このブログ内を検索
新しい記事
記事のカテゴリー
            
過去の記事
プロフィール
            
コメント
トラックバック
sponsored links
その他
無料ブログ作成サービス JUGEM
<< 『GNHへ ― ポスト資本主義の生き方とニッポン』 | main | 『孤独な鳥はやさしくうたう』 >>

旅の名言 「その町に流れる時間軸に……」

 その町に流れる時間軸に、すっと入りこめるときがある。どんな町でもだいたい、滞在三日か四日目でそういうときがやってくる。そこでくりかえしおこなわれている日常が、肌で理解でき、自分がそこにくみこまれているのだと理解する瞬間。
 隣のホテル前のパン屋では、小太りのアルバイト青年が店を開ける。昼すぎには、彼はおしゃべりな女の子二名と交代する。ダウンタウンの裏手にあるファストフード屋は、どうやら若い子たちの秘密のデート場らしい。私の宿泊してるホテルのホールでは、小規模なフラ大会や、小学生のパーティが開催されていたりする。時間はゆっくり流れ、私の日々が町に溶けこんでいく。なんでもない夕焼けや、雨上がりの濡れた車道が、ああ本当にうつくしいなあと気づくのはそういうときだ。

『いつも旅のなか』 角田光代 角川文庫 より
この本の紹介記事

作家・角田光代氏の旅のエッセイ集、『いつも旅のなか』からの引用です。

角田氏は、あるとき、一度ボツになった小説を書きなおすという、急で気のすすまない仕事を仕上げる必要に迫られました。彼女は自分を追い込むために、自主的に「カンヅメ」になることを思い立ち、 ハワイに飛んで、ハワイ島のヒロにしばらく滞在します。

そこで執筆を始めた彼女は、食事をとったりするために、ホテルのあるバニヤン・ドライブ地区を出て、ダウンタウン地区まで歩くのが日課になりました。

同じような日課を繰り返す中で、角田氏は少しずつヒロの町になじんでいき、やがて、美しい瞬間が訪れます。

ヒロで静かに繰り返されている日常を、彼女が肌で理解した瞬間、「その町に流れる時間軸に、すっと入りこ」んだ瞬間。そのとき、目の前の世界が、親密でありながら、新鮮で美しい光景として立ち上がります。

こういう瞬間を味わうことができるのは、スケジュールに追われることなく、居たいと思った場所に好きなだけ滞在できる、自由な個人旅行者ならではの特権です。

スローペースで旅する人なら、こういう瞬間をよく知っているはずだし、角田氏の文章に、大いに共感できるのではないでしょうか。

それにしても、その瞬間が訪れるのが、どんな町でも滞在3日か4日目、というのはとても面白いポイントです。

以前に、このブログに「滞在3日以上」の法則というのを書いたことがあります。

大都会を除けば、どんな町や村でも3泊以上していると、特にそのつもりはなくても、地元の人か旅人の誰かと出会い、親しくなるという個人的「法則」です。

もちろん、そこには別に神秘的な理由があるわけではありません。

1日や2日しか滞在しない町では、移動や観光でバタバタしていて、ゆったりと過ごせる時間があまりないからで、3泊以上すると、時間的にも気持ちにも余裕が生まれ、顔見知りになった人と時間を気にせず話をしたり、道端で話しかけてくる現地の人にも、オープンな気持ちで対応できるので、結果として誰かと親しくなる、ということなのだと思います。

別の言い方をすれば、私の場合、同じ町に何日か滞在していると、非日常の「移動モード」だった心の状態が、3泊目あたりを境に、日常の「生活者モード」へと徐々に切り替わっていく、ということなのかもしれません。

自分にとって未知の町でも、何度も街を歩き回り、少しずつ馴染んでいくうちに、行きつけの食堂とか茶店とか、お気に入りの散歩ルートや日課など、生活のリズムやパターンが生まれてきます。それに伴って、心の緊張が解け、町の人々の暮らしの細部に注意を向ける余裕も生まれてくるということなのでしょう。

そしてそれは、旅人の心の中で流れる時間が、少しずつ滞在先の時間の流れとシンクロし始める、つまり、角田氏の言うように、「その町に流れる時間軸に、すっと入りこ」んでいくということなのだと思います。

短い時間であちこちを見て回るような旅だと、どの町も慌しく通り過ぎることになり、結果として、現地の人々の日常を肌で理解することは難しくなりますが、旅人がその歩みをゆるめ、それぞれの町の時間の流れに寄り添い、身の周りのこまごまとしたできごとを静かに見つめるとき、「時間はゆっくり流れ、私の日々が町に溶けこんでいく」のです。

ただし、そんな幸福な瞬間も、永遠には続きません。一つの町に長居をし過ぎれば、それはやがて、感動のない、当たり前の日常へと変わっていきます。

旅人の心が、移動のもたらす気ぜわしさや、疲れや不安から離れ、また一方で、生活の繰り返しがもたらす倦怠や粘着性にも捕らえられていない、一種の無重力状態にあるとき、その好奇心はあらゆる方向に広がり、心に触れるすべてが、みずみずしい美しさに満ちて感じられます。

旅人は、そんな微妙で幸福な瞬間を求めて、何度も旅を繰り返すのかもしれません。


JUGEMテーマ:旅行

at 18:30, 浪人, 旅の名言〜旅の時間

comments(0), trackbacks(0)

スポンサーサイト

at 18:30, スポンサードリンク, -

-, -

comment









trackback
url:http://ronin.jugem.jp/trackback/695