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「沈没」の二つのパターン

バックパッカーの間で有名な言葉に「沈没」というのがあります。

町から町へ、移動の旅を続けているうちに、何らかの事情で足が止まってしまい、ある町でずるずると滞在を続けるという現象です。

東南アジアの場合、1ヶ月程度のビザが多いので、一旦沈没したとしても、長くても数週間で腰を上げて、次の町へと流れていくことになるのですが、インドのようにいきなり6ヶ月のビザをくれる国や、ビザの延長が容易な国では、きっかけを失ったまま数ヶ月の間動けなくなってしまうこともあります。

もちろん、沈没といっても色々な事情があり、一概には言えないのですが、大きく分けて、その町が気に入ってしまい離れられなくなる愛着型と、旅の目標を失って動けなくなる目標喪失型の二つのパターンがあるように思います。

愛着型の場合は、町の雰囲気が気に入ってしまったり、食事が美味しかったり、観光するところがいっぱいあったり、現地に友人ができたりと、その町で楽しい日々を送れるので、沈没というよりはもっとポジティブな印象があります。

一方、目標喪失型の場合は、例えば沢木耕太郎の『深夜特急』のように、デリーから陸路でロンドンまで行こうとか、世界一周してやろうとか、壮大なプランを胸に描いて旅に出たものの、途中で面倒になってしまったり、旅に疲れて気力が萎えてしまったりして、どうしても先に進めなくなってしまうようなケースです。

また、それほど壮大なプランはないものの、いわゆるバックパッカーの生き方にあこがれて旅を始め、あちこち回っているうちに、旅の当初は毎日のように感じていた、ワクワク感や感動がしだいに薄れていき、何となく煮詰まってしまうようなケースもあると思います。

いずれにしても、沈没している当人としては、もやもやした気分だし、無気力になって動くに動けないし、はたから見ている人からも何となくヤバそうだと思われてしまうような、ネガティブな印象があります。

私自身は、このどちらも体験したことがありますが、今振り返って考えてみると、愛着型と目標喪失型という沈没パターンは、同じことの両面かもしれないという気がしてきます。

愛着型は一見毎日を楽しく過ごしているように見えますが、次にどの町にいくのか、これからの旅をどうするのか、あるいは帰国した後どうするのかといった、様々な問題から目をそらそうとしているのかもしれません。それらを考えると気が重くなるので、とりあえず目の前にある楽しい日常に埋没しようとしているのかもしれません。

一方、目標喪失型も、旅の目標とか、これからの人生のことで悩んで動けなくなっているように見えながら、もしかすると今滞在している町が気に入っているのかもしれません。沈没するならそこでなくても、いろいろな場所がありうるのに、あえてその町でぶらぶらしているのには、隠れた理由があって、本人はそれに気づいていないかもしれないのです。

まあ、このあたりの理屈は頭で考えたことなので、他の旅行者がどう感じているのか、よくわかりません。

実際のところは、沈没しているとき、その町に愛着を感じているようでもあり、今後の旅のことを考えるのが面倒なようでもあり、なんとなく両者が混じりあったような、あいまいな感じなのかもしれません。

私自身の場合はいつも、ビザの期限に追い立てられるたびに重い腰を上げ、隣の国へと流れていました。目標喪失型のパターンが多いと思うのですが、長居をしたそれぞれの町が気に入っていたといえなくもないし、今思い返してみても、簡単に割り切れるようなものではないようにも感じます。

バックパッカーの皆様、長い沈没状態をどう乗り越えていったのか、そのときの心境やそれを抜け出すきっかけなど、もしよろしければ体験をお聞かせください。

at 19:57, 浪人, 地上の旅〜旅全般

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