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<< 謹賀新年 2014 | main | 「旅人の楽園」は幻想? (2/3) >>

「旅人の楽園」は幻想? (1/3)

◆ 「旅人の楽園」をテーマにした小説『ビーチ』

バックパッカーを主人公にした、『ビーチ』という有名な小説があります。十数年前に、あのレオナルド・ディカプリオ氏の主演で映画化されたので、見たことのある人も多いかもしれません。
小説『ビーチ』の紹介記事

話をすすめる都合上、ここでそのあらすじを書いてしまいますが、ネタバレについてはご容赦ください。

バンコクのゲストハウスで秘密の地図を手に入れたバックパッカーが、そこで知り合ったカップルを誘い、ちょっとした冒険的な旅を経て、外界から隔絶された、旅人の楽園のようなビーチにたどり着きます。彼らは、その自給自足的なコミュニティの一員となって楽しい日々を送るのですが、やがてその楽園をさまざまな危機が襲い、最後にはコミュニティが崩壊してしまうというストーリーです。

小説と映画とでは、細部の設定やラストの展開が異なるので、それぞれ違った印象を受けると思うし、物語から何を読み取るかも人それぞれでしょうが、私の場合は、小説の中でリアルに描かれていた、旅人のコミュニティが生まれ、成長し、伝説となり、やがて崩壊していくプロセスが、今でも強く印象に残っています。

理想的なビーチを見つけ、そこに自分たちの理想郷を作ろうとした旅人たちは、そこが観光客の群れに踏み荒らされ、退廃していく運命から守るために、徹底した秘密主義を貫くのですが、皮肉なことに、そうした強い思い入れや努力そのものが、やがては悲惨な結末につながっていくのです。

私はこの小説から、旅人の楽園というのは幻想にすぎない、という強烈なメッセージを読み取ったのですが、一方で、旅好きの人間として、そうした楽園がどこかに存在していてほしいという思いも捨て切れませんでした。

旅人の楽園は幻想なのか、それとも、やり方次第では実現可能な理想なのか……。

本を読んだ後も、そんな問いが、ずっと心にひっかかったままでした。

今回は、それについて思うところを書いてみたいと思います。



◆ 「旅人の楽園」の生成・成長・腐敗

『ビーチ』に描かれた楽園の末路は、もちろんフィクションであって、現実にはまず起こり得ないでしょうが、登場する旅人たちが秘密主義にこだわった動機については、私にも理解できる気がします。

物語の途中、秘密の「ビーチ」での生活に慣れた主人公が、食料や生活必需品の買い出しのため、近くのパンガン島に小舟で出かけ、その退廃ぶりに衝撃を受けるシーンがあります。彼は、かつては旅人の憧れだったパンガン島の変わり果てた姿を見て、改めて、自分たちの「ビーチ」を守らなければと決意するのです。
旅の名言 「年季の入った旅人は……」

パンガン島にかぎらず、旅人の人気を集めていた場所が、数年もしないうちに、すっかり雰囲気が変わってしまうのはよくあることです。そして、そうした変化のパターンは、どこもだいたい同じです。

まず、世界のどこかで、完璧な風景なり、その土地が醸し出す独特の雰囲気なり、何か人を惹きつけるユニークさのある場所を、旅慣れた目利きの人間が嗅ぎつけます。

もちろん、その時点では、宿泊、食事、交通の便、生活用品の入手などに関しては、インフラが全くないか、非常に貧弱で、そこでの生活はさまざまな困難を伴いますが、旅の達人でサバイバル能力に長けた彼らには苦にならないし、むしろ、何もないことは制約のなさでもあり、そこでどう過ごすのかは全くの自由なので、自分たちの創造性を最大限に発揮し、その土地の魅力を満喫することができるでしょう。

また、彼らは生活の必要上、そこで昔から暮らす地元の人々と個人的な人間関係を結んでいくことになりますが、人々は素朴で親切であることが多く、多少の行き違いはあっても、大きなトラブルが起きることはめったにありません。

旅人はそこに長期滞在しながら、宿泊や食事など、不便な点については、地元の人に働きかけたり、自分たちで改良を加えたりして、開拓地のように、少しずつ居心地のいい場所に仕立て上げていきます。

やがて、その事実は旅人のネットワークに伝わり、その土地での楽しい日々が憧れをもって語られるようになるでしょう。話を聞いた旅人たちはその「伝説の地」をめざし、彼らはさらに多くの仲間を呼び込んで、コミュニティは次第に活気を増していきます。

一方で、それは地元の人間に現金収入の機会を生むことでもあり、そのうちに、商売っ気あふれるしたたかな人間や、少々怪しげな人物も、カネの匂いに惹かれて集まり始めます。

気がつけば、人が集まることが好循環となって、インフラがひととおり整備され、その土地は旅行者にとってすっかり便利で快適になっていますが、以前のような素朴な親密さや自由は失われ、俗世間でおなじみの問題や争いごとがあちこちで生じるようになります。この時点で、他の観光地と同じ道をたどり始めたことに幻滅した目利きの旅人は、そこに見切りをつけ、新天地をめざして旅立っていきます。

一度「伝説」となったその土地の名は、ひとつのブランドとして確立され、ガイドブックに載り、派手な資本投下もされて、やがては、大勢の観光客が殺到する有名観光地になっていくでしょう。

しかしそこには、かつての「伝説」の名残はありません。実際には、スレた商売人が待ち構える雑踏と、ストレスを発散するためにやってきた団体客のどんちゃん騒ぎがあるだけなのですが、観光地とはそういうものだと思っている人も多いので、開発が限界に達し、やがて飽きられるまでの間は栄え続けます。

そしてそのころ、地球のどこかで、あらたな伝説の地が開拓され……。

このパターンは、観光地に限らず、世の中のさまざまな物事についてもあてはまるのでしょう。

新しいものを生み出す「イノベーター」や、目利きで、面白いモノにいちはやく目をつける「アーリーアドプター」からすれば、好奇心や楽しみから、自分の時間とエネルギーを注ぎ込んできた対象が、いつの間にか雑多な人々に踏み荒らされ、カネ儲けや醜い争いの場と化すことに居たたまれなくなって、そこを去ることの繰り返しなのかもしれません。
ウィキペディア 「普及学」



◆ 永遠の「楽園」は可能なのか?

ただ、せっかく作り上げた「楽園」が、あっという間に変わり果ててしまい、そのたびに、また初めからやり直すという繰り返しには、虚しさを覚える人も多いでしょう。

だからこそ、『ビーチ』のように、永遠の楽園という夢にこだわる旅人も現れるのでしょうが、少なくとも物語の中では、その試みは無残な結末とともに、徹底的に否定されているように見えます。

やはり、この現実世界においては、当初の理想的な状態を、ずっと保てるような場所やコミュニティは存在し得ないのでしょうか?

「楽園」の噂を聞きつけて殺到する大勢の旅人や商売人たちは、理想のコミュニティを崩壊させる「敵」であって、彼らから「楽園」を守るためには、徹底して秘密を守ったり、コミュニティのメンバーを厳選するしか方法はないのでしょうか?

しかし、そもそも、人々がそれぞれの欲望に従って行動し、心惹かれた場所に集まっていくのはごく自然な成り行きであって、その動きを力づくでコントロールしようとしても、結局はうまくいかないでしょう。

また、理想を守るために、コミュニティを外界から閉ざせば、メンバーが意識するしないにかかわらず、さまざまな抑圧が生じ、その反動が、いつしか巨大なエネルギーとなって、コミュニティ自体を危機に追い込むことにもなりかねません。

私たちは、歴史上、閉鎖的なコミュニティが暴走し、悲劇を生んだ例を数多く知っています。

だとしたら、私たちは常に、「楽園」を失い続けるしかないのでしょうか?

どんなコミュニティにも、最初の頃には必ず存在する特性、つまり、シンプルで自由な雰囲気や素朴な親密さ、流れるゆったりとした時間といったものを、せめてもう少し「持続可能」にすることはできないのでしょうか?

(続く)

「旅人の楽園」は幻想? (2/3)



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at 18:53, 浪人, 地上の旅〜旅全般

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