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旅の名言 「日本で行き詰まった若者は、……」

 バンコクではカオサンのゲストハウスに向かった。そこではいろいろな日本人と出会った。そんななかに、これから日本語教師としてバンコクで生きていくという奴がいた。会社を辞めて、これから宝石の事業を立ち上げると息巻いている男もいた。そしてそのなかに、外こもり組がいた。
「そんな生き方があるのか……」
 カオサンで飛び交っていた話が、ひとつひとつ、なんの抵抗感もなく雅人のなかに入ってくるのがわかった。それぞれが口にする話には、雲をつかむような話や明らかな眉唾物もあったが、そんな話を口にする日本人は皆、同じ匂いを漂わせていた。全員が日本嫌いだった。正確にいえば、皆、日本の仕事を嫌っていた。日本という国に生きづらさを感じとってしまった若者たちだった。
 雅人のような若者にとってバンコクのカオサンは行ってはいけない場所だったのかもしれない。日本で行き詰まった若者は、カオサンに流れる空気に一気に染まっていってしまう。まるで赤子が手をねじられるようなものだった。直接手をねじる人がいるわけではない。カオサンに集まってきた若者たちが体から発散するエーテルのようなものにすぐに感化されていってしまうのだ。日本での閉塞をまとった若者たちは、誘蛾灯に集まる蛾のようにも映る。
「バンコクは面白い。直感でそう思いました。急に楽になったというか、救われたというか。バンコクに来て、なにか急に目の前が開けてきたような気がしたんです。この街にいたら、もうとやかくいわれないっていうような感じかな」


『日本を降りる若者たち』 下川 裕治 講談社現代新書 より
この本の紹介記事

「外こもり」と呼ばれるライフスタイルについて取材した、旅行作家の下川裕治氏の著作、『日本を降りる若者たち』からの一節です。

外こもりとは、派遣やアルバイトで集中的に金を稼ぎ、東南アジアなど物価の安い国で金がなくなるまでのんびりと生活する人々のことですが、彼らの間で最も人気の高い滞在地がバンコクです。中でもカオサン通り周辺は、世界各地からバックパッカーの集まる有名な安宿街で、外こもり組の姿も多く見られます。

冒頭の一節は、そんなカオサンにふらりとやってきた若者が、そこに集う日本人たちの醸し出す雰囲気に感化されていく典型的なパターンを描いています。

日本社会の中にしっかりと居場所を見出している人から見れば、カオサンのような混沌とした街に沈澱し、「雲をつかむような話や明らかな眉唾」を吹聴している人たちは、自分とは違う世界に生きる、うさん臭い連中に過ぎないのかもしれません。

しかし、日本で生きていくことに行き詰まったり、ひどい孤独感にさいなまれている人は、カオサンに集う人々の中に、何か自分と同じような匂いを嗅ぎつけてしまうのです。それに、日本を離れ、カオサンのような安宿街にひっそりと暮らしている限り、自分たちがどんな生き方をしていようと、それにケチをつけたり余計な説教をしてくるような人もいません。

そこには、日本で暮らすほどの便利さや快適さはないし、物価が安いといっても、彼らのほとんどが質素な倹約生活を強いられます。それでも、彼らがカオサンという小さな世界や、そこに集う人々に感じる安心感や解放感は、他に代えがたいものがあるのです。

もちろん、カオサンでの毎日に解放感を感じ、「なにか急に目の前が開けてきたような気」になったとしても、実際のところ、彼らの日本での人生に関して、何か新しい具体的な展望が開けるわけではありません。その気分の高揚は、カオサンの中でだけ感じていることのできる、あくまで一時的なものに過ぎないのです。

それでも、少なからぬ若者たちが、「カオサンに流れる空気に一気に染まっていってしまう」のは、どんな人間にもとりあえずの居場所を与え、受け入れてくれ、しかもそれなりに元気まで与えてくれる、カオサンのような不思議な雰囲気に満ちた場所が、日本にはほとんど存在しなくなってしまったからなのではないでしょうか。つまり、彼らには、そういう場所に対する「免疫」がないのです。

もしかすると、彼らの多くが、日本での厳しい生活の中で、そのような居場所を長いあいだ切実に欲していたのにもかかわらず、日本にいるときには決してめぐり合うことができなかったのではないでしょうか。だからこそ、彼らはカオサンのような場所にやってくると、そこに「何か」を感じ、すっかりハマってしまうのだともいえます。

あるいは、カオサンに沈澱する若者たちの醸し出す雰囲気が、少年時代、気の合う仲間どうしでグループを作って、何をするでもなくぶらぶらと時間を過ごしたり、見知らぬ場所にみんなで繰り出してみたり、ちょっとした悪ふざけをしたりしていた、あの懐かしい感覚を思い出させてくれるのかもしれません。

『日本を降りる若者たち』の中で、著者の下川裕治氏は、「カオサンという土地は、日本の合わせ鏡のような役割を担っているのかもしれない」とも書いています。日本を逃れるようにしてカオサンに集まってくる若者たちの姿は、日本が経済成長や物質的な豊かさを追求し、そのために効率よく機能する社会を作り上げることに熱中するあまり、いつの間にか社会から排除してしまった「何か」の存在を、おぼろげに映し出しているのかもしれません。

もっとも、だからといって、カオサンが現代の日本や欧米の若者にとっての理想郷なのかといえば、やはりとてもそのようには見えないのですが……。


JUGEMテーマ:旅行

at 19:09, 浪人, 旅の名言〜土地の印象

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