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インド病

インドを旅した人やバックパッカーの間で有名な言葉に「インド病」というのがあります。

これは熱帯地方につきもののマラリアやデング熱、コレラといった怖い病気のことではなく、インドに行った人がかかる「心の病」です。昔はバリバリの商社マンがインドに駐在しているうちにボケーッとなってしまい、企業戦士として使い物にならなくなる現象を指して使われていましたが、最近では旅行で気軽にインドに行く人が増えたことで、「インド病」を身をもって体験する人も増えているようです。

先日このブログでも紹介した蔵前仁一氏の 『新ゴーゴー・インド』 に、「インド病」の特徴がユーモラスに書かれています。

_燭ものを言う時、必ず最初に「インドでは……」と言う
買物をする時、やたらと値切る
仕事が嫌になって、ナマケものになる
食事の時、思わず右手を出してしまう
とにかくインドが恋しくなる、等々


また、なら人さんのウェブサイト 「Deep Asia A」 には「インド病チェック」のコーナーがあって、インドを旅した人なら結構楽しめると思います。

不思議なことにインド病にかかった人達は、「大変な思いをした」とか「インド病で苦しい、苦しい」とか言うわりには、何だかうれしそうです。実は内心この病気にかかったことを喜んでいるのではないかとさえ感じられます。

これは一体、本当に病気なのでしょうか?

昔からインドに関しては、「インドに呼ばれる人と、呼ばれない人がいる」と言われます。インドに呼ばれたかどうかにかかわらず、インドに行けば必ず何らかの激しいショックを受けるはずです。貧しさ、病気、死、不潔、乞食、強烈な色彩、匂い、騒音、暑さ、宗教の濃厚さ……。言葉で表現しようという努力が空しくなるような圧倒的パワーの体験を、自分の心で受け止めて消化するまでに、誰もが何らかの心理的混乱状態を経験するはずです。

誰にでも起きるその混乱状態を指して、とりあえず「インド病」と言うのではないでしょうか。ただ、その混乱をどう処理するかが実は大きな問題で、その対処の仕方によって、その後の展開が変わってくるのではないかと思います。

一つは、「あんなおぞましい所は二度とゴメンだ」といって、インド的なものを拒否するという対処法です。幸い日本に帰れば、インド的な混乱から距離を置きながら生きていくことが可能です。インド体験を心の中で封印し、以後それを思い出させるものに近づかないように用心していれば、精神的混乱もおさまり、平和な人生に戻れるかもしれません。また、インドに行ったら嫌なものを見るのがわかっているので、用心深く始めからそういう世界に近づかないようにしている人も大勢いるはずです。

もう一つは、「これは一体、自分に何が起きているんだろう?」と、混乱している自分の状態に好奇心を抱き、さらなる探求へ向かうという対処法です。インドの何がそうさせたのか知りたいと思い、もっと自分をインドにさらして、自分の変化を見届けようという態度です。当然、インドやインド的なものに一層のめりこんでいくことになります。

これが「インドに呼ばれる人」であり、前者の方は「呼ばれない人」だと私は思います。「インド病」にかかる点では皆同じですが、病気への対処の違いによって、二通りのパターンに分かれると考えるわけです。

インドについて積極的に発言したり、インド的なものをこよなく愛する人は、「インドに呼ばれる人」タイプであり、彼らは「インド病」にかかったことで新たな探求に駆り立てられ、インドに生きがいさえ見出したりしているので、「インド病」にかかったことを何となくうれしそうに報告するのだと思います。

蔵前仁一氏が、 「Mammo TV」 というウェブサイトの 「旅の原点は『インド病』」 という短いインタビューの中で、「インド病」の原因について面白いコメントをしています。

実はとてもシンプルなことだったんだよ。インドに行くまでの自分は日本の生活しか知らない訳だ。例えば幸福になる手段というのも、3LDKの家を持って結婚して子供がいて年収も多いっていう生き方がまずあって、それに沿ってその他さまざまな価値観が決められてる。自分がやってたデザインの仕事に関しても、有名な出版社から出ている雑誌の表紙を飾ることが「成功」だったわけ。

 そんな一元化された価値観の中で生きていた人間が、いきなりインドみたいなところに突如置かれると、自分の中のあらゆる価値観が相対化されてしまう。要するに何が正しいのか分からなくなってしまう。これが『インド病』の原因だな。と同時にとても面白いと思ったね。今まで自分が信じていたことなんかは、実はただひとつの考え方に過ぎないんだと。


長くインドを旅し、いろいろな人やいろいろな出来事に出会い、考えてたどりついたシンプルな結論なのだと思います。もちろん人によって違う結論になるかもしれないし、「そもそも結論を出そうとしちゃいけない、それじゃインドに失礼だ」という人もいるかもしれません。

少なくとも言えることは、インド体験のショックにより、今まで当たり前と感じていた世の中の見方に亀裂が生じ、なんとか傷口をふさごうと努力してみたり、あきらめてインドにどっぷり浸かってみたりしているうちに、自分の中に新しい価値観が生まれてきたり、一つの見方にとらわれずに余裕をもって世の中を眺められるようになったりするらしい、ということです。

こう書くと、インドにできるだけ足を運び、「インド病」を促進させたほうがいいように聞こえるかもしれませんが、残念ながら物事はそれほど単純ではありません。インド体験は強烈なので、ダメージが大きすぎる場合があります。人によっては、インドに自らをさらすタイミングや分量を間違えると大変なことになるかもしれません。

「インドに呼ばれた」といって、インド的な混沌に飲み込まれ、そのまま帰ってこない人も大勢いるし、「インド病」を克服し、自分なりに調和のとれた生活ができるようになるまで長い間苦しむ人もいます。そうなるくらいなら、インドに近づかずに用心したり、インド体験を封印して日本的秩序の世界に生きるのも、それはそれで、賢い対処法である場合もあるのです。

皆様はどうお考えでしょうか? 私の場合はどうも「インドに呼ばれた」らしく、病も重いようです。蔵前氏のように笑ってインドを語れるようになるまでに、まだまだ長い道のりが必要かもしれません。

at 21:54, 浪人, 地上の旅〜インド・南アジア

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