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2010.01.31 Sunday
旅の名言 「自分はどこでも生きていくことができるという思いは……」
地続きでアジアからヨーロッパに向かったことで、地球の大きさを体感できるようになった。あるいは、こう言い換えてもよい。ひとつの街からもうひとつの街まで、どのくらいで行くことができるかという距離感を手に入れることができた、と。行ったのは香港からロンドンまでだったが、体の中にできた距離計に訊ねれば、それ以外の地域でも、地図上の一点から他の一点までどのくらいの時間で行けるかわかるようになった。
あるいは、私が旅で得た最大のものは、自分はどこでも生きていけるという自信だったかもしれない。どのようなところでも、どのような状況でも自分は生きていくことができるという自信を持つことができた。
しかし、それは同時に大切なものを失わせることにもなった。自分はどこでも生きていくことができるという思いは、どこにいてもここは仮の場所なのではないかという意識を生むことになってしまったのだ。
私は日本に帰ってしばらくは池上の父母の家にいたが、すぐに経堂でひとり暮らしを始めた。
夜、その部屋の窓から暗い外の闇を眺めていると、ふと、自分がどこにいるのかわからなくなる、ということが長く続いた。そこが自分の部屋であり、家なのに、旅先で泊まったホテルの部屋より実在感がないような気がしてならなかった。
『旅する力 ― 深夜特急ノート』 沢木 耕太郎 新潮社 より
この本の紹介記事
旅行記の名作『深夜特急』の著者である沢木耕太郎氏が、自らの半生を旅という切り口で振り返るエッセイ、『旅する力』からの引用です。
沢木氏は、ここで、『深夜特急』として描かれることになった20代のユーラシア大陸の長い旅で得たもの、そして失ったものについて深く思いをめぐらしています。
そして、その最後の部分、旅を終えて日本に帰ったとき、家であるはずの自分の部屋さえもが「仮の場所」に思えてしまった、つまり、自分にとってそこがホームだと言えるような、特別に親密な場所を失ってしまったという思いに、私は強く共感を覚えます。
私も、アジアを旅して日本に戻ったとき、同じような違和感がありました。旅を終えて、再びスタート地点に戻ってきたはずなのに、その場所は、かつてのような特別な重みを失ってしまっていて、まるで、次の旅までの一時的な中継点にすぎないように感じられて仕方がありませんでした。
もちろん、旅の途上で泊まり歩いた安宿にくらべれば、日本の住まいははるかに快適だし、日本語がどこでも通じるし、勝手知ったるおなじみの世界で生活する安心感というのは他の国では味わえないものです。
それに私の場合は、旅によって「自分はどこでも生きていけるという自信」を得たという沢木氏のような境地にまでは至っていません。
それでも、日本での住まいがあくまで「仮の場所」に見えてしまうという感覚は、否定しようもないほどはっきりしていたし、それは今なお消えることがありません。そしてまた、自分の中には常に、いずれはきっとここを出て、どこか別の場所に向かうだろうという予感があるのです。
どこにいても、そこが「仮の場所」であると思えてしまうこと、それは、裏を返せば、日本に戻ってからも、自分の内面ではずっと旅が続いているということです。
きっと、旅を続けているうちに、いつの間にか、日々の生活と旅が融け合ってしまい、どこからどこまでが旅で、どこからどこまでが日常生活かという区別がつかなくなってしまったのでしょう。それに、私は旅を通じて、一つの場所に縛られない自由の喜びに目覚めてしまったのだと思います。
ただ、それは同時に、深い帰属感をどこにも感じることのできない寂しさをもたらしました。もしかすると、ある場所が自分にとって何よりも特別だという感覚は、生きているかぎり、もう二度と味わえなくなってしまったのかもしれません。
もっとも、これは、長い旅だけが原因ではないという気もします。そこには、私自身の生い立ちや性格も、多少は影響しているのでしょう。
親の転勤で、子ども時代に何度か引っ越しをしたし、その後も、学校や仕事に合わせて何度も住所を変えました。だから私には、もともと自分の故郷と呼べるような場所がないし、多くの人にとっての故郷のように、特別な場所を深く思う気持ちも、それを失うことへの怖れも、本当の意味で感じたことがない気がします。
旅は、そうした、私自身の以前からの傾向を、よりはっきりとさせただけなのかもしれません。
ただ、アジアの国々を旅したことで、日本という島国全体に対する愛着みたいなものは非常に増した気がします。例えば、日本にしかない美しく繊細な風土や文化、そこに暮らす人々の真面目さや誠実さなど、日本を離れることで初めてその貴重さに気づいたものが多々ありました。
また、愛着というほどではないですが、これまで旅をしたアジアのさまざまな土地と、そこに生きる人々に対して、緩やかなつながりのようなものも感じるようになりました。
もしかすると、実家とか、自分の部屋とか、あるいは近所の見慣れた土地に対する特別な思いは、旅によって私自身の視野が多少なりとも広がったことで、日本やアジアの各地と、そこに暮らす人々に対する、緩やかな愛着のようなものに形を変えたのかもしれません。
もっとも、それによって失われた「大切なもの」のことを思うと、それが果たして自分にとってよかったのかどうか、よく分かりませんが……。
JUGEMテーマ:旅行
2010.01.25 Monday
旅の名言 「ひとり旅が不便だとつくづく思うのは……」
自由気ままなひとり旅に慣れてしまうと、誰かと行動をともにすることが難しくなる。ひとり旅ができる人といっしょなら、互いを頼りにしないから気分的に楽で、ウマが合う相手ならひとり旅より楽しいが、物事を深く考えるにはひとり旅のほうがいい。
ひとり旅だから困るということはあまりない。病気になったときは同行者がいれば心細くはないが、自分の病気のせいで同行者に迷惑をかけて申し訳ないという気持ちもあるから、良し悪しである。
ひとり旅で困ることはたいしてないが、不便なことはいくつかある。宿代、タクシー代が高くつく。食費が割高になり、料理のバラエティーが乏しい。数人で食事をすれば、つねにいくつかの料理が食べられるが、ひとりでは一品しか食べられない。食文化に興味がある者にとって、これは大きな欠点ではあるのだが、もし同行者が菜食主義者であったり好き嫌いが激しかったり、日本料理以外食べたがらないという人であったらかえって迷惑なので、これも良し悪しである。
ひとり旅が不便だとつくづく思うのは、駅や空港や列車内でトイレに行くときだ。とくに駅や空港では大きな荷物を持っていて、そういう荷物を持ってトイレの個室に入り、床は荷物を置けるような状態にないとき、「ふー」とため息をつく。荷物を両肩と首にぶらさげてしゃがみ込むときは、「誰かが荷物を見てくれたらなあ」とつくづく思う。長い旅のなかで、ひとり旅を不便だと思うのはそんな数分間だ。
『アジア・旅の五十音』 前川健一 講談社文庫 より
この本の紹介記事
アジアの旅にまつわる短い文章をアイウエオ順に並べたユニークな作品、前川健一氏の『アジア・旅の五十音』の、「ひとり旅」の項からの引用です。
旅に出かけるとき、誰かと一緒に行くか、一人で行くか、あるいは旅の途中でほかの旅人と行動をともにするかというのは、各人の好みのほかに、状況や相手次第という面もあるので、どれが最も面白いと一概に言えるものではありません。
それでも、あくまで個人的な趣味を言わせてもらえるなら、私も前川氏のように、好きなタイミングで、好きなところへ、自由気ままに動ける一人旅が好きだし、実際に旅に出るときはほとんど一人です。
ただし、その大きな自由には、それなりの代償があります。
冒頭に引用した短い文章の中で、前川氏がほとんど言いつくしているように、それは一人当たりの旅費が余計にかかることであったり、食事が単調で少々わびしくなることであったり、旅先で病気やアクシデントに見舞われたときのサポートがないなどといった不便です。
そして、移動中のトイレでの不便。これは、実際にそれを経験したことのある人なら大いに共感できるのではないでしょうか。
一人旅では、誰かに荷物を見張ってもらうことができないので、基本的にはどんな状況でも荷物から目を離すわけにはいきません。鉄道駅や空港なら、いざとなればカウンターに手荷物を預けることもできますが、アジアの田舎のバスターミナルやドライブインにはそのようなものはありません。
そういう場所で汚いトイレに入る時など、万が一、床や便器に荷物が落ちたりすれば大惨事は免れません。そんなとき、たった数分間でいいから、誰かが外で荷物を見ていてくれたらと切実に思うのです。
もっとも、寝台車や長距離バスに乗っているときなど、周囲の状況次第では、荷物を座席に残してトイレに行くこともあります。ただしそのときには、戻って来たら荷物が消えている可能性もゼロではないので、そのリスクと数分間の快適さとを天秤にかけ、それなりの覚悟をした上でそうするわけです。
あと、似たような状況ですが、私自身の経験からもうひとつ不便だと思うのは、ビーチで一人で泳ぐときでしょうか。
セキュリティの甘いバックパッカー向けコテージに泊まっているときなどは、泳いでいる間、部屋に貴重品などをすべて残していくのには不安が残ります。かといって、現金やパスポート、トラベラーズ・チェックなどを身につけて泳ぐわけにもいきません。
このブログにもかつて書いたことがあるのですが、私は一度、ビーチで泳ぐときにツアーガイドについ貴重品を預けてしまい、目を離しているスキに現金を抜き取られた苦い経験があります。ビーチでの貴重品の管理について、過剰なまでに慎重になってしまうのは、そのせいもあるのでしょう。
記事 「お金を盗られた話」
仕方がないので、私はいつも、貴重品をバックパックや部屋の中に分散して隠し、万が一どれかを盗られてもその時点で無一文になってしまわないよう、涙ぐましい工夫をしています。まあ、そこまで頑張ったところで気休め程度の効果しかないと思いますが……。
もちろん、そういう心配が頭の片隅に残っているようでは、やはり時間を忘れて、心ゆくまで海でのんびり遊ぶ境地にはなれません。そして、そんなときはさすがに、誰か信頼できる旅仲間がいたら楽なのに……と、つくづく思うのです。
最後に、これは蛇足だとは思いますが、一人旅特有の危険について少し触れておきたいと思います。
たとえば、英語のガイドブックなどを読んでいると、旅先には悪意をもって旅人に近づいてくる人物がいて、彼らに一人旅だと悟られると、何らかの被害に遭う可能性が高まるので、(女性の場合は特に)そうならないよう、仮に一人旅をしていても、常に同行者がいるフリをしていた方がいい、なんて書いてあったりします。
私自身はこれまで、旅をしていて真剣に身の危険を感じた経験がないので、そういう警告はちょっと大げさだという気がするのですが、旅人が犠牲者となる事件が皆無ではない以上、そうした警告を全く無視することもできないのかもしれません。
たしかに一人旅の場合、重大なアクシデントに巻き込まれた場合のバックアップがないわけで、理屈としては、それが何らかの悲劇の潜在的なリスクを高めるということは考えられます。
ただ、そういうケースは非常にまれなことだし、旅人の心がけと行動次第で、意識的に危険を避けることもできます。それに、そもそもリスクのない旅など存在しない以上、安心と安全ばかりを追求していけば、旅に出られなくなってしまいます。
月並みな結論ではありますが、旅人は、旅に伴うリスクと、安全確保のために失われる自由や面白さを天秤にかけたうえで、結局のところ、それぞれが自分に最もふさわしい旅のスタイルを選ぶことになるのでしょう……。
2010.01.19 Tuesday
おかげさまで600記事
先日、このブログの記事数が600を越えました。
今までこのブログを読んで下さった皆様、どうもありがとうございました。
600記事といっても、別に膨大というほどの数ではないのですが、何年もかけて少しずつ書いてきたので、最初の頃にどんなことを書いたのか、すでに忘れてしまっています。リンクを貼るときなど、たまに一部を読み返すと、何だか自分が書いた文章だとは思えなかったりして驚くことがあります。
特に、本の紹介記事にその傾向が強いのは、どんな本でも、読んだ直後には内容や著者の文体にかなりの影響を受けているからなのでしょう。記事を書いている時点では、多かれ少なかれ、本の世界が私の中に入り込んでいて、ふだんの自分とは違う状態になっているのだと思います。
ブログを始める前は、読んだ本の記録をつけることもなかったので、読後のそういう微妙な感覚みたいなものは、ほとんど自覚もされないまま、いつの間にか消え去っていたはずです。こうして記録を残すようになったことで、日記同様、当時の自分の状態を後で振り返ることができるのは、それが何かの役に立つわけではないのですが、とても面白いことだと思います。
まあ、それはともかく、このブログがまだ続いていることに、我ながらちょっと驚いています。マンネリを感じつつも、ペースを落としつつも、ブログを中断しなかったのは、自分でもあまり気がついていないところで、ブログを書くことに、それなりの意味を感じるようになったということなのでしょうか……。
一応「旅」を中心テーマとしているにもかかわらず、ネタといえば昔の旅の思い出話くらいで、あまりパッとしないブログですが、これまで何かの縁でこのサイトを訪れ、貴重な時間を割いて記事を読んで下さった方々には、重ねてお礼を申し上げます。
今後とも、このブログをどうぞよろしくお願いいたします。
今までこのブログを読んで下さった皆様、どうもありがとうございました。
600記事といっても、別に膨大というほどの数ではないのですが、何年もかけて少しずつ書いてきたので、最初の頃にどんなことを書いたのか、すでに忘れてしまっています。リンクを貼るときなど、たまに一部を読み返すと、何だか自分が書いた文章だとは思えなかったりして驚くことがあります。
特に、本の紹介記事にその傾向が強いのは、どんな本でも、読んだ直後には内容や著者の文体にかなりの影響を受けているからなのでしょう。記事を書いている時点では、多かれ少なかれ、本の世界が私の中に入り込んでいて、ふだんの自分とは違う状態になっているのだと思います。
ブログを始める前は、読んだ本の記録をつけることもなかったので、読後のそういう微妙な感覚みたいなものは、ほとんど自覚もされないまま、いつの間にか消え去っていたはずです。こうして記録を残すようになったことで、日記同様、当時の自分の状態を後で振り返ることができるのは、それが何かの役に立つわけではないのですが、とても面白いことだと思います。
まあ、それはともかく、このブログがまだ続いていることに、我ながらちょっと驚いています。マンネリを感じつつも、ペースを落としつつも、ブログを中断しなかったのは、自分でもあまり気がついていないところで、ブログを書くことに、それなりの意味を感じるようになったということなのでしょうか……。
一応「旅」を中心テーマとしているにもかかわらず、ネタといえば昔の旅の思い出話くらいで、あまりパッとしないブログですが、これまで何かの縁でこのサイトを訪れ、貴重な時間を割いて記事を読んで下さった方々には、重ねてお礼を申し上げます。
今後とも、このブログをどうぞよろしくお願いいたします。
JUGEMテーマ:日記・一般
2010.01.13 Wednesday
『道の先まで行ってやれ! ― 自転車で、飲んで笑って、涙する旅』
評価 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
この本は、自転車による世界一周旅行記『行かずに死ねるか!』の著者、石田ゆうすけ氏の最新作です。
彼は、世界一周を終えてから数年もの間、自転車の旅をしていなかったそうなのですが、雑誌に旅行記を連載する仕事が決まったのを機に、チャリダー(自転車で旅する人)としての旅を再開しました。
この本に収められた旅は、いずれも数日間と短いのですが、沖縄の離島から北海道まで、彼の興味の赴くまま、日本各地を自由に旅するバラエティ豊かなもので、ロマンティストで、うまい食事ときれいなお姉さんには目がない彼が、笑いあり涙ありの、ユニークで中身の濃い旅を展開しています。
数年のブランクのせいもあるのか、冒頭の数回の旅は、何となく様子見というか、慣らし運転をしているようなところがあって、石田氏の関心の向けどころにしても、旅の展開にしても、ちょっとありきたりな印象を受けてしまうのですが、旅を重ねるうちに、やがて彼は熟練した旅人の感覚をしっかり取り戻したようで、後半ではその本領を発揮し、彼らしい、生き生きとした旅を見せてくれます。
それにしても、彼は、旅先でちょっと目に留まった変わった店や、地元の人とのふとした会話など、ささやかなきっかけをとらえて、それを面白い体験に発展させていくのが本当にうまいと思います。
こういうのは、ただ当てずっぽうにやってもうまくいかないことが多いのですが、彼の場合は、豊富な旅の経験に照らし合わせながら、旅で鍛えた直感や、内面の微妙な感情に素直に従うことで、おいしい展開になりそうな芽を、逃さずにつかまえることができるのでしょう。
そしてそれは、結局のところ、石田氏が、この世界のいたるところにポジティブなものを見出し、面白がることのできる才能があるということなのだと思います。
この本を読んでいると、自分のペースで旅を組み立てられ、あちこち自在に動き回れて、地元の人とも心理的に近づくことのできる自転車旅行の面白さがしっかりと伝わってきます。
誰もが石田氏のように旅することはできないのでしょうが、私もいつか、自転車で自由な旅をしてみたいという気持ちになりました。
石田ゆうすけ著 『行かずに死ねるか! ― 世界9万5000km自転車ひとり旅』 の紹介記事
本の評価基準
以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。
★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします
JUGEMテーマ:読書
この本は、自転車による世界一周旅行記『行かずに死ねるか!』の著者、石田ゆうすけ氏の最新作です。
彼は、世界一周を終えてから数年もの間、自転車の旅をしていなかったそうなのですが、雑誌に旅行記を連載する仕事が決まったのを機に、チャリダー(自転車で旅する人)としての旅を再開しました。
この本に収められた旅は、いずれも数日間と短いのですが、沖縄の離島から北海道まで、彼の興味の赴くまま、日本各地を自由に旅するバラエティ豊かなもので、ロマンティストで、うまい食事ときれいなお姉さんには目がない彼が、笑いあり涙ありの、ユニークで中身の濃い旅を展開しています。
数年のブランクのせいもあるのか、冒頭の数回の旅は、何となく様子見というか、慣らし運転をしているようなところがあって、石田氏の関心の向けどころにしても、旅の展開にしても、ちょっとありきたりな印象を受けてしまうのですが、旅を重ねるうちに、やがて彼は熟練した旅人の感覚をしっかり取り戻したようで、後半ではその本領を発揮し、彼らしい、生き生きとした旅を見せてくれます。
それにしても、彼は、旅先でちょっと目に留まった変わった店や、地元の人とのふとした会話など、ささやかなきっかけをとらえて、それを面白い体験に発展させていくのが本当にうまいと思います。
こういうのは、ただ当てずっぽうにやってもうまくいかないことが多いのですが、彼の場合は、豊富な旅の経験に照らし合わせながら、旅で鍛えた直感や、内面の微妙な感情に素直に従うことで、おいしい展開になりそうな芽を、逃さずにつかまえることができるのでしょう。
そしてそれは、結局のところ、石田氏が、この世界のいたるところにポジティブなものを見出し、面白がることのできる才能があるということなのだと思います。
この本を読んでいると、自分のペースで旅を組み立てられ、あちこち自在に動き回れて、地元の人とも心理的に近づくことのできる自転車旅行の面白さがしっかりと伝わってきます。
誰もが石田氏のように旅することはできないのでしょうが、私もいつか、自転車で自由な旅をしてみたいという気持ちになりました。
石田ゆうすけ著 『行かずに死ねるか! ― 世界9万5000km自転車ひとり旅』 の紹介記事
本の評価基準
以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。
★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします
JUGEMテーマ:読書
2010.01.07 Thursday
『密航屋』
評価 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
この本は、バンコクを拠点とする密航ビジネスに数年間たずさわった日本人が、その仕事について詳細に綴った異色の手記です。
著者の野村宏之氏は、タイで立ちあげたばかりの事業を1997年のアジア通貨危機で失い、バンコクの闇社会に対して巨額の借金を抱えたため、心ならずも密航稼業に足を踏み入れることになります。
彼に与えられた仕事は「人間の運び屋」、つまり、欧米諸国での就労機会を求めて密入国を企てる中国人と同じ飛行機に乗り込み、彼らの入管突破や亡命をサポートする「馬」と呼ばれる役割でした。
中国人にカタコトの言葉を教え込み、変造パスポートを持たせてそれらしい身なりをさせ、日本人や台湾人、あるいは裕福なタイ人などに化けさせると、警戒の手薄な国や空港、航空路線を複雑に経由し、何度も関門を潜り抜けながら、目的の国へジワジワと近づいていくのです。
この本には、密航の具体的な手口や特殊な専門用語、エージェントの受け取る報酬など、当事者でなければ知りえない内容が明かされている上に、航空会社や入管との攻防が、密航者側の視点からスリリングに描かれていて、読んでいると、コトの善悪は別として、その独特の世界につい引き込まれてしまいます。
また、どこまでが本心で、どこからが演技なのか、ちょっと測りかねる野村氏のキャラクターや、クセのある語り口もまた、怪しい雰囲気を際立たせています。
もちろん、いくらその道のプロといえど、仕事として何度も密航を企てれば、いつかは失敗することもあります。彼はタイや他の国々の入管でブラックリストに載ったあげく、ついに南アフリカで収監されることになるのですが、その獄中体験記もまた、彼の個性のにじみ出るユニークなものです。
こうした闇社会の体験記というのが、どこまで事実に基づいているのかは、私たちには知る由もないし、実際のところ、場面の細かな描写については多少の脚色も加えられているのでしょう。
そのあたりは割り引いて受け取る必要があるのでしょうが、それでも、普通に旅しているかぎり、たぶん一生知る機会のないような「日蔭のツーリズム」の世界を詳しく教えてくれるという点で、この本はとても貴重な存在だと思います。
それにしても、二つの世界の境界としての国境という場所、「光と影が鬩ぎあうトワイライトゾーン」は、矛盾に満ちた人間社会の現実や、単純に白黒で割り切ることのできない、人間の心のアンビバレントな部分を浮き彫りにしてしまうようです。
例えば、「馬」と呼ばれる密航の仕事は、世界中で通用する「先進国」のパスポートという特権と信用を最大限に利用して、各国の当局の目を欺くものですが、その一方で、万が一仕事をしくじり、どこかの国で身柄を拘束されるようなことにでもなれば、今度は逆に、自分の国の大使館や領事館など、その当局に庇護を求めざるを得なくなるのです。
そして、そんな自らの稼業を、野村氏は「どんなダンディズムとも無縁の代物」だったと断じているのですが、一方で、「誰を殺傷するわけでもなく、法律を相手にポーカーゲームに興じているような」面白さをそこに感じたこともあったことを、正直に告白しています。
また彼は、自分の顧客とはいえ、無知でガサツなふるまいを見せる密航者たちに対して嫌悪の念を抱きながら、一方では、経済的な自由を求め、何度失敗しても、どんなにリスクを背負ってでも新天地を目指そうとする彼らの、本能的ともいえるたくましさとその強い執念に、同じ人間として感動を覚えてもいるのです。そのためか、野村氏の行動には、そんな彼らに対する一抹の義侠心のようなものが感じられます。
そして何より、この本を読んでいると、私たち「先進国」の人間が現在、当たり前のこととして享受している世界的な移動の自由というものが、他の地域の人々には存在しないのだということ、そして、仮に人間として同じ潜在的な能力をもっていても、たまたま生まれた国の国際的な評価や信用というものが、個人の人生や、その経済的な成功の可能性を大きく左右してしまうという重い現実が強烈に迫ってくるのです。
野村氏のクセのあるキャラクターを含め、この本についてはきっと評価が分かれるだろうという気がしますが、一般の旅行者が窺い知ることのできない異世界を垣間見させてくれるという点で、非常にユニークな本だと思います。
ただし、この手記に描かれているのはすべて、2001年にあの同時多発テロが起きる以前のエピソードです。現在の国際航空路線での厳戒態勢の中では、この本のような、ある意味では牧歌的ともいえる密航の手口が成立するとはとても思えません。
それでも、豊かさを求めて欧米諸国や日本をめざす大勢の人間が存在する限り、その道のプロの手によって、警戒システムの隙をつくような新たな手口が生み出されていくのでしょう。そして、その善悪は別として、今も新たな密航者たちが、世界の空港を舞台に、人生を賭けた一世一代の旅に挑んでいるはずです……。
本の評価基準
以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。
★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします
JUGEMテーマ:読書
この本は、バンコクを拠点とする密航ビジネスに数年間たずさわった日本人が、その仕事について詳細に綴った異色の手記です。
著者の野村宏之氏は、タイで立ちあげたばかりの事業を1997年のアジア通貨危機で失い、バンコクの闇社会に対して巨額の借金を抱えたため、心ならずも密航稼業に足を踏み入れることになります。
彼に与えられた仕事は「人間の運び屋」、つまり、欧米諸国での就労機会を求めて密入国を企てる中国人と同じ飛行機に乗り込み、彼らの入管突破や亡命をサポートする「馬」と呼ばれる役割でした。
中国人にカタコトの言葉を教え込み、変造パスポートを持たせてそれらしい身なりをさせ、日本人や台湾人、あるいは裕福なタイ人などに化けさせると、警戒の手薄な国や空港、航空路線を複雑に経由し、何度も関門を潜り抜けながら、目的の国へジワジワと近づいていくのです。
この本には、密航の具体的な手口や特殊な専門用語、エージェントの受け取る報酬など、当事者でなければ知りえない内容が明かされている上に、航空会社や入管との攻防が、密航者側の視点からスリリングに描かれていて、読んでいると、コトの善悪は別として、その独特の世界につい引き込まれてしまいます。
また、どこまでが本心で、どこからが演技なのか、ちょっと測りかねる野村氏のキャラクターや、クセのある語り口もまた、怪しい雰囲気を際立たせています。
もちろん、いくらその道のプロといえど、仕事として何度も密航を企てれば、いつかは失敗することもあります。彼はタイや他の国々の入管でブラックリストに載ったあげく、ついに南アフリカで収監されることになるのですが、その獄中体験記もまた、彼の個性のにじみ出るユニークなものです。
こうした闇社会の体験記というのが、どこまで事実に基づいているのかは、私たちには知る由もないし、実際のところ、場面の細かな描写については多少の脚色も加えられているのでしょう。
そのあたりは割り引いて受け取る必要があるのでしょうが、それでも、普通に旅しているかぎり、たぶん一生知る機会のないような「日蔭のツーリズム」の世界を詳しく教えてくれるという点で、この本はとても貴重な存在だと思います。
それにしても、二つの世界の境界としての国境という場所、「光と影が鬩ぎあうトワイライトゾーン」は、矛盾に満ちた人間社会の現実や、単純に白黒で割り切ることのできない、人間の心のアンビバレントな部分を浮き彫りにしてしまうようです。
例えば、「馬」と呼ばれる密航の仕事は、世界中で通用する「先進国」のパスポートという特権と信用を最大限に利用して、各国の当局の目を欺くものですが、その一方で、万が一仕事をしくじり、どこかの国で身柄を拘束されるようなことにでもなれば、今度は逆に、自分の国の大使館や領事館など、その当局に庇護を求めざるを得なくなるのです。
そして、そんな自らの稼業を、野村氏は「どんなダンディズムとも無縁の代物」だったと断じているのですが、一方で、「誰を殺傷するわけでもなく、法律を相手にポーカーゲームに興じているような」面白さをそこに感じたこともあったことを、正直に告白しています。
また彼は、自分の顧客とはいえ、無知でガサツなふるまいを見せる密航者たちに対して嫌悪の念を抱きながら、一方では、経済的な自由を求め、何度失敗しても、どんなにリスクを背負ってでも新天地を目指そうとする彼らの、本能的ともいえるたくましさとその強い執念に、同じ人間として感動を覚えてもいるのです。そのためか、野村氏の行動には、そんな彼らに対する一抹の義侠心のようなものが感じられます。
そして何より、この本を読んでいると、私たち「先進国」の人間が現在、当たり前のこととして享受している世界的な移動の自由というものが、他の地域の人々には存在しないのだということ、そして、仮に人間として同じ潜在的な能力をもっていても、たまたま生まれた国の国際的な評価や信用というものが、個人の人生や、その経済的な成功の可能性を大きく左右してしまうという重い現実が強烈に迫ってくるのです。
野村氏のクセのあるキャラクターを含め、この本についてはきっと評価が分かれるだろうという気がしますが、一般の旅行者が窺い知ることのできない異世界を垣間見させてくれるという点で、非常にユニークな本だと思います。
ただし、この手記に描かれているのはすべて、2001年にあの同時多発テロが起きる以前のエピソードです。現在の国際航空路線での厳戒態勢の中では、この本のような、ある意味では牧歌的ともいえる密航の手口が成立するとはとても思えません。
それでも、豊かさを求めて欧米諸国や日本をめざす大勢の人間が存在する限り、その道のプロの手によって、警戒システムの隙をつくような新たな手口が生み出されていくのでしょう。そして、その善悪は別として、今も新たな密航者たちが、世界の空港を舞台に、人生を賭けた一世一代の旅に挑んでいるはずです……。
本の評価基準
以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。
★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします
JUGEMテーマ:読書
2010.01.01 Friday
謹賀新年 2010
新年、明けましておめでとうございます。
昨年も、世の中は不景気なニュースであふれ、何だかなあ、という感じではありましたが、こんなときでも、時間というのは着実に進んでいくもので、いつの間にか、こうして再び新しい一年がやってきました。
みんな一年の初めには、新たな期待と抱負に満ち、すがすがしい思いで未来に向かうはずなのに、その一年が終わるころになると、忘年会で酒をガブ飲みして忘れたいことだらけになってしまうのは、一体どうしてなのでしょう?
まあ、毎年同じことを繰り返しているというのは、結局のところ、それが私たちのありのままの姿なのであって、無理して背伸びをしてみても仕方がないということなのかもしれません。
ただ、無駄だと薄々気がついていても、新しいことにチャレンジしたり、未来に希望を抱いてみたりするのは、決して悪いことではないと思います。
少なくとも一年が終わってみるまでは、何が起こるか誰にも分からないわけだし、具体的な目標をもって日々を過ごせば、それが達成できるかどうか、ワクワク感も楽しめるのではないでしょうか。
それにしても、今年の日本には、どんな出来事が待っているのでしょう。
2010年が、皆様にとって、楽しく、実り豊かな一年でありますよう、お祈り申しあげます。
そして、ついでに、今年もこのブログをよろしくお願いいたします……。
JUGEMテーマ:日記・一般
昨年も、世の中は不景気なニュースであふれ、何だかなあ、という感じではありましたが、こんなときでも、時間というのは着実に進んでいくもので、いつの間にか、こうして再び新しい一年がやってきました。
みんな一年の初めには、新たな期待と抱負に満ち、すがすがしい思いで未来に向かうはずなのに、その一年が終わるころになると、忘年会で酒をガブ飲みして忘れたいことだらけになってしまうのは、一体どうしてなのでしょう?
まあ、毎年同じことを繰り返しているというのは、結局のところ、それが私たちのありのままの姿なのであって、無理して背伸びをしてみても仕方がないということなのかもしれません。
ただ、無駄だと薄々気がついていても、新しいことにチャレンジしたり、未来に希望を抱いてみたりするのは、決して悪いことではないと思います。
少なくとも一年が終わってみるまでは、何が起こるか誰にも分からないわけだし、具体的な目標をもって日々を過ごせば、それが達成できるかどうか、ワクワク感も楽しめるのではないでしょうか。
それにしても、今年の日本には、どんな出来事が待っているのでしょう。
2010年が、皆様にとって、楽しく、実り豊かな一年でありますよう、お祈り申しあげます。
そして、ついでに、今年もこのブログをよろしくお願いいたします……。
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