このブログ内を検索
新しい記事
記事のカテゴリー
            
過去の記事
プロフィール
            
コメント
トラックバック
sponsored links
その他
無料ブログ作成サービス JUGEM
<< アンコール・ワットの夕陽 | main | 『銀河ヒッチハイク・ガイド』 >>

旅の名言 「ヒマでヒマでしょうがなくて……」

 僕は旅はスピードが大切なのだと思っている。乗り物には様々なスピードがあるが、僕にとって飛行機はあまりにも速すぎるのだ。バスは遅いので退屈することが多いのだが、退屈さを僕はそれほど嫌ってはいない。ヒマでヒマでしょうがなくて、あくびを千回ぐらいすると、やっと旅の進行時間になじんでくる。そんなとき初めて、自分は旅をしているのだなあと実感するのだ。
 例えば北京から上海まで千五百キロの道のりがある。飛行機で飛べばわずか三時間の距離だが、列車で行くと二泊三日の旅である。千五百キロの移動時間が三時間では、僕にとっていかにも短すぎるのである。しかし三日ならピンとくる。確かに三時間で行くのは便利には違いないが、千五百キロの距離を実感できない。ということは、そこを旅行したことにならない。
 三日間の旅行中、僕は次々に通りすぎる様々な生活の風景を眺めるだろう。気候が変化すること、言葉が変わっていくこと、いろいろなことを感じながら、充分に納得して上海に到達できるのである。それが僕にとっての旅そのものなのだ。
 さっきも書いたように、それが必ずしも面白いとは限らない。逆につまらないことも多い。しかし、それは仕方がないのだ。何をやったって面白いこともあれば、そうでないこともある。全部ひっくるめて、ああ面白かったなあと思えるのが陸路の旅なのである。


『スローな旅にしてくれ』 蔵前 仁一 幻冬舎文庫 より
この本の紹介記事

バックパッカー向けの旅行専門誌『旅行人』を主宰する蔵前仁一氏の旅のエッセイ、『スローな旅にしてくれ』からの引用です。

蔵前氏は、「僕が飛行機を嫌いな理由」という文章の中で、いろいろ大変だし退屈なことも多いと知りつつ、あえて陸路の旅を選ぶ理由のひとつとして、「旅のスピード」を挙げています。

たぶん多くの旅行者は、自分の住んでいる街から旅の目的地まで一気に飛ぶことができれば、時間の節約になるばかりか、道中の余計な手間もトラブルも避けられるし、旅のおいしいところだけを存分に楽しんで帰ってこられるのではないかと思うはずです。

つまり、旅をスピード・アップし、面倒なプロセスはできる限り省略し、旅のハイライトだけに時間と注意力を集中することが、旅を有意義なものにしてくれるはずだと考えるのではないでしょうか。

実際、人間は長年にわたって、速くて安全で、しかも安価な移動手段を追い求めてきたし、仕事にせよ娯楽にせよ、どこか遠く離れた場所に移動しなければならないときには、道中の面倒や苦痛や退屈をいかに減らすかということにいつも心を砕いてきました。

しかし、蔵前氏や、陸路の旅にこだわる多くのバックパッカーの場合は、必ずしもそうは考えないようです。

彼らが街から街へと移動するとき、列車やバスの車窓を流れていく異国の風景を眺め、気候や言葉の変化を感じとり、移動した距離を自分なりに「実感」することができなければ、「そこを旅行したことにはならない」というのです。

もちろん、旅には人それぞれの楽しみ方というものがあるので、どちらが優れているとか、どちらが正しいという話ではありません。

むしろこれは、旅に何を求め、何を優先するかという、人それぞれの価値観の反映なのだと思います。

ある旅人は、鉄道やバスで移動する間の、ヒマでヒマでしょうがない、何とも手持ち無沙汰な時間みたいなものは、意味のない時間の浪費であり、苦痛だと感じるでしょう。そういう人は、何とかして旅からそういう空白をなくし、自分の持ち時間のすべてを何らかのエンターテインメントや意味のある行為で埋めたいと思うかもしれません。

一方で、そうした空白に思えるような時間こそ、むしろ、「旅の進行時間」になじんでいく大切なプロセスであり、退屈したりつまらなかったりとネガティブに感じることも含めて、それをそのまま受け止めることが、「自分は旅をしているのだなあ」という実感、ひいては、それら「全部ひっくるめて、ああ面白かったなあ」という、旅への深い満足感へとつながるのだと考える人もいるのです。

それにしても、「ヒマでヒマでしょうがなくて、あくびを千回ぐらいすると、やっと旅の進行時間になじんでくる」というのは、旅の時間を心から愛する、旅の達人ならではの名言だと思います。

ところで、格安航空券が普及した現在、鉄道やバスだけで旅することは、交通費や宿泊費のトータルで比べると、飛行機で目的地まで一気に飛ぶよりもはるかに高額になるし、肉体的にしんどいし、トラブルで旅が停滞するリスクもあります。また、蔵前氏が書いているように、いつも面白いことばかり起きるわけでもありません。

私もかなり長いあいだ、陸路にこだわった旅を続けていましたが、今になって思えば、軽快でスマートな旅を楽しむ人々を横目に見ながら、バックパッカーはこうあるべきという変なプライドで、ほとんど意地でやっていた部分もあるような気がします。

それでも、異国の見知らぬ人々とボロボロのバスにすし詰めになり、最大ボリュームで流される現地の流行歌を繰り返し聞かされ、ガタガタ揺られ、埃や雨風を浴び、ときには故障で立ち往生しながら、いつたどり着くのかも、どんな場所かもわからない目的地へじりじりと進んでいくとき、やはり私も、「自分は旅をしているのだなあ」という強烈な実感を、体全体で味わっていたのでしょう。

まあ、私の場合、バスの旅にこだわっていたのは、根が貧乏性で、たんにスマートな旅が似合わないだけだからなのかもしれませんが……。


記事 「アジアのバス旅(1)」


JUGEMテーマ:旅行

at 19:04, 浪人, 旅の名言〜旅の時間

comments(0), trackbacks(0)

スポンサーサイト

at 19:04, スポンサードリンク, -

-, -

comment









trackback
url:http://ronin.jugem.jp/trackback/720