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旅人とビザ

私が以前、アジアで長い旅を続けていたとき、もっとも億劫に感じていたことの一つは、ビザ(査証)をめぐる問題でした。
ウィキペディア 「査証」

バックパッカーが好んで旅するようなアジアの国々では、入国前にビザの取得が必要な国が多いのですが、旅のコストを少しでも減らしたい貧乏旅行者にとって、ビザの発行・延長のたびにかかるカネは結構な額になります。

もちろん、ビザの問題はコストだけではありません。ツーリスト・ビザには期限があって、仮に延長できたとしても、トータルで数か月がせいぜいです。ある国をとても気に入って、のんびりと旅したり、一つの街にできるだけ長く滞在したいと思っても、旅行者という立場である限り、好きなだけ滞在する自由はありません。

それに加えて、ビザ取得手続きの面倒さという問題もあります。ビザが取れるのは大使館や領事館に限られているので(場合によっては国境や空港で入国時に取得できる場合もありますが)、数か国を続けて旅するときには、行き当たりばったりに国境を越えるというわけにもいかず、あらかじめ旅のルートを大ざっぱに決めたうえで、計画的にビザを準備しておかなければなりません。

ビザ用の写真やら書類やらを用意し、決められた時間に大使館や領事館に出向いて長い列に並び、あるいは旅行代理店に手数料を払ってビザを申請し、それから何日も待たされます。無事にビザが取れても、今度はその有効期限を気にしながら旅をしなければならないし、入国した後も、必要に応じて延長申請をするためにイミグレーションに出向いたりと、ビザをめぐる事務手続きには骨が折れます。

そういう諸々の手間や費用を考えると、ビザなしで何か月もの滞在を許してくれるような国は、私には本当にありがたいのですが、そういう国は概して生活費が日本並みに高く、そもそも長期の旅や滞在には向いていません。

生活費が安く、旅していて面白い国にはビザの問題があり、ビザの問題がない国は生活費が高い――これは、アジアを旅する人にとっては大きなジレンマなのではないでしょうか。

もっとも、こういったことを問題と感じるのは、あくまでも私が旅行者だからであって、その国の役所にとってみれば、それは問題どころか、むしろそうするだけのはっきりとした理由があってやっていることです。

外国人がビザなしで自由に日本に来られるようになったら一体どういうことになるか、想像してみれば分かるように、外国人の出入国をコントロールしたいのは先進国も開発途上国も同じことです。

それに、観光ビザのほとんどは数週間から長くて数か月までですが、きっと大多数の旅行者は、期間がそれだけあれば十分だと思うのではないでしょうか。私には、それは少し短すぎるのですが、一つの国を何か月もかけてゆっくり周遊したいとか、同じ街に何か月も「沈没」していたいというのは、役所が想定する普通の旅行者の行動ではないのかもしれません……。

ただ、そうした現実的な問題を別にしても、ビザという制度や国際的な出入国のルールというものは、考えれば考えるほど奇妙に思えてきます。

何よりも違和感を感じるのは、外国人はビザを持っているかぎり訪問先の国に居させてもらえるものの、やがてビザの期限が切れ、それが一日でもオーバーしたとたん、ただその国に滞在しているだけで違法になってしまうということです。

それがルールなのだと言えばそれまでなのですが、誰かに迷惑をかけているならともかく、ただそこに存在しているだけで法に触れてしまうというのは、何かとても理不尽な感じがします。

もちろん、違法状態にならないために、いったんその国を出て、ビザを取得してからまた入国しなおすなど、ある国に観光客の立場で長期滞在するためのいろいろなテクニック(?)がないわけではありません。また、一定以上の財産があれば、わりとあっさり永住権や長期滞在可能なビザをくれる国もあるようです。

しかし、ある人間がただそこに居続けるために、面倒な手続きやテクニックを必要としたり、一定の条件を満たさなければならないというのは、何とも気が滅入ることではあります。この地球上で、金持ちでもなく、何の取り柄もない日本人が、いつまでも気兼ねなく、違法にもならずに住んでいられるのは(例外はあるかもしれませんが実質的に)日本だけなのです。

もっとも、生きているだけで違法になることはないとはいえ、日本人が日本に住んでいれば、国民としてのそれなりの義務を果たす必要があるし、また、日本社会の数々の制度・慣習・空気にも縛られることになるわけですが……。

それともう一つ、ビザに関してひっかかるのは、私たち日本人がアジアの国々のビザを取得するのは比較的簡単ですが、その逆はそうではないということです。

ビザに関する各国のルールはさまざまですが、全体的な傾向として感じられるのは、金持ちは世界中で歓迎され、優遇されるけれど、その他の一般人は観光客やビジネスマンとして短期間にカネをばらまく限りにおいて歓迎され、貧しい人はそもそも入国することすら許されないという、非常に露骨なホンネです。

表面的には人類の平等を高らかに謳うような国であっても、誰にどのようなビザを出すかという現実を見れば、そこにはしっかりと差別的なルールが明文化されているのです。そして、そういう国際的なルールの体系の下では、いわゆる先進国に生まれた人間だけが、実質的に国際的な移動の自由を享受できています。

そうしたことは、自分が生まれた国でずっと暮らしている限り、気にもならないことなのかもしれませんが、仕事や観光でいったん自分の国を出てみると、他の国に自由に住んだり、旅をしたり、仕事をしたりすることを基本的に許さず、さまざまな制約を課している現在の国同士のシステムが、何だかとても面倒で不自由なことのように感じられてくるのです。

ただ、一方で、そういう面倒くさいルールの網が世界中に張りめぐらされているからこそ、今の私たちの経済・社会的な生活が成り立っているのも確かです。

私たち日本人も、そうした厳格な出入国管理システムによって、現在の世界の経済的な秩序を維持し、大いにその恩恵を受けています。そのことを思えば、他の国が同じように出入国に制限を加えることに文句はつけられません。

そもそも、私がバックパッカーとして海外を旅していること自体、結局のところ、こうした国際的なシステムの「おいしいところ」を利用する特権を、日本人の一人として享受しているのだともいえます。

つい、理屈っぽくなってしまいましたが、ビザというこの面倒で奇妙な制度にも、意外と旅人の役に立っている面がないわけではありません。

例えば、アジア、特に東南アジアの旅では、うまい食事と、現地のゆるゆるとした居心地のよさに、旅人はつい足が止まり、「沈没」してしまいがちです。私も「沈没系」バックパッカーの一人なのですが、ビザの問題さえなかったら、手持ちのカネが続くかぎり、そのまま同じ国、同じ街にずっと居続けることになってしまいそうな気がします。

そう考えると、ビザの期限という制約があるからこそ、私はそれに尻を叩かれて次の国、次の街へと移動を続け、かろうじて旅人の面目を保っていられるのかもしれません。

だとすれば、ビザという制度の功罪はともかく、それが今後も存続してくれないと、少なくとも私の場合は、とても困ったことになってしまいそうな気がします……。


JUGEMテーマ:旅行

at 19:39, 浪人, 地上の旅〜旅全般

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