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『森の回廊』

評価 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります

この本の著者、ジャーナリストの吉田敏浩氏は、1985年にタイから国境を越えてビルマ(ミャンマー)の反政府ゲリラ支配地域に入り、以後3年7か月のあいだ、ゲリラと行動を共にして、彼らの「解放区」における人々の暮らしの実情と、その生活文化をつぶさに目にしました。

特に、ビルマ北部のカチン州の奥地を日本人が訪ねたのは、吉田氏が戦後初めてのことで、この本は、日本ではほとんど知られていないカチンの人々の暮らしを伝える貴重な記録となっています。そして、それ以上に、内戦地域の「森の回廊」をひたすら歩き続けた、長く苦しい旅の記録でもあります。

彼はビルマ潜入後、まず、カヤー州から北上するカチン独立軍の部隊とともに、シャン州を縦断してカチン州をめざすのですが、ビルマ政府軍の執拗な追撃を逃れながら、雨季の山中を進むその旅は困難をきわめ、直線距離で約550キロを移動するのに7か月もの時間がかかっています。

カチンの人々の共通言語であるジンポー語を習得した吉田氏は、カチン州に到着後もゲリラ戦の現場や内戦の傷跡を取材するのですが、そこは第二次世界大戦当時、インドから中国への軍需物資輸送ルート「レド公路」をめぐって、連合国側と日本軍が死闘を繰り広げた舞台でもありました。彼はそこで、何十年も続く内戦の苦しみばかりではなく、人々の記憶に焼きついた、かつての戦争の傷跡にも直面することになります。

一方で、彼は州内の各地方にも出向き、山中の村々を泊まり歩きながら、焼畑農耕に生きる人々の暮らしや氏族社会の強固な絆、彼らの神話や精霊信仰の祭り、シャーマンによる心霊治療など、カチンの人々の生活文化も精力的に取材しています。

彼はマラン・ブラン・ジャーというカチンの名前を与えられ、カチン州に2年余り滞在するのですが、そろそろタイに戻ろうという頃になって、彼は重いマラリアに罹って動けなくなり、やがて意識不明の状態に陥ってしまいます。

生死の境をさまよう吉田氏が回復するきっかけとなったのは、かつて取材した高名なシャーマンによる心霊治療でした。

その後も彼の苦難は続くのですが、旅行記としてこの本を読まれる方のために、内容の紹介はこのあたりまでにしておきます。

数年にわたる濃密な旅を描くにあたって、紙面の制約もあってか、吉田氏は現地の実情を伝えることに徹していて、その筆致も淡々としているのですが、それでも文章の端々に、想像を絶する旅の困難が見え隠れしています。

彼が旅をした内戦地域では、そこにいる誰もが生命の危険にさらされていたことは言うまでもありませんが、戦況・地形・気候・体調による移動の制約に加えて、どこへ行くにも反政府ゲリラのエスコートが必要という状況では、自由な形での取材や旅は非常に難しかったはずです。

また、決して豊かとはいえない食事、不十分な装備、ほとんど不可能に近い国外との連絡、たった一人の日本人として味わう深い孤独、そして医療体制の不十分な山中での重い病……。旅の苦しさを挙げていけばきりがありません。

それほど困難な旅を、吉田氏に最後まで続けさせたものは、一体何だったのでしょうか。

そこには、これまで外部にほとんど知られていなかった、カチンの人々の声を代弁したいという使命感があっただろうし、一度旅を始めてしまったら、何があっても自分の足で最後まで歩き抜く以外に、生還できる手段がなかったこともあるでしょう。

しかしそれ以上に、取材というレベルをはるかに超えて、誇り高く生きる山の民の暮らしに積極的に溶け込み、彼らから真剣に学び、彼らの生き方に心から共感する姿勢なしには、長い旅をまっとうするのは難しかったのではないかと思います。

とはいえ、必要最低限のモノだけで生きる山の暮らしは、文字通りの質実剛健です。この本で紹介されるカチンの人々の暮らしぶりも、多くの読者にとっては非常に地味に見えてしまうのではないでしょうか。少なくとも、私にとってはそうでした。

ただ、そこには、乾季の終わりの焼畑の火入れに始まり、種まき、雨季の草取り、そして乾季の収穫と農閑期の狩猟という、一年を通じた生活の循環があり、それは気の遠くなるような時間の流れの中でひたすら繰り返されてきた、人類の基本的な生活パターンと言うべきものです。

そこには、吉田氏のように現地に長期間滞在し、生活を共にすることによって、初めて心の奥深くから実感できる何かがあるのでしょう。そして、それはきっと、いくら言葉を重ねても、何枚の写真を並べても、伝えきれない性質のものなのだろうという気がします。

吉田氏の旅の後、ビルマ政府軍とカチン独立軍とは停戦し、その状況は現在も続いています。ちなみに、以前にこのブログで紹介した高野秀行氏の『西南シルクロードは密林に消える』の中には、カチン州をめぐる最近の状況が詳しく描かれています。

ただ、カチンの人々を始め、ビルマで民族自決への闘争を続けるそれぞれの少数民族に、いつか自治と平和を手にする日が来るとしても、それとは別に、彼らが遅かれ早かれ、世界中を覆いつくそうとするグローバリゼーションの波に直面するのは避けられません。

グローバリゼーションが、必ずしも悪いことばかりだとは思いませんが、彼らがこれまで命懸けで守り抜こうとしてきた伝統的な生活文化や人々のつながりが、劇的な変化に見舞われるのは確実です。そして、彼らがこれから迎えるに違いないそうした試練を思うと、何ともいえない切なさを覚えるのです。

この本に描かれているのは、もう20年以上も前の旅だし、ビルマをめぐる状況はその後大きく変化しています。それでも、カチン州などの辺境地域を旅した外国人は今なお非常に限られているだけに、この本は現地の貴重な報告として、また、類まれな旅行記として、今後も読み継がれていく価値があると思います。


本の評価基準

 以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。

 ★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
 ★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
 ★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
 ☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします



JUGEMテーマ:読書 

at 18:53, 浪人, 本の旅〜東南アジア

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