルギー人となら、「フランダースの犬」の話題で盛り上がれるかというと、どうもそうではないらしいのです。

【「フランダースの犬」日本人だけ共感…ベルギーで検証映画】

 【ブリュッセル=尾関航也】ベルギー北部フランドル(英名フランダース)地方在住のベルギー人映画監督が、クリスマスにちなんだ悲運の物語として日本で知られる「フランダースの犬」を“検証”するドキュメンタリー映画を作成した。

 物語の主人公ネロと忠犬パトラッシュが、クリスマスイブの夜に力尽きたアントワープの大聖堂で、27日に上映される。映画のタイトルは「パトラッシュ」で、監督はディディエ・ボルカールトさん(36)。制作のきっかけは、大聖堂でルーベンスの絵を見上げ、涙を流す日本人の姿を見たことだったという。

 物語では、画家を夢見る少年ネロが、放火のぬれぎぬを着せられて、村を追われ、吹雪の中をさまよった揚げ句、一度見たかったこの絵を目にする。そして誰を恨むこともなく、忠犬とともに天に召される。原作は英国人作家ウィーダが1870年代に書いたが、欧州では、物語は「負け犬の死」(ボルカールトさん)としか映らず、評価されることはなかった。米国では過去に5回映画化されているが、いずれもハッピーエンドに書き換えられた。悲しい結末の原作が、なぜ日本でのみ共感を集めたのかは、長く謎とされてきた。ボルカールトさんらは、3年をかけて謎の解明を試みた。資料発掘や、世界6か国での計100人を超えるインタビューで、浮かび上がったのは、日本人の心に潜む「滅びの美学」だった。

 プロデューサーのアン・バンディーンデレンさん(36)は「日本人は、信義や友情のために敗北や挫折を受け入れることに、ある種の崇高さを見いだす。ネロの死に方は、まさに日本人の価値観を体現するもの」と結論づけた。 (後略)

(2007年12月25日 読売新聞)


考えようによっては、何だかすさまじい話です。

ボルカールト監督のこのドキュメンタリーがどんな内容なのか、この新聞記事からだけでは正確に判断できないのですが、それにしても、ネロ少年の悲劇は「負け犬の死」だから共感できないというヨーロッパ人もヨーロッパ人なら、結末を勝手にハッピーエンドに書き換えてしまうアメリカ人もアメリカ人です。

こういう反応は、ちょっと日本人の理解を超えているのではないでしょうか。

極めつけは、ネロ少年の悲劇に共感するのは、日本人の心に潜む「滅びの美学」だという「解釈」です。そこには、「フランダースの犬」に感動するのは非常に特殊な人々で、そこには何か特別な理由があるに違いない、という思い込みがあるような気がします。

しかし、「フランダースの犬」に感動して涙を流すことは、そんなにややこしい話なのでしょうか?

身寄りを無くし、周囲の誤解で居場所も失った少年ネロが、楽しいはずのクリスマスの晩に、飢えと寒さに苛まれ、誰にも看取られることなく死んでいくという、あまりにもかわいそうな結末を見れば、日本人に限らず、どんな人でも自然に同情の涙が流れるのではないでしょうか。

それに、物語はただ単に悲惨なまま終わるのではなく、(間に合わなかったとはいえ)最後にネロ少年の名誉は回復され、その才能も認められます。また、憧れだったルーベンスの絵を一目見て、いつも一緒だったパトラッシュと共に天に召されていくネロの姿に、一抹の救いも感じられるはずです。

確かに、欧米人がこういうストーリー展開を認めたがらないのは分かるような気がします。こんな理不尽な立場に追い込まれたネロが、社会に対して何も抗議せず、黙って自分の運命を受け入れるかのように死んでいく姿は、なんとも歯がゆく感じられるのかもしれません。

自分の力で運命を切り開き、自ら人生のハッピーエンドを創造するべきだ、いや、そうしなければならないし、子供たちにもそのような姿勢を教えていくべきだという強い社会的コンセンサスが、欧米社会にはあるのかもしれません。

でも、現実を見れば、ネロのような人生を歩む子供たちは今でも世界に大勢いるはずです。その意味では、この物語には、表面的な設定を超えたリアリティがあるし、だからこそ、見る者の心の奥に深く突き刺さってくるものがあるのだと思います。

そして、そういう観点から見ると、この物語の結末は「負け犬の死」だといって心が動かないのはあまりにも冷酷ではないかという気がするのです。

もっとも、これはボルカールト監督のドキュメンタリーを見ずに、新聞記事だけを読んで私の心に浮かんだことにすぎません。実際には、たぶん物事はもっと複雑で、そう簡単に割り切れるようなものではないのかもしれません。

ただ、「フランダースの犬」という物語の受け止め方が、欧米と日本で違っているというのは、とても興味深い問題を提起しているように思います。もっと掘り下げて考えていくと、いろいろと面白いものが見えてくるかもしれません。


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ゆげやかんの魂100℃〜魂燃ゆる!ニュース&バラエティーブログ〜, 2007/12/26 9:31 PM

突然失礼します!! ゆげやかんと申します。 『フランダースの犬』と、『俗説は嘘かも?』という話題を、 僕のブログにUPしました。 宜しかったら足をお運びください。