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『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』

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評価 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります


ホームレスの人々がブルーシートや廃材で作り上げた路上の家に、「人間が本能的に建てようとする建築の世界」を見出し、そこに秘められた画期的なアイデアの数々をまとめたユニークな本、『TOKYO 0円ハウス0円生活』については、以前にこのブログでも紹介しましたが、この本は、その著者である坂口恭平氏が、豊かな「都市の幸」を利用して生きる路上生活の中にポジティブな可能性を見出し、それを「都市型狩猟採集生活」というコンセプトでまとめたものです。

内容としては、『TOKYO 0円ハウス0円生活』とかなり重複しているのですが、今回の作品は、家も仕事もカネもなく、着の身着のままでいきなり東京のまん中に放り出された人間が、まったくのゼロからいかに生きていくかという具体的なシミュレーションの形で話が進んでいくので、非常に分かりやすくなっています。

読み手としても、かりに自分が同じ境遇におかれたら、路上での新しい生活を受け入れることができるだろうかと、いろいろと自問しながら読めるだろうし、もしものときには、都市でのサバイバル・マニュアルとしても役立つかもしれません。

路上での生活は、まずは炊き出しに並び、まだ着られる服を拾ったり、配給でもらったり、自分用のダンボールハウスを組み立てることで、最低限の衣・食・住を確保することから始まります。やがて、生活を共にする仲間が生まれ、路上生活の師匠としてさまざまなノウハウを伝授してくれる人物にも出会うことになるでしょう。

とりあえずそれだけでも、何とか命をつないでいくことは可能です。この本を読む人は、東京のような大都市の場合、いざとなっても飢える心配はないという事実を知って、驚くかもしれません。

ただ、この本で坂口氏のいう「都市型狩猟採集生活」とは、炊き出しなどの援助に頼る受け身の生活よりも、もっと積極的なもので、最終的な目標は、自らの頭で考え、独自の生活や仕事をつくり出していくことにあります。

路上生活にある程度慣れたら、周辺をくまなく歩き、都市を注意深く観察することで、よりよい食事や生活の楽しみ、さらにはささやかな現金収入の道さえ見つけることができます。大都会では、日々膨大な廃棄物が生み出されていますが、ほとんどの人にとって、それは単なるゴミに過ぎなくても、路上生活者には、その多くが豊かな資源として目に映ります。

この本では、そうした「都市の幸」をお金に変えるいくつかの方法も紹介されています。そのほとんどは、かなり地道な作業を伴いますが、自分なりに工夫を重ね、そうした仕事を続けていくうちに、それはやがて、自分の才能や生活スタイルに合った「生業」に発展していくかもしれません。

一方で、路上の家も、単純なダンボールハウスから、廃材やブルーシートを使ったより堅固で快適なものへと、自由に建て直したり、改造したりすることができます。

こうした路上や河川敷の手作りの家は、家に関する私たちの固定観念を根本から覆すパワーを秘めています。それは、家を建てるのは専門家に任せるべきだという観念や、家は非常に頑丈でなければならないという観念、あるいは、土地所有に関する観念や、電気・ガス・水道などのインフラに関する観念を次々に揺るがします。

私たちは、何もない状態で都会のど真ん中に放り出されたら、絶対に生きていけないのではないかと思いがちですが、この本を読めば、それが可能であるばかりか、むしろそれは、生活の安定のための仕事とか、人生設計とか、何十年ものローンと引き換えの持ち家のようなものに煩わされず、自分の生活を自由に創造できる、可能性に満ちた状態なのではないかという気さえしてくるかもしれません。

坂口氏によれば、路上生活者は、都市の中で唯一、自力で「家」や「仕事」を、つまりは「生活」を発明しながら生きている、原初的な生命力を失っていない人々なのです。

実際、この本に出てくる人たちはみな魅力的です。たとえば、隅田川で暮らす都市型狩猟採集生活の達人「隅田川のエジソン」(鈴木さん)や、多摩川の河川敷で、発電機で電気を確保し、雨水を利用し、都市のインフラから独立した暮らしを実践している「多摩川のロビンソン・クルーソー」や、金を一切持たず、ダンボールハウスすらなく、与えられるわずかな食事だけで超然として生きている「代々木公園の禅僧」などなど……。

ただ、やはり気になるのは、この本が、路上生活のいい面だけを強調しすぎているのではないかということです。世の中の大多数の人々は、できれば、あるいは絶対にそういう生活をしたくないと思い、そのために辛い仕事にも必死に耐えて生きているわけで、そこに多少の思い込みはあるにしても、そう思うことにはやはり、それだけの理由があるように思うのです。

そして、この本で「都市型狩猟採集生活」を賞賛する坂口氏にしても、それを日々実践しているわけではないし、この本の内容も、知り合った路上生活者から聞いた話がもとになっています。もしも、彼自身が長年にわたって路上生活を経験し、実際の体験から紡ぎだした生活哲学を披露したのであれば、そこにはもっと強力な説得力があったのではないかという気がします。

それに、「都市型狩猟採集生活」が成り立つのも、「都市の幸」を豊かに生みだす大量消費社会があってこそだし、それぞれの都市の路上生活者の数とその生活のクオリティは、都市の豊かさと密接に関連しているはずです。

何らかの理由で都市の景気が悪くなったり、浪費を見直す動きが起きて、節約やリサイクルが活発になれば、都市の幸に頼る人々の生活は厳しくなるでしょう。

また、いわゆる開発途上国においても、都市の廃棄物を生活の糧として暮らす人が大勢いるわけですが、そこではそうした人々のあいだで、日本では考えられないほどの厳しい競争があるはずです。

ミもフタもない言い方をするなら、日本の場合は、まだまだ使えるモノをゴミとして捨てて省みないだけの豊かさと、ゴミを求める人間同士の競争がそれほど熾烈でないからこそ、ある程度文化的な「都市型狩猟採集生活」が可能になっているのかもしれません。

現在の東京で、公園や河川敷での生活が黙認されているのも、路上生活者の数がまだ許容範囲内に収まっているからこそで、もしも路上生活者が急増し、それに伴うさまざまな問題が発生すれば、当然規制は厳しくなるだろうし、そうした生活をする人間を社会から排除しようとする動きも強まるかもしれません。

いずれにしても、「都市の幸」をあてにして暮らせるのは、常に社会のごく一部の人々に限られるわけで、だとすれば、かりに何らかのポジティブな可能性がそこにあるとしても、「都市型狩猟採集生活」が、現実に多くの人々を惹きつけることはあり得ないのでしょう。

さらにつけ加えれば、やはり子どものいるファミリーとか若い女性については、そういう生活はほとんど不可能か、かなり厳しいことになりそうです。

ちょっと、批判的なことを書きすぎてしまったかもしれません。

それでも、世の中の常識的なモノの見方をなんとなく受け入れるのではなく、たとえばこの本の路上生活者のような、まったく違う視点から自分の周りの世界を眺める方法を身につけることで、あえて世の中を変えたりしなくても、目の前に全く新しい世界が開けてくるし、そこに各自が自由に創造性を発揮する余地もあるという坂口氏のメッセージは、とても重要だと思います。

今の世の中の閉塞状況を受けて、私たちはつい、問題だらけの社会システムを根本的に変えたり、全く新しいタイプの優秀なリーダーを求めたり、みんなが一斉に考え方を改めたりしなければならないのだと考えてしまいがちですが、本当にそうしようとすれば、社会全体でものすごいエネルギーが必要です。

もしかすると、そういう大変化を求める必要などなく、気がついた人から、それぞれ気軽に始められることがたくさんあるのかもしれません。そして、今の自分の生活を見直し、とりあえず自分に何ができそうかを考え、行動に移すうえで、この本は、荒削りですが、さまざまなヒントに満ちている気がします。


本の評価基準

 以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。

 ★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
 ★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
 ★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
 ☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします



JUGEMテーマ:読書

 

at 19:22, 浪人, 本の旅〜人間と社会

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