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食べ始めたら別人

新型コロナウイルスとは関係がないのですが、最近、何だかんだで、かなり夜更かしをするようになりました。一方、夕食の時間はそのままで、何時間か経つとさすがに腹が減ってくるため、真夜中になってから、夕食の残りとかお菓子を食べるのがお決まりのパターンになってしまっています。

 

そんなときは、せめてもの対策として、料理の皿やお菓子の袋をそのままテーブルには出さず、少しずつ小皿に取り分けるようにしています。

 

もちろん、何か食べたい気持ちで頭がいっぱいになっているときに、それらは余計な手間になるし、食べ終わってからも、その小皿をいちいち洗わなければなりません。

 

でも、食べ始める直前の、空腹ではあるけれど、まだ比較的冷静でいられる自分と、食べ始めた直後の、何かに取り憑かれたように食べ物を口に放り込む自分というのは、まるで別人です。そして、一度そういう「やめられない止まらない」モードに陥ってしまうと、食欲を自分の意志でコントロールするのはとても難しく、気がついたら目の前にあるものをすべて食べ尽くしていたりします。それを身に沁みて分かっているからこそ、あえて小皿に移すというひと手間をかけるわけです。

 

もっとも、食べる前と、食べ始めた直後との落差は人それぞれなのだろうし、同じ人でも、腹の減り具合など、その時々の状況によっても行動は違ってくるでしょう。私だって、多少大げさな表現をしていますが、食べ始めた途端に、いつでも食欲が暴走するわけではありません。それでも、どんな人であれ、いったん加速がついた食欲を抑えようとすれば、限りある貴重な意志の力を、それなりに消耗するのではないでしょうか。

 

それに、若い頃は、食欲に任せて食べまくるのが当たり前、みたいに思っていましたが、そういう行為を数えきれないほど繰り返しては、それがもたらす短期的・長期的な結末にげんなりしているうちに、だんだんバカバカしく感じるようにもなってきました。

 

そして、自分の行動を批判的に観察するようになると、食べる前ならば、食欲をコントロールするのはそれほど難しくないので、その時点で食べる量を決めてしまい、(中身が多く見える)小さな皿に盛りつけ、それ以外はすぐに片づけて、目の届く範囲から隠せばいいことが分かってきました。

 

まあ、本当に腹が減っているときは、そんな小細工をしてもムダで、すぐにその一皿を食べ尽くし、席を立って自分で「おかわり」を盛りつけにいくだけのことなので、いつも成功するわけではないのですが、手が届くところに余計な食べ物を置かないようにすれば、何も考えずにそれを口にするような行動は止められるので、効果はかなり大きいといえます。

 

もちろん、私の意志の力がもっと強ければ、小腹が空いたくらいの理由で、いちいち何かを口に入れようとは思わないだろうし、そういう、間食を一切しないシンプルな生活を確立することができるなら、長い目で見て、心身にいい影響を与えることができるのかもしれません。

 

ただ、個人的には、間食をする「だらしなさ」くらいは、自分に許してあげたい気がします。というか、何もかもきっちりとした禁欲的な生活みたいなのは、きっと私には無理でしょう。

 

実際、これまでに何度もそういう「だらしなさ」への誘惑に負け続け、どんどん生活がルーズになり、さすがに無視できない状況になってから、ようやく決意して少しだけ立て直す、みたいな展開を繰り返してきました。

 

その中で、「分かっちゃいるけどやめられない」行動を何とかコントロールしようとするなら、いきなり力づくで抑圧するよりも、まずは、自分の陥りがちな行動パターンを観察して、いちばん楽に介入できそうなタイミングで行動を少しずつ変えていく方がいい、ということを学んできたのだと思います。

 

そして、同じことが、ネット上の膨大な情報への対応にも当てはまるかもしれません。

 

一つの記事は、別の関連記事へ、一つの動画は、別の関連動画へと芋づる式につながっているので、一つ読んだり、一つ見たりし始めると、次々にクリックして止まらなくなってしまいがちだし、ウェブサイトを運営する側だって、利用者がそういう風にいつまでも居座ってくれるよう、考えつくかぎりの巧妙な仕掛けを用意して待ち構えています。

 

だからこちらも、読みたい記事や見たい動画を、いったん「小皿に取り分ける」ようにした方がいいと思います。

 

例えば、ほんとうに読みたい記事や見たい動画だけをあらかじめ選び、それらをブックマークアプリなどに移すというひと手間をかければ、前のめりになっている気持ちをクールダウンできるし、芋づるも(ある程度は)断ち切ることができます。その後、アプリ経由で記事や動画に手をつけ、それらを見終わった時点ですぐに切り上げるような習慣を身につければ、クリック地獄にはまり込む恐れは少し減るし、クリック衝動をガマンするために、余計な意志力を費やす必要もなくなるでしょう。

 

ただし、こういう方法は、いつでもどこでも通用するわけではありません。

 

「小皿に取り分ける」やり方をしっかり身につけたとしても、そういう制約をかけられない場、つまり、ふつうの飲み会とか食事会の場で、目の前に料理がズラッと並んでいるようなときに、ちゃんと自制しつつ飲み食いできるようにはならないだろうし、むしろ、ふだんはガマンしているだけに、そういう場ではタガが外れてしまうかもしれません。

 

ネット上での情報摂取にしても、RSSリーダーを使った新着記事のチェックなど、毎日欠かさずやっているような作業なら、選んだ記事を常にブックマークアプリ経由で読むようにルーチン化すれば、欲求の暴走を多少は防ぐことができますが、それ以外の場合、例えば、急いで調べたいことがあったり、ちょっとしたニュースが入ってきたのをきっかけに、あれこれと記事を見始めてしまうようなケースでは、いつものパターン通りの自制ができず、ついそのままズルズルと深みにはまってしまったりします。

 

結局のところ、どんなときでも盤石な自己コントロールみたいなものを確立しようとするなら、特定の行動パターンを身につけるだけでは不十分で、自分の思考と行動を深いレベルで見つめ直し、自分の中の強烈な欲求がいったいどこから来ているのか、もっと本質的な気づきみたいなものを得なければならないような気がします。

 

ただ、そこまでいくと、ほとんど宗教的な修行に近くなってしまうし、だとすれば、口で言うのはともかく、実際にそれを実現するのは、とても難しいことなのかもしれません……。

 

 

JUGEMテーマ:日記・一般

at 19:41, 浪人, つれづれの記

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