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旅の名言 「不思議なことに一文無しになってから……」

 不思議なことに一文無しになってから僕の英語レベルが上がってきたんです。よく考えてみたら今まで自分の話を一生懸命したことなんてなかったんですよ。それまでもインドを旅行して、当然英語で話をしてはいたし、日本にいたときと比べたら話せるようにはなっていたけど、たいしたことはなかった。結局そういうのは切実な話じゃないんですよ。要するに雑談だったりお喋りなわけです。そういうときというのはあんまり言葉を覚えないですよね。英語が下手で恥ずかしいなとか、なるべく話したくないなとか思ったりして。逆に覚えるときは、切実なときです。水をくれとか、メシをくれとか、そういうときになると英語が下手とかいっている場合じゃないですよね。何でも言って伝えようとするでしょう。

『放っておいても明日は来る』 高野秀行 本の雑誌社 より
この本の紹介記事

東南アジアでユニークな人生を切り開いた人々と、作家の高野秀行氏が語り合うトーク集、『放っておいても明日は来る』からの一節です。

この本の最後の章で、高野氏が学生時代にインドを旅していたとき、貴重品を含めた荷物全てを盗まれた、衝撃の体験が語られています。現地で知り合った人物に騙され、一文無しになった彼は、貧しいインド人一家のアパートに居候しながら、警察や銀行、航空会社、日本大使館などを歩いて回り、何とかトラブルを克服して、無事帰国に漕ぎつけました。

突然の思いがけない事件によって、何としてでも自分の意思を伝えなければ、生き延びることさえままならない状況に追い込まれた彼は、周囲の人々と無我夢中でコミュニケーションを図ったのですが、そのおかげか、それまで全然話せなかったはずの英語が、いつの間にか上達していたというのです。

私自身は、旅でそこまでせっぱ詰まった体験がないので、かりに自分が同じ状況に置かれたら、高野氏と同じように死にもの狂いで問題解決に奔走できるか自信がないのですが、そういう体験を通じて英語力がアップするという点については、何となく分かるような気がします。

ところで、世間一般では、英語や他の外国語がしゃべれないと、海外での一人旅は難しいと思われているようですが、実際には、ガイドブックやインターネットで旅先の情報を調べ、ツーリストの立ち回るようなエリアで観光している限り、ほんのカタコトの英語程度でも、なんとか旅はできてしまうものです。

たしかに、いわゆる開発途上国では、旅行者向けのインフラがきちんと整備されているわけではないし、日本のスーパーやコンビニのような便利な店も、ちゃんとしたメニューのある食堂もないことが多いので、慣れない旅人は、買い物や食事に手間どることもあるかもしれません。しかし、そういう場合でも、欲しいものを指でさしたり、絵に描いたり、ジェスチャーをしたりと、言葉以外の方法を駆使すれば、言いたいことを相手に伝えるのはそれほど難しくありません。

そんなわけで、カタコトの英語しか話せない私も、アジアの国々を旅していて、ほとんど不自由を感じませんでした。まあ、その反面、あちこち旅したわりには、英会話がちっとも上達しなかったし、現地の言葉もちゃんと覚えないで済ませてしまったわけですが……。

ただ、旅人が重大なトラブルに巻き込まれ、絶体絶命のピンチに陥ったようなときには、自分の語学力のなさや、日頃の努力不足を痛感させられることになります。

それでも、言葉の通じない異国で病に倒れ、一刻も早く自分の病状を伝えなければならないとき、あるいは、インドで一文無しになった高野氏のように、自分の生き残りを賭けて、難しい交渉ごとを次々にこなす必要に迫られたときには、自分の英語力ではきっと通じないからと、誰かに話すのを恥ずかしがったり、聞き取れない相手の英語に、適当に相づちを打ったりしているわけにはいきません。

そういう切実なときには、文法がどうだとか、発音がみっともないとか、そんなことを気にしている余地などないし、伝わろうが伝わるまいが、とにかく自分の知っている限りの単語を並べて、言いたいことが相手に伝わるまで、あきらめずに何度でも話してみるしかないのです。

そういう、自分の能力以上のものをフル稼働させるようなギリギリのコミュニケーションをしているときには、すべての瞬間が、自分の壁を乗り越える貴重な学びにつながっているわけで、その結果として英語力がアップするのは、全然「不思議なこと」ではないのかもしれません。

そしてそれは、使いこなせる単語や言い回しが増えたというよりはむしろ、言いたいことをシンプルに誤解なく相手と伝え合うという、コミュニケーションの本質を会得することによって、英語による「会話力」がものすごく上がったということなのだろうと思います。

逆に言えば、私の英語がいつまでたっても上達しないのは、結局のところ、英語でどうしても伝えたいことがないから、つまり、英語を話す人たちと、命がけでコミュニケーションするほどの必要に迫られたことがないからなのかもしれません……。

それにしても、切実さが何かを上達させるというのは、言語の習得に限ったことではないように思います。

危機的な状況に置かれたとき、人間はものごとの優先順位をいったん白紙に戻して、本当に大事な問題だけに神経を集中し、それを解決するために全力を傾けるはずです。そして、そのとき何が重要で、何をすればよいのか、(今ここにいる自分以外にそれをやる人間はいないと自覚している)当事者の目には、迷いようのないほどにはっきりと見えてくるのではないでしょうか。

危機的な状況は、身の破滅につながりかねない危険と隣り合わせですが、それと同時に、深い学びにつながる絶好のチャンスでもあります。

もちろん、英語を身につけたいからといって、あえてインドで無一文になる必要はありませんが……。


JUGEMテーマ:旅行

at 19:00, 浪人, 旅の名言〜危機と直感

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go-ichi, 2011/05/21 12:45 AM

ふむ。
インドで風邪を引いて、風邪薬を買いたくて薬局で英語で話をしてなんとか買えた薬が、ホテルに戻って見て見たらノド飴だったという経験はありますが・・・。
あまり関係なくてすいません。

浪人, 2011/05/21 7:29 PM

go-ichiさん、コメントありがとうございました。

私も外国で病院や薬局に行くと、症状とか病気の名前がボキャブラリーにないのでとても苦労します。

ある歯医者で英語の問診票を渡されたときには、何が書いてあるのか全く分からず途方にくれました。

でもまあ、そんなことを繰り返しながらも、何とか無事旅行を続けられたので、ちゃんと英語を勉強しないまま今日に至ってしまいました……。










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