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もしも、小さな国に生まれていたら……

8月8日に始まった北京オリンピックも、残すところあと数日となりました。

チベット騒乱やその余波としての聖火リレー問題、四川の大地震や中国各地の暴動、ウイグルでのテロ事件など、開催前から開催中に至るまで、オリンピックの実施が危ぶまれるような大事件が続きましたが、中国政府は国家と共産党のメンツにかけて、力づくでなんとかこれを乗り切りつつあるようです。

少なくとも、オリンピック会場の中では平和と秩序が保たれていて、競技の運営にも目立ったトラブルはなく、前回のアテネと変わらない、素晴らしいスポーツの祭典が繰り広げられているようです。世界中から集まったアスリートたちの真剣で美しいパフォーマンスは、テレビで見ているだけで感動的だし、政治的な問題をとりあえず忘れさせてくれます。

それはともかく、開会式で延々と続いた各国選手団の入場行進や、競技会場に掲げられた見慣れないデザインの国旗の数々を見ていると、世界にはこんなにも多くの国や地域があるんだということを、改めて思い知らされます。

そして、わずか数人の選手しか参加していないような、小さな国の名前がテレビの画面に登場すると、私はいつものクセで、自分がその国に生まれていたらどんな人生を歩んでいただろうかと、つい考えてしまいます。

もちろん、日本人として、日本の社会環境にどっぷりと浸かって生きてきた私には、他の国で生まれ育つというのがどんなことなのか、それをおぼろげに想像することしかできません。

違う宗教や文化の中で生まれ育ち、違う言葉を話し、それぞれの国の人しか知らないローカルな事件やローカルな流行に触れながら生きてきた人間の内面は、同じ体験をしてきた人でなければ、実感をもって深く理解することはできないのでしょう。

例えば、旅人が国外でどんな体験をするかという点だけを見ても、旅人の国籍がそれに大きく影響しているのは明らかです。

日本という国の存在は世界中で知られているし、「日本ブランド」は国際的にそれなりの信用があるので、世界のどこへ行っても、日本人だと言うだけでそれなりの待遇をしてもらえます。勤勉で金持ちというステレオタイプのせいで、旅先でカモにされることもありますが、一方では、立派な国の真面目な国民というイメージのおかげで、ビザが取りやすかったり、現地の人に歓迎されたりと、得をすることも多いのです。

しかし、世界的にはほとんど無名の小さな国のパスポートを持っている人たちは、他国でどんな扱いを受けているのでしょう?

旅先で、どこから来たのかと聞かれ、自分の国の名を答えても、きっといつも首をかしげられてしまうはずで、それは彼らの自尊心を少なからず傷つけるでしょう。また、お前の国はどんな国なのかと聞かれても、国内には有名な観光地がなかったり、特産品がなかったり、国際的な有名人がいなかったりして、何とも答えようがないかもしれません。

あるいは、開発途上国の人であれば、無名であるばかりか、自分の国が貧しいと言われたり、軽んじられたりすることに対して、やり場のない怒りや悲しみを感じているかもしれません。

さらに、現在の南オセチアのように、大国の覇権争いに翻弄され、自分たちの「国」の運命を自分たちで決められないという小国の悲哀を噛みしめている人々も大勢いるでしょう。それどころか、戦乱に巻き込まれて難民になったり、亡命したりした結果、帰るべき場所を失い、流浪の旅人としての一生を強いられている人々もいるはずです。

彼らが、国際社会の中で日々味わわされている体験は、今の多くの日本人(もちろん私も含めて)にとって、頭では理解することができても、それを心から実感することはほとんどできないのではないでしょうか。

ただ、無名の国に生まれるということにも、それなりのメリットはあるのかもしれません。

天然資源に恵まれず、地政学的な重要性もなく、目立った産業もなければ有望な消費市場になりそうな人口も抱えていない国は、大国に狙われる心配もなく、国際的な競争に巻き込まれることもありません。食糧さえ自給できるなら、国民は貧しいなりにのんびりと平和な毎日を楽しめるのではないでしょうか。

彼らは、無名であるがゆえに、日本人のように国際的なイメージやステレオタイプに縛られることはないだろうし、国民として「一流国」のブランドを維持する義務みたいなものもないので、どこに行っても自由に振る舞えるかもしれません。

オリンピックにしたって、小さな国の選手には過大な期待も注目もない分、いつもダメモトで挑戦できるし、万が一にも活躍することがあれば、逆に一気にヒーローやヒロインになれます。大国のアスリートのように、今の地位やプライドを維持しなければならないという重苦しいプレッシャーがない分だけ、競技そのものをのびのびと楽しめるのではないでしょうか。

まあ、これはあくまで私個人の勝手な想像にすぎないし、小さな無名の国に生まれた人たちは、全然違うことを考えているのかもしれませんが……。


JUGEMテーマ:日記・一般

at 18:55, 浪人, つれづれの記

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