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消灯時間の攻防

チベットのラサに滞在していたときのことです。

2006年7月に青海チベット鉄道(青蔵鉄道)がラサまで開通して以来、チベットは空前の観光ブームに沸いていて、今では中国人や世界各国からの観光客が年間に数百万人も訪れるといわれていますが、私がチベットを旅したのはその何年か前のことでした。

当時、ラサではすでに急速な「中国化」が進んでいて、もはや秘境という感じではなくなっていましたが、それでも街で見かける旅行者といえば、観光客よりもチベット人巡礼者の方が多いと感じられるくらいで、街にもまだまだ牧歌的な雰囲気が残っていたような気がします。

私が泊まっていたホテルのドミトリーは大部屋で、各国からのバックパッカーが20人くらい詰め込まれていました。あまりいい条件の部屋ではありませんが、チェックインをした時には疲れていて、あまりあちこち宿探しをしたくなかったのと、当時そのホテルは日本人バックパッカーのたまり場になっていて、知り合いの旅人の姿も見かけたので、とりあえずそこに腰を落ち着けることにしたのです。

確か、ラサに着いた翌日のことだったと思います。日本人旅行者どうしで雑談をしているときに、同室の若い日本人バックパッカーが、その部屋の「ぬし」のことを教えてくれました。

彼によれば、私たちの部屋には神経質そうな欧米人のオバサン・バックパッカーが居座っていて、そのオバサンが消灯時間にやたら厳しいというのです。彼女は部屋の電灯のスイッチに一番近い場所のベッドを使っていて、9時だったか10時だったか、とにかく消灯時間になると、他の人が何をしていようがおかまいなしに、いきなり部屋の電気を消してしまうというのです。

私はそのとき、そういえばドミトリーにはそういうルールがあったのかと、初めて思い至りました。私がそれまでに泊まったアジア各国のドミトリーでは、消灯時間なんていちいち確認したことはないし、そのようなものがあると意識したこともなかったのです。

だいたい、バックパッカーには若者が多いので、概して夜更かしの傾向があるし、たとえ細かなルールが決まっていたとしても、人がどんどん入れ替わっていくドミトリーで、それが徹底されるなどとはとても思えません。

しかし、少なくとも私の場合は、そのことで何か不都合な思いをしたという記憶はなかったし、消灯時間に関しては、ルール以前の問題として、旅人どうしの気配りでうまく解決されていたように思うのです。

3〜4人の少人数のドミトリーなら、国籍は違っても、旅人どうしの暗黙の了解というものが成立します。早く寝たい人がいれば、その人に合わせて早めに消灯することになるし、話をしたい人は寝ている人に気を使って、ロビーかどこかに移動します。逆に、部屋の全員で話が盛り上がれば、そのまま遅くまで話し込んだりすることもあります。

大部屋の場合でも、夜中になると明かりがついているうちに寝る人がポツポツ現れはじめ、それがある程度の人数になると、誰かが気を効かせて消灯するという感じです。それに文句を言う人はいないし、逆に時間だからといって、有無を言わさずいきなりスイッチを切ってしまう人もいません。

そういう意味では、そのオバサン・バックパッカーは、ちょっと変わった人なのかもしれません。旅人どうしの暗黙の了解とか、その場の流れみたいなものよりも、とにかく決められたルールを絶対的に優先するタイプの人なのでしょうか。

世の中には、そういう人が一定の割合で存在するのだろうし、旅人の中にそういうタイプの人がいてもおかしくはありません。まわりの人はちょっと迷惑をこうむるけれど、ずっと一緒に暮らすわけでもないし、どうせ何日かの辛抱だと思えば耐えられないほどではない、といった感じでしょうか。

もちろん私たちには、オバサンのやり方に反対し、自分たちが迷惑していることを伝えるという選択肢もあるわけですが、頭の固そうな彼女を敵に回すことになれば、いろいろとやっかいなことになりそうだし、そもそも消灯時間が決まっているのだとしたら、「正義」は彼女の側にあります。オバサンの一方的なやり方には問題があるにしても、理屈の上では、闘っても勝ち目はなさそうです。

しかし、そうと分かっていても、日本人の彼は、やはりオバサンに一矢報いたいようでした。彼は、日記を書いたり、いろいろとやりたいことがあるのに、毎日勝手に電気を消されて本当に困る、今日こそは彼女の思いどおりにはさせない、絶対に立ち向かってやると息巻いています。彼は何となくそう言ってしまった手前、オバサンと闘う決意を固めたようでした。周りで聞いている日本人は「まあ、がんばってね」とニヤニヤ笑うばかりです。

その日の夜。

私も「闘いの瞬間」がやってくるのを何となく気にして待っていると、期待通りというべきか、多くの人が書き物をしたり、本を読んだりしていたにもかかわらず、オバサンが何も言わずにいきなり電気を消してしまいました。

例の彼は、何か書き物をしているところでしたが、すぐさま立ち上がり、スイッチに突進しました。彼は黙って電気をつけ直し、自分のベッドに戻りました。

「おお〜っ!」

日本人旅行者の間から、声にならない感嘆のため息がもれ、みな思わず顔を見合わせました。ついに戦いの火蓋が切って落とされたのです。

しかし、彼が再び自分のベッドに戻る間もなく、バチッ! と大きな音がして、再び電気が消されました。オバサンはスイッチの脇に陣取っているわけですから、当然予想された反応ですが、さすがにこの激しい反撃には、大部屋全体の空気が凍りつきました。

さあ、彼は次にどう出るか……。

私も思わず固唾を飲んで見守りましたが、結局、彼が再び立ち上がることはありませんでした。たった今のオバサンの気迫あふれる反撃にタジタジとなり、戦意を喪失してしまったようです。

さすがに彼の代わりに立ち上がる者もなく、この闘いはそのまま決着がついてしまいました。やはり誰も、あのオバサンに立ち向かうことはできなかったようです。あっけない幕切れでしたが、ある意味では、それ以上のトラブルは回避されたともいえます。

そのまま私も眠りについたのですが、真夜中になって、誰かがドアを開けたりガサゴソ動き回る物音で目が覚めました。夜遅くまでどこかで飲み歩いていた旅人が部屋に戻ってきたのでしょうか。

その人物は自分のベッドのあたりでガサガサと騒々しい音を立てていましたが、やがて入口の方に戻っていくと、いきなり部屋中の電気をつけました。

私は眩しさに目がくらみました。それまで寝ていた人もびっくりして、いったい何が起こったのかと思ったのではないでしょうか。驚いて体を起こす人こそいないようでしたが、これでは多くの旅人が目を覚ましたに違いありません。

それにしても、あの「消灯オバサン」が仕切っているこの大部屋で、真夜中にいきなり電気をつけるとは、何と大胆な攻撃なのでしょう。

いったい誰の仕業かと思って見てみると、中国人の若者でした。自分のバッグの中に入っているはずの何かを探しているのか、まだガサゴソと荷物を引っかきまわしています。はっきりとは分かりませんが、その雰囲気からして、彼は香港人や台湾人のバックパッカーというよりは、広州などの沿海部からやって来た旅行者という感じがしました。

彼はかなり酒に酔っているのでしょうか、それともいつも通りの何気ない行動だったのでしょうか。日本人ならこういう状況では、せめて懐中電灯を使うなり、周囲に気を使いながら暗闇の中で静かに探し物をするはずです。彼の大胆不敵というか、あまりにも傍若無人なふるまいにはさすがにあっけにとられました。

あのオバサンはどう出るのだろう、今度はそれが気になりだしました。これだけの重大なルール違反を、あのオバサンが黙って見過ごすとはとても思えません。

しかし、オバサンが立ち上がって電気を消す気配はありませんでした。

やがて若者は、探していたものが見つかったのか、再び出口の方に歩いていって自分で電気を消しました。大部屋は再び静けさを取り戻しました。

それにしても、オバサンは、熟睡していて部屋の電気がついたことに気がつかなかったのでしょうか。それとも、彼女にとって想定外の、あまりに大胆なルール違反に呆然として、反撃することもできなかったのでしょうか。

真相は知る由もありませんが、せっかくの空前のバトルを見損なって残念なような、でもとりあえず平和が守られてよかったような、ちょっと複雑な心境でした。

しかし、冷静に考えてみれば、消灯時間のルールを守るか守らないかなんて、まあ、喧嘩するほど大げさな問題ではありません。

私は再び眠りに落ちていきました……。


JUGEMテーマ:旅行

at 20:00, 浪人, 地上の旅〜チベット

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