このブログ内を検索
新しい記事
記事のカテゴリー
            
過去の記事
プロフィール
            
コメント
トラックバック
sponsored links
その他
無料ブログ作成サービス JUGEM
<< 旅の名言 「ここではないどこかに行きたいという……」 | main | ブログが墓標に? >>

インドの日本人僧

8月13日未明のフジテレビ『NONFIX 男一代菩薩道2 〜佐々井秀嶺 44年ぶりの帰郷〜』を見ました。

インドに40年以上も滞在し、インドにおける仏教の復興と不可触民の解放に人生を捧げてきた日本人僧、佐々井秀嶺師の姿を追ったドキュメンタリーの第二弾です。
ウィキペディア 「佐々井秀嶺」

数年前に、佐々井師のインドでの活動を紹介する『男一代菩薩道』の第一弾をたまたま見る機会があったのですが、今回も夜更かしをしてボンヤリとチャンネルを回しているときに、偶然この番組にたどりつきました。

番組では、44年ぶりの帰国を果たし、自身の故郷をはじめ、日本各地を精力的に訪ねる佐々井師の旅に2か月間密着し、今の日本に彼が何を感じ、日本人に対してどんなメッセージを発しているかを伝えようとしています。

といっても、テレビ番組の性質上、私たちは、彼の長い旅の中の断片的なシーンや、講演でのメッセージのごく一部を見ることができるだけです。それでも、そのわずかな映像を見るだけで、佐々井師がエネルギッシュでかなりアクの強い人物であることが分かります。

実をいうと、私は個人的にはこういうタイプのお坊さんは苦手というか、あまり好きではありません。私に限らず、彼の言動を見て、なにやら怪しげな坊さんだと感じる人も多いのではないでしょうか。大変失礼ながら、佐々井師には「怪僧」という形容が似合うように思います。

それでも、これまでのインド仏教復興への多大な貢献や、現実に数え切れないほどのインドの貧しい人々を精神的に救済してきたという佐々井師の偉大な実績は、誰もが認めざるを得ません。

むしろ、最近まで彼の活動が日本でほとんど伝えられてこなかったのが不思議に思えるほどです。

たしかに、日本製品の購買層でもないインドの貧しい民衆のことは、多くの日本人にとって直接の関心事にはならないのかもしれないし、ましてや宗教がらみの話題となると、今の新聞やテレビではどうしても敬遠されがちなのかもしれませんが……。

ただ、番組を見ていて、佐々井師の語る言葉以上に、彼の型破りで迫力のある存在と、歩んできた人生そのものが、仏教界の関係者だけでなく、表面的には宗教と無縁の生活を送っている多くの日本人にも、何か、内省を迫るものがあるように思えました。

戦後の高度成長のさなかに日本を飛び出し、インドの貧しい人々を救うという途方もないビジョンを本気で抱いて、体当たりの人生を歩んできた彼の生き方は、同じ日本に生まれた同世代のほとんどが選ばなかった、きわめてユニークなものです。

しかし、現実に彼のたどってきた道のりは、人間、その気になればこんな生き方もできるのだ、こんなに波瀾万丈でスケールの大きな人生もあるのだということの実証であって、それは同時に、日本で豊かさを追求し続けてきた私たちの選択はどうだったのか、今までの人生は本当にこれでよかったのか、あるいは若い人なら、このままの生活でいいのかという、ちょっとシリアスでほろ苦い問いを私たちに突きつけてくるのではないでしょうか。

私が佐々井師を苦手に思うのは、もしかするとそのせいなのかもしれません……。

もちろん私には、日本人の途方もない努力が築きあげた現在の豊かさを否定することはできないし、また、彼のように華々しい成果が知られていなくても、同じような志を抱いた多くの人がこれまで世界各地で活動してきたことも忘れてはならないと思います。

この番組を見て、佐々井師の生い立ちやインドでの活動について、もう少し詳しく調べてみたくなりました。


JUGEMテーマ:今日見たテレビの話

at 18:58, 浪人, テレビの旅

comments(0), trackbacks(0)

スポンサーサイト

at 18:58, スポンサードリンク, -

-, -

comment









trackback
url:http://ronin.jugem.jp/trackback/586