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地味で贅沢な旅

先日、「日本一有名なニート」のphaさんが、「青春18きっぷ」についての、とても面白いブログ記事を書いていました。

青春18きっぷでだらだら旅をするのが好きだ phaの日記

「青春18きっぷ」は、JRが期間限定で発売している、普通列車1日乗り放題のチケットです。その魅力は、何よりもまず、その安さにありますが、どこでも自由に乗り降りできるという制約のなさは、実は、それ以上のメリットかもしれません。

「18きっぷ」には目的地もルートも設定されていないので、旅の途中で行き先を変えることができるし、気が向いたら好きなところで下車して、食事するなり散歩するなりして、再び列車に乗ることもできます。

phaさんの記事を読んでいると、彼が、そうしたチケットの特性を生かしつつ、ささやかだけど、実はけっこう贅沢な旅を楽しんでいるのが伝わってきます。
 
ぼんやりと風景を眺めながら、イヤフォンで音楽を聴きながら一時間くらい電車に乗って、ちょっと飽きてきたら適当な駅で降りてごはんを食べて、駅の近くの本屋で本を買って電車の中で本を読んで、飽きてきたらまた適当な駅で降りて喫茶店でコーヒーを飲んだりする、というのを延々と繰り返す旅がすごく好きだ。温泉のある町だと駅前に無料の足湯があったりするのでそういうので休憩するのも良い。

特に用もなく今まで降りたことがない駅で降りてみるのも好きだ。駅前の様子を観察して、「この県庁所在地はこれくらい発展しているのか……大きな本屋とかデパートとか一通りあるし住んでも不自由しなさそうだな……」とか、「この駅は複数の路線の乗り換え駅なのに駅前に喫茶店の一つもないのか……次の電車まで一時間半もあるのに厳しい……」とかそういうことを考えるのが楽しい。いろんな町を見てその町でたくさんの人がさまざまな生活をしているんだなというのを想像するのが好きなのだと思う。

もちろん、リッチな旅行者なら、特急のチケットをそのつど買うとか、タクシーに乗りまくるとか、同じような旅をもっと快適に行う方法がいくらでもあるし、逆にもっと安さを追求したいなら、自転車や徒歩で旅をする方法もあります。ただ、すべての人が旅にカネをつぎ込めるわけではないし、カネを使わないハードな旅は、体力気力の面で、旅の難度がかなり上がってしまいます。

そう考えると、「18きっぷ」の場合は、あまりコストをかけずに、日常の生活圏を遠く離れたところまで行けて、しかも気楽に自由な旅が味わえるという点で、とてもバランスがいいのだと思います。

それに加えて、ネットの普及で、旅行情報がいつでもどこでも手に入るようになり、その場の思いつきで、旅のプランを即座に組み立てられるようになったことも、「18きっぷ」の魅力を高めています。
 
そんな風に電車に乗ったり降りたりしながら移動しているとだんだん日が傾いてきて、そろそろ今晩の宿はどうしようかということを考え始める。宿を探すにはある程度大きな町に行く必要がある。安く一泊できるネットカフェやサウナやカプセルホテルはある程度以上の繁華街にしかない。安いビジネスホテルもある程度以上の市街地にしかない。電車の中でスマートフォンを使って地図や路線図やホテル予約アプリを見て、夜を過ごすための大きな町の見当を付ける。無事に宿を確保できるとほっとする。よく知らない街の安っぽい寝床で眠る瞬間が一番「旅だなー」って気分になる。

私もずっと昔、学生だった頃には何度も「18きっぷ」を使いましたが、そのほとんどは、あらかじめ決めた目的地までを格安で移動するためでした。

インターネット以前の時代は、旅の情報といえば本や雑誌で事前に調べておくしかなかったので、目的地やルートを外れ、その場の思いつきで途中下車するのは、全く情報がないまま、見知らぬ場所に放り出されることを意味しました。

昔でも、そういう旅を楽しめる人はいたでしょうが、それは宿もない町で立ち往生したり、余計な出費を強いられたりするリスクと引き換えでした。

所持金も限られ、いざとなったら野宿するくらいの度胸もなかった当時の私は、さすがに、気分次第で行き当たりばったりの旅を楽しむことはできなかったのです。

今では、日本を初めて訪れる外国人でも、その気になれば、ネットを駆使して、phaさんのような旅を自由に楽しめるわけで、いい時代になったものだと思います。

それはともかく、phaさんのような旅のスタイルは、自由気ままにのんびりと旅する、そのプロセス自体に喜びを感じられる人にはベストの方法だと思うのですが、一方で、地味な田舎の駅前をあてもなくブラブラしたり、車窓を眺めながら何時間もボーッとしているのはあまりに退屈で苦痛だ、という人もいるでしょう。あるいは、あらかじめ予定を立てず、その場の状況に合わせて旅を組み立てるなんて、不安でたまらない、という人もいるかもしれません。

それに、日本で暮らしていると、仕事でも私生活でも、目的・効率・成果のようなものをつねに意識せざるを得ないので、休みの日だからといって、そういう思考回路をスパッと切り替えて、旅のプロセスを純粋に楽しむようなわけにはなかなかいきません。

どこかへ旅に出ようと思い立っても、せっかくの機会なのにがっかりしたくない、ということで、オススメの観光地や食べ物を事前に調べておきたくなるし、旅先では、facebook や Twitter に投稿できそうなネタを、必死で探し回ったりする人も多いのではないでしょうか。

その結果、私たちの旅の多くは、有名なツーリスト・スポットを効率的に回り、みんなにウケそうな写真を撮りまくり、ポジティブな思い出の山を築き上げていくような、「生産的」なものになりがちです。

もちろん、どこへ行って何をするか、どんなスタイルの旅をするかは、人それぞれで、何が正しいとか、何が一番楽しいとか、一概に決められるわけではありません。

ただ、phaさんの描いているような、はっきりとした目的地も計画もない旅というのは、そういう「生産的」な旅とは方向性が全く違うので、ある程度人を選ぶというか、誰もが同じように楽しめるわけではないような気がするのです。

それは、子供時代によくやった、学校帰りの「道草」に似ているかもしれません。別に何かあてがあるわけでもなく、その瞬間の心の動きにまかせて、どんどん脇道に迷い込んでいくような旅です。

そういう旅は、とにかく、自分の気分にだけは忠実に従うので、本人の満足感はそれなりに高いと思うのですが、実際にやっていることは非常に地味だし、ほとんどの場合、何か劇的な展開が待っているわけでもないので、人に話せるようなネタには欠けます。それに、たぶん多くの人が、やり始めてすぐに、「何でこんなことやってるんだろう?」とか、「時間をムダにしてるのでは?」とか、さまざまな疑いが心の中で渦巻き、罪悪感にかられて、居ても立ってもいられなくなってしまうのではないでしょうか。

こうした罪悪感や疑いの気持ちにとらわれず、あてのない旅を心から楽しもうとするなら、世間一般の風潮や価値観に対して、ふだんから一定の距離をおいて、マイペースな人生を貫き、ゆるぎのない、独自の感性を養っておく必要があるのかもしれません。

もっとも、そのあたりを徹底しすぎると、その人の人生そのものが、先の見えない、スリリングな旅になってしまいそうですが……。


JUGEMテーマ:旅行

at 19:22, 浪人, 地上の旅〜旅全般

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