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『日本辺境論』

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評価 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります

この本は、「辺境性」をキーワードに、日本人の「民族誌的奇習」、つまり、私たちがふだん意識することなくはまり込んでいる固有の思考・行動のパターンを明らかにしようとする、ユニークな日本人論です。

著者の内田樹氏によれば、日本人は「辺境人」であり、私たちは常に、ここではない外部のどこかに世界の中心があると考えていて、その思考と行動は、どうすればそこに近づけるのかという、中心までの距離の意識に基づいて決まるというのです。

この本では、そんな辺境人の特性について、その学びや宗教について、そして日本人の辺境性と表裏一体の関係にある日本語の特殊性について、これまでの有名な日本人論も踏まえつつ、さまざまな具体例を交えて説明されています。

「辺境」という言葉には、どこかネガティブな響きがあるので、日本人は辺境人だと言い切られると、多くの人はあまりいい気持ちがしないでしょう。ただ、一方で、それはそうかもしれない、確かに何となく納得できる気がする、という方もけっこう多いのではないでしょうか。

日本人としての私たちの歴史は、強大な中華文明の東の辺境に位置する小国として始まり、以来、自分たちは世界の中心から遠く離れ、また、時間的に遅れてもいるという世界観を受け入れ、それを強く内面化してきました。

それは、価値あるものはすべて自分の外にあると信じ、「きょろきょろして新しいものを外なる世界に求める(丸山眞男氏)」態度や、「そのつど、その場において自分より強大なものに対して、屈託なく親密かつ無防備になってみようとする傾向」を形作ってきました。

そして、私たちは「世界標準に準拠してふるまうことはできるが、世界標準を新たに設定することはできない」ために、外部の文明のエッセンスを吸収し、それにひととおり追いついてしまうと、次に何をすればいいか分からなくなって、途方に暮れてしまうのです。

しかし一方で、自分たちは常に遅れているという辺境人の意識が、「師弟関係」や「道」にみられるような、効率的に学ぶための民族的なシステムを進化させてきました。また、「私を絶対的に超越した外部」に対するおのれの無知と未熟を痛感する感受性は、深い宗教性への出発点にもなります。

むしろ私たちは、辺境人であることのおかげで、自分たちこそ世界の中心だと思い込むような傲慢さから無縁でいられるのかもしれません。それに私たちは、文明の中心を自ら任じている人々の眼が届かないのをいいことに、彼らに面従腹背し、狡猾に立ち回るしたたかさも身につけています。

内田氏も認めているように、日本人や日本文化について語るのは大風呂敷を広げるようなもので、その内容は厳密に検証できるものではないし、語り手次第、材料次第でどのような結論にでも導けるという面があります。彼の日本人論にいろいろとツッコミを入れたい人もいるでしょうが、個人的には、「辺境性」という切り口から整理された日本人論はとても面白く、興味深いものでした。

ただ、ここで辺境人の特性として挙げられているものは、実際のところ、空間的な辺境とか、歴史的に見た後進地域だけに当てはまるものというよりは、もっと一般的なもので、時間・空間的な位置にかかわらず、内面に深い劣等感を抱える人間のパーソナリティとして、世界のほとんどどこにでも見出せるような気がしなくもありません。

むしろ、日本人のユニークさは、日本語の構造がそうであるように、単に辺境性を内面化しているだけでなく、世界の中心を演じる人々の思考と行動のパターンや、その力の源泉となっている文明のエッセンスもすばやく感知し吸収してしまうことで、中心と辺境の二極のどちらの性質も使い分けることができること、そして、そのことがもたらす内的な矛盾や二重性を、そのまま抱え込んでいられる力にあるのではないかという気がします。

ところで、私たちが辺境人としての特性を宿命的に身につけてしまっているのだとしたら、現在の激動の世界で、どのようにふるまうのがふさわしいのでしょうか?

内田氏は、こうなったらとことん辺境で行こうではないか、こんな国は歴史上、他に類例を見ないし、それが現在まで生き延びてきた以上、そこには何か固有の召命があると考えることもできる、それに、こんな変わった国の人間にしかできないことを考える方が楽しいし、他の国の人々にとっても有意義だろうと言っています。

たしかに、それは何か楽しそうです。しかし、インターネットの爆発的な普及によって、少なくともネット経由で手に入る情報に関しては、空間的・時間的な格差というものはなくなりつつあります。そこでは、自分を辺境人として位置づける思考と行動の枠組み自体が、もはや有効ではなくなってしまうのではないでしょうか。

だとすれば、これまで辺境人という立場に安住してきたともいえる日本人は、今後どう生きていけばいいのでしょう?

まあ、そうやって、世界のどこかにいいお手本でもないものかと、ついキョロキョロしてしまう私の思考と行動自体が、実に日本人的なのでしょうが……。

それにしても、私はこれまで辺境的なものにあこがれを抱き、そこに何か面白いものが見つかるような気がして、アジアの片田舎をふらふら旅してみたりしたのですが、実は日本こそ辺境性の権化だったことに、この本を読んで今さらのように気がつきました。

私は今まで、辺境的なものを求めているつもりが、それと気づかずに、実は日本的なるモノ、自らの似姿を、ここではない外部のどこかにひたすら求め続けていたのかもしれません……。


本の評価基準

 


 以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。

 ★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
 ★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
 ★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
 ☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします



JUGEMテーマ:読書

 

at 19:01, 浪人, 本の旅〜人間と社会

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