このブログ内を検索
新しい記事
記事のカテゴリー
            
過去の記事
プロフィール
            
コメント
トラックバック
sponsored links
その他
無料ブログ作成サービス JUGEM
<< 『荒野へ』 | main | インドの日本人僧 >>

旅の名言 「ここではないどこかに行きたいという……」

 人類史全体から見ればそう遠い昔のことではないが、農耕が始まってようやく土地に意味や価値が生まれ、それがずっと続くことになった。しかし土地は有形資産であり、持てる人間は限られている。それで土地を独占したがる者が現れ、それを誰かが耕さねばならないということで奴隷を使うことになる。土地を所有すること、動かせないが実体はあるものを所有するというところから、根が生まれるのだ。
 こうした歴史観からすれば、我々は移動する種族であり、根を張った歴史は短い。張った根にしてもそれほど広くは行き渡っていないのだ。おそらく精神的なよりどころとして根というものを過大評価してきたのだろう。ここではないどこかに行きたいという衝動の方がより大きくて古くて深いものだから、現代人の中でもそれが必要となり、意思となり、渇望となっているのではないだろうか。

『チャーリーとの旅』 ジョン スタインベック ポプラ社 より
この本の紹介記事

作家のスタインベック氏が、愛犬とともにキャンピングカーでアメリカを一周した旅の記録、『チャーリーとの旅』からの一節です。

彼は、その旅のあり余る時間と孤独の中で、アメリカという国について、そして人間社会全般について深く思いをめぐらしているのですが、旅そのものについても、上のような名言を残しています。

たしかに、農耕を始める以前の私たち人類は、常に「移動する種族」でした。土地が安定した生活や富を生み出すことを発見し、土地に根を張り、そうすることに高い価値を置くようになったのは、人間の長い歴史の中では、ついこの間のできごとに過ぎません。

土地という、動かすことのできないものに執着したことで、人間はそこに縛られ、自由に動き回ることができなくなりました。しかしその一方で、人間には、かつての「移動する種族」としての血が今なお流れ続けています。

何世代、何十世代にもわたって土地に縛られてきた人々は、意識の表面ではその状態を受け入れているように見えるかもしれませんが、心の奥底では、そうとは限らないのかもしれません。実際のところ、人間の「より大きくて古くて深い」衝動は、「ここではないどこかに行きたい」という思いとなって、常に表に現れるきっかけをうかがっているのではないでしょうか。

考えてみれば、かつての伝統的な社会においても、守るべき土地をもたない一部の人々が流浪したように、土地にせよ、大切な人にせよ、仕事にせよ、それが何であれ、何か自分を一つの場所に強力につなぎとめておくものがなければ、人間というものは、その本来の習性として、「ここではないどこか」を求めて常に動きまわるようにできているのかもしれません。

日本には、「一所懸命」という言葉があるように、一つの場所に根を張ったり、土地に深い愛着を抱くことをよしとする風潮がありますが、そうした言葉や価値観も、もともとは歴史的に生み出されたものです。

これから先、何らかの価値を生み出す源泉として、人々が土地というものを重視し続けるのかどうかは分かりませんが、社会的にせよ個人的にせよ、土地へのそうした執着が薄れたり、あるいは移動する行為により高い価値が見出されるようになれば、人はかつてずっと「移動する種族」であったことを思い出し、再びこの地球上を活発に動き回ることになるのかもしれません。

もっともそれは、国内・海外への頻繁な旅行、グローバルなビジネスの展開、世界を舞台にした戦争、マスメディアやインターネットを利用したバーチャルな旅として、ある意味、すでに実現してしまっているのかもしれませんが……。


JUGEMテーマ:旅行

at 19:34, 浪人, 旅の名言〜旅について

comments(0), trackbacks(0)

スポンサーサイト

at 19:34, スポンサードリンク, -

-, -

comment









trackback
url:http://ronin.jugem.jp/trackback/585