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旅の名言 「バックパック旅は……」

 バックパック旅は、人工衛星の打ち上げに似ている。旅立ちには、重力を振り切って飛び出す巨大な推力が要るが、ひとたび軌道に乗ってしまえば、あとは慣性に身を委ね、のんびりと世界を漂い続けることができる。

『ぼくは都会のロビンソン ― ある「ビンボー主義者」の生活術』 久島 弘 東海教育研究所 より
この本の紹介記事

一人のフリーライターが長年にわたる「ビンボー暮らし」の中で編み出した、衣食住にわたるさまざまなノウハウと生活哲学を語るユニークなエッセイ、『ぼくは都会のロビンソン』からの一節です。

著者の久島氏は、若い頃にアジアや南米を放浪したことがあり、そうした旅暮らしの中で身につけた知恵の多くが、彼の生活術の中に今でも生かされているようです。

そのためもあってか、本文中では、彼が放浪の旅で経験したさまざまなエピソードや、旅に関する考察も披露されています。冒頭の一節はその一部ですが、長い旅を経験した人物ならではの実感がこもっているように思われます。

短い休暇旅行ならともかく、数カ月、あるいは数年にもなるような長い旅に出ようとするとき、人は日常の雑事はもちろん、仕事や住居、これまでに築いた人間関係など、さまざまなものから身を切り離し、それらを振り切るようにして旅に出ることになります。

しかし、それは言葉にするのは簡単でも、いざ実行に移すとなると、それなりの勇気や思い切りが必要になってきます。旅への期待に胸を膨らませながらも、一方で、慣れ親しんできたものを一気に捨てるのには苦痛が伴います。

これまでの生活への執着を振り切って旅立つさまは、まさに、重力圏を脱出する宇宙船の打ち上げに似ています。そして、それには「重力を振り切って飛び出す巨大な推力」が必要になるでしょう。

日々の暮らしに疲れ、あるいは倦怠を感じ、見知らぬ土地への放浪にあこがれる人は多くても、実際に一歩を踏み出す人があまりいないのは、この「重力」を振り切るのに十分なパワーを集められなかったり、打ち上げに失敗して悲惨な結果になることを恐れてしまうからなのかもしれません。

しかし、一度打ち上げに成功し、日常生活という重力圏を抜けてしまうと、旅を続けることそれ自体は、それほど難しいものではありません。

もちろん、旅にはそれ特有の困難や危険があるし、それは決して侮れないのですが、旅の日々に慣れ、ある程度の経験を積んだ旅人は、起こり得るトラブルをかなり回避できるようになるし、その心身も少しずつ旅暮らしに適応し、やがて、自分のペースで自由に旅を楽しめるようになっていきます。

また、バックパッカー・スタイルの旅の場合、持ち運びできる荷物に限度があるために、生活はおのずとシンプルなものにならざるを得ませんが、これが逆に、生活に一種の軽やかさをもたらしてくれます。

旅人は、日常のしがらみという重力から自由になり、(ビザやカネの制約を除けば)自分の意志で、好きな場所に好きなだけ滞在することができます。いったん旅のコツを飲み込んでしまえば、自分のペースで「のんびりと世界を漂い続ける」ことができるようになるのです。

こう書くと、放浪の旅というのは、まるでいいことずくめのように見えるかもしれませんが、この世界に永遠に続くものなどないように、長い旅もいつかは終わるのであり、どこか別の国に移住するのでもない限り、旅人には、いずれ日本に帰らねばならないときがやってきます。

宇宙船が大気圏に突入するプロセスが非常に危険なものであるように、シンプルで、自由で、軽やかな旅を楽しんでいた旅人は、帰国した瞬間、心身ともに激しいショックを受ける可能性があります。

旅人は、それまでのふわふわと漂うような生活を失い、一気に日本的な現実に引き戻され、さまざまなしがらみに再びからめとられていくのですが、一方で、そうした事態を眺める旅人のまなざしは、もはや、かつてそこに生活していた頃と同じではなくなっているのです。

以前なら、当たり前すぎて何の疑問も抱かなかった日本での生活に、いちいち違和感を覚え、ときに、それは耐えがたいまでにグロテスクに感じられることさえあります。いわゆる「逆カルチャーショック」です。

久島氏は、バックパッカーの帰国について、次のように述べています。

 たとえ予定どおりの帰国であっても、宇宙船同様、帰還は最大の難関となる。ゆっくり逆噴射をかけたつもりでも、日常社会という地表に叩きつけられる。どっぷり旅の無重量状態に漬かってきた精神は、“現実”という重力を前に、なす術もない。
「帰国したときのカルチャーショックが一番大きかった」
 そう振り返る旅行者のなんと多いことだろう。

そういう意味では、帰国した瞬間に旅が終わると思うのは甘い考えで、人によっては、帰国したあとに、より大きな旅の試練が待っているのです。

そういえば、宇宙ステーションの無重力状態に慣れてしまった宇宙飛行士も、地上に戻ったあと、衰えた骨や筋肉が元通りになるまで、長いリハビリが必要になるという話を読んだことがあります。

このように考えていくと、バックパッカー的な長旅というのは、たしかに宇宙飛行に似ているのかもしれないな、という気がします。出発と帰還の難しさと、そこにある危機、そして、その間の(比較的)のんびりとした気楽な慣性飛行によって成り立っているという意味で。

もちろん、私には宇宙飛行の経験などないので、あくまで想像でものを言っているだけですが……。


JUGEMテーマ:旅行

at 19:21, 浪人, 旅の名言〜旅について

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クルックル, 2010/09/04 10:05 PM

私も帰国後のショックが一番大きかったですね。

物質、サービス、治安において日本が一番豊かだなと改めて感じ、そして日本を出たいですね。これは直感で。

浪人, 2010/09/05 7:36 PM

クルックルさん、コメントありがとうございました。

私も長旅から帰ったとき、逆カルチャーショックを経験しました。

クルックルさんのおっしゃるとおり、モノの豊かさにしても、治安にしても、日本は本当にすばらしい国です。他の国々を旅することで、そのありがたみをより一層感じられるようになりました。

しかしその一方で、再び始めた日本での生活に、言葉では何とも表現のしにくい違和感を感じたことも確かです。

ただ、そのあたりの違和感の原因を突き詰めていくと、私の場合、日本の社会に不適応を感じている部分も多少はあるでしょうが、それ以上に、自分自身がシンプルで自由な旅の生活にすっかり魅了され、それに慣れきってしまったために、同じ土地に住み続ける生活自体に閉塞感を覚えるようになってしまったのかもしれないという気がします。

考えてみると、今の私には、日本以外で、どこか長く住みたいと思えるような国を頭に思い浮かべることができません。

それは、魅力的な国がない、というよりは、目的地を特に定めず、世界をあちこち漂っているほうがずっと楽しそうだし、できればそんな生活をずっと続けたい、という気持ちの裏返しなのかもしれません。

まあ、もう少し歳をとったら、私も考えが変わるかもしれませんが……。










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