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政治的な暴力の果てに

戦後の平和な日本で生まれ育ったせいなのか、近ごろの世界各地のテロ事件や、内戦やクーデターのニュースを知るたびに、不安で心がざわつき、しばらく他のことが手につかなくなります。

 

そして、被害に遭った人々の無念や、家族や友人たちがこれからどんな思いを抱えて生きなければならないかを考えると、やり切れない思いがします。

 

最近では、いつかどこかで自分が被害者になるかもしれないという考えも、簡単に頭から振り払うことができなくなりました。そういう恐怖心を抱かせることが、暴力で世界を変えようとする者たちの狙いだと分かっていても、そして、テロ事件などに巻き込まれるのは、交通事故に遭ったりする確率よりもずっと低いことを頭では理解していても、心にまとわりつくネガティブな感情を、理性で完全に封じ込めることはできません。

 

それにしても、政治的な暴力に手を染める人間は、多くの人々を殺し、傷つけることによって、そして、それ以上の人々に恐怖や反感を植えつけることによって、結局のところ、何がしたいのだろうかと思います。

 

そこには、彼らなりの政治的目的や「理想」があるのでしょう。あるいは、彼らは、個人として、組織として、さまざまな理由から絶望的な状況にまで追い詰められて、手段を選ばず、暴力で活路を切り開かざるを得なかったのかもしれません。逆に、そういう理屈でもつけなければ、彼らは自らの行為について、良心の呵責に耐えられないのではないかと思います。

 

しかし、彼らはそうした暴力の果てに、何らかの理想的な社会が実現できると、本気で信じているのでしょうか?

 

かりに、彼らの暴力が他の人々を力で圧倒し、その結果、彼らの「理想」が現実になったとしても、その新しい社会を担っていくのは、これまでと同じ、私たちのようなただの人間です。

 

彼らが、現在の世界に絶望し、あるいは強烈な不満を感じて、自らの怒りを行動に移しているのだとしても、そんな絶望的な世界を生み出したのと同じ人間が、ある日突然、彼らの「指導」のもとで、新しい理想社会を運営できるようになるのでしょうか?

 

暴力によって特定の誰かを排除し、何かを破壊し、あるいは、恐怖によって人々を新しいルールに従わせたとしても、社会を動かしていく大多数の人間が今までと何も変わらない以上、その試みは遠からず挫折し、みんながボロボロになってスタート地点に戻るだけに終わるのではないでしょうか。

 

そんな風に考えてしまうのは、人間の性急な「理想」が生み出すものについて、私自身がすっかり白けてしまっているからなのかもしれません。といっても、それは別に私がニヒリストだからではなくて、これまで人類が歴史の中で繰り返してきた悲劇の数々があまりにもおぞましくて、それを思い出さずにはいられないからなのですが……。

 

とはいえ、こういうことをいくら個人的に嘆いたところで、実際に暴力に訴える人々の行動を変えられるわけもないし、さらに問題なのは、各国の政府機関が全力を尽くしたとしても、彼らの内面にまで踏み込んで、暴力的な思考や行動を抑制することは不可能だということです。

 

私たちは、他者に対して、言葉で説得を試みたり、取り引きをするなどして、何らかの影響を及ぼすことはできても、最終的に相手が心の中で何を考え、決意するか、強制する力を持っていません。

 

たとえ世界中を敵に回しても、物理的・心理的にどれだけ追い詰められても、自分のやりたいことを断固として実行する彼らは、人間が、他人を意のままに動かすことはできないことの実例そのものですが、その彼ら自身が、暴力によって、人々を無理やり自分の価値観に従わせようとしているのは、実に皮肉なことだと思います。

 

 

JUGEMテーマ:日記・一般

at 19:32, 浪人, つれづれの記

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