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『漂海民バジャウの物語 ― 人類学者が暮らしたフィリピン・スールー諸島』

評価 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります

この本の著者で人類学者のハリー・アルロ・ニモ氏は、1960年代に、漂海民バジャウ(サマ・ディラウト)のフィールド調査のため、フィリピン南部のスールー諸島に約2年間滞在しました。

彼はそこで、バジャウの日常言語であるサマ語を覚え、自らも家舟に住んで彼らのコミュニティに加わり、ときには彼らの漁に同行したり、慶弔の儀礼に立ち会ったりしながら、さまざまな調査を行いました。

ニモ氏は、その人類学的な成果について、すでに何冊かの本にまとめていますが、この本では、そうした客観的でアカデミックな研究からはこぼれ落ちてしまっていたもの、つまり、人類学者である以前に、彼が一人の人間としてスールーの人々に向きあうなかで体験し、彼自身の人生にも大きな影響を与えた、いくつもの印象深いエピソードが取り上げられています。

そこには、家舟に暮らし、魚群を追って島々をさすらうバジャウの人々を中心に、フィリピン人や中国人、アメリカ人など、スールー諸島に暮らすさまざまな人間が登場します。

なかでも、過酷な運命に翻弄され、アウトサイダーとして孤独に生きるなかで、人を信じることができなくなってしまった中国人商人の話(「ラム」)、恋多きバジャウの歌姫の出奔とその結末(「サランダの歌」)、クリスチャンとしての強い信仰に支えられ、人生の残り時間を辺境の人々への医療の普及に捧げたフィリピン人シスターの話(「それぞれの神へ」)、スールー海の人々に恐れられる一方で、フィリピン政府への反抗の象徴として地元の英雄でもあった一人の海賊との友情を描いた話(「アマック」)は、読んでいて深く心に沁みました。

美しいスールーの自然を背景に展開するこれらのエピソードは、「物語」と呼ぶにふさわしく、どこかおとぎ話のような印象さえ受けます。そして、そこからは、生きることの切なさ、哀しみのようなものが伝わってきます。

もちろんそれは、これらの物語が、若い頃のニモ氏自身の体験を回想する昔語りであること、また、彼の世界観に基づいて体験を解釈・再構成し、物語として意識的にまとめ直したからということがあるのでしょう。

ただ、この本に心を打たれるのは、それが単なる昔の思い出にとどまらず、そこに、感受性豊かな彼が青年時代にスールーで目にしたありのままの生と死、喜びや悲しみ、人々が知恵と持てる限りの手段を駆使して精一杯に生きる姿が、シンプルに、かつ繊細な配慮をもって描かれているからなのだと思います。

また、この作品は、異文化の中で暮らしながら、現地の慣習やモノの見方に完全に巻き込まれることなく、アウトサイダーとしてさまざまな出来事に中立的に向きあえる旅人の特権的な立場や、その代償としての孤独やストレス、そして、旅人の宿命として避けることのできない人々との別れについて、一人の人類学者の内面を通して描いた、優れた旅行記でもあります。

ニモ氏の滞在後しばらくして、スールーの島々は開発の波に飲みこまれたばかりか、激しい内戦の舞台にもなってしまいました。この本の最終章には、後に現地を再び訪れた彼が、そこに見たものが描かれています。

それは、とても悲しい光景でした。

1960年代に、ニモ氏がそこで確かに目にしたひとつの世界は、すでにこの世から消え去ってしまい、私たちはもう二度と目にすることができません。この本のエピソードが、どこかおとぎ話のように感じられてしまうのは、それが私たち読者には手の届くことのない、遠い別世界の出来事だと分かっているからなのかもしれません。


本の評価基準

 以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。

 ★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
 ★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
 ★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
 ☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします



JUGEMテーマ:読書

at 19:29, 浪人, 本の旅〜東南アジア

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コンキリエ, 2011/02/28 7:03 PM

私が子供の頃、父の仕事の関係で数年ですがフィリピンに住んだことがあります。滞在していた時は小さかったこともあり、正直言ってあまり覚えていませんが、時たま、ふとした時に、あ!って思いだすことがあるんです。

そういう意味でもこの本はすごい興味がありますね。父は今度またフィリピンに行くらしく、私も便乗しようかと思っているので、今ホテルとか勝手に一人で調べてる最中です。何だかウキウキしちゃって。

この本、ちょっと探してみますね。

浪人, 2011/03/01 7:18 PM

コンキリエさん、コメントありがとうございました。

この本に収められているのは、もう半世紀近くも前のフィリピン辺境の島々を舞台にした、哀しくも美しい物語です。

読んでいると、著者が数十年の時を経て、どうしてもそれを書き残さずにはいられなかったという、強い思いが伝わってきます。

本の値段の方はあまりお手頃ではないですが、図書館などで見かけたら、ぜひ読んでみてください。










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