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旅の名言 「この罰当たりな世界の……」

 ユタは風景が美しく、風土も興味深いところだったけれど、州境を越えてアリゾナに入り、しけた砂漠の真ん中にあるしけた町の、最初に目に付いたしけたバーで冷えたバドワイザー・ドラフトを注文してごくごくと飲んだときは、やはり正直に言ってほっとした。この罰当たりな世界の、避けようとして避けがたい現実が、僕のからだにじわじわとしみこんでいった。リアルにクールに。うむ、世の中はこうでなくっちゃな、と思った。


『辺境・近境』 村上春樹 新潮文庫 より
この本の紹介記事

作家、村上春樹氏の旅行エッセイ、『辺境・近境』からの一節です。

彼は、この本の「アメリカ大陸を横断しよう」の章で、東から西まで、一気に車で大陸を横断する旅を描いているのですが、その旅の中でユタ州を通り過ぎます。

ユタ州は、かつてモルモン教徒が開いた州ということもあって、現在でも飲酒や喫煙には制限があるそうで、村上氏が旅をした当時、酒を飲むためのバーは会員制のものしかなかったようです。
ウィキペディア 「ユタ州」

ユタ州からアリゾナ州へ抜けた直後に、村上氏がわざわざ「しけたバー」に転がり込んだのはそのためで、彼はそこでようやく冷えたビールにありつくことができました。

そして彼は、その冷たい一杯が、「この罰当たりな世界の、避けようとして避けがたい現実」であることを噛みしめつつ、同時に、その痛快な喉越しを心ゆくまで味わったのでした。

でも、もちろん、これは彼だけがそう感じたわけではなくて、たいていの旅行者なら、さまざまな国や地域で似たような体験をしているのではないかと思います。

例えば、飲酒に対する規制といえば、イスラム教の国々が有名です。国によってその規制の厳しさに多少の差はありますが、いずれにしても、旅人は酒を飲みたいと思ってもなかなかその機会にありつけず、人によっては苦しい禁欲生活を強いられることになります。

それに加えて、ラマダン(断食月)のときなどは、いくらイスラム教徒以外は関係ないとはいっても、実際に地元の人々がみんなガマンしている中で、日中に自分だけ堂々と飲み食いすることはさすがにはばかられます。

ただ、一方では、そうやって酒を飲んだりふつうに食事をしたりという、日本では何の制限もなく自分の思い通りにできる行動を自由にできない体験というのは、自分が今、全くルールの違う土地を旅しているのだということを、身をもって実感できる貴重な機会であるといえなくもありません。

そしてそれは、日頃とくに意識することもなく、当たり前のものとして受け入れている自分の日常生活を、別の視点から見直してみるきっかけにもなるのではないでしょうか。

とはいえ、旅人の多くは、酒を自由に飲めないような国があることを身をもって知ったとしても、そういう国に対して、人類の理想を実現しようとする素晴らしい国だとは、あまり思わないのではないかという気がします。

私個人としては、もちろん、酒の飲みすぎが体に悪いことはこれまでの自分の経験を通してよくよく分かっているつもりだし、「罰当たりな世界」を人間の意志でもっとましな世界に変えていこうという理想をもって、多くの人が長年にわたって一歩一歩努力を続けてきたことも知っています。

それでもやはり、一番大事なのは、個々人が自分の生活を自ら律しようとする意志なのではないかと思うし、人々のあるべき行動を強制的なルールで一律に決めるよりも、一人ひとりがどういう行動をとるか、その選択の自由が与えられている社会の方が、ほっとできるように思います。

村上氏はアリゾナの「しけたバー」でビールに喉を鳴らしながら、「うむ、世の中はこうでなくっちゃな、と思った」わけですが、私も、自分の暮らす社会では、たとえそれが「罰当たり」な習慣であろうと、ビールを飲む自由やタバコを吸う自由くらいは、そのままであり続けてほしいと思います……。


JUGEMテーマ:旅行

at 18:43, 浪人, 旅の名言〜土地の印象

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