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2016.02.25 Thursday
『猫町』
評価 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
『猫町』は、北越地方の温泉宿に泊まっていた主人公の「私」が、山の中で道を見失い、奇妙な町に迷い込んでしまうという内容の短編小説です。
昔の作品で著作権が切れているので、上記の Kindle や、青空文庫で読むことができます。
青空文庫 萩原朔太郎『猫町』
いちおう物語の最後にオチがあるのですが、前半の導入部分がネタバレみたいになっているので、エンターテインメントという点から見れば、あまり完成度は高くないのかもしれません。
ただ、個人的には、物語そのものよりも、作者が主人公に託した問題意識が、現代の旅人が置かれた状況を先取りしているようで、とても興味深く感じられます。
主人公の「私」は、旅をするうちに、どこへ行っても、結局は同じような人間の、同じような生活があるだけだと思うようになり、旅への憧れを失ってしまいます。「無限の退屈した風景」に飽きた彼は、もっと自由な世界を求めるあまり、ついにはドラッグにのめり込んでいくのですが、このあたりについては、作者自身の体験が反映されているようです。
ウィキペディア 「萩原朔太郎」
この作品が書かれた1930年代には、仕事以外で飽きるほど旅に出かけられる人間など、ごく一部の有閑階級だけだっただろうし、別世界を求めてドラッグに手を出す設定にしても、それ自体がむしろ別世界の話だと感じた読者の方が多かったのではないかと思います。
ところが、時代は変わり、今やその気になりさえすれば、普通の日本人が世界各地を旅することも夢ではなくなりました。長い休みのたびに旅行を楽しむ人はめずらしくないし、バックパッカーとして長い放浪の旅に出る人もいます。
そうした旅人の中には、何度も旅を重ねるうちに、主人公の「私」のように旅に飽き、旅への憧れの気持ちをなくしてしまった人もいるかもしれません。
また、長年にわたるグローバル化によって消費社会のシステムが世界の隅々にまで浸透したことで、どこに行っても同じような店や商品を見かけるようになり、現地の人も私たちと似たような生活をし、似たようなことを考えるようになりつつある、という傾向もあります。
さらに、マスメディアやインターネットを通じて大量の情報を浴び続けているせいか、苦労して出かけて行った旅先で、新鮮な体験を楽しむどころか、過去にどこかで見たものを再確認しているような感覚に襲われ、幻滅してしまう旅人もいるかもしれません。
少し大げさな言い方かもしれませんが、現代においては、ここではないどこか別の場所への無邪気な憧れみたいなものを抱き続けるのがどんどん難しくなりつつあり、結果的に旅からロマンチックな要素が消えつつあり、望むと望まないとにかかわらず、多くの人が、『猫町』の主人公のような状況になりつつあるような気がします。
とはいえ、私たちは、小説の登場人物みたいに、ドラッグに手を出すわけにもいきません。
たぶん私たちは、それでも世界のどこかに何か素晴らしいモノや体験が残されているはずだと信じて、がむしゃらに世界を駆け回るよりも、そうやって常に心の渇きを覚え、何かを求めずにはいられない自分自身の内面にこそ目を向けてみるべきなのでしょう。
この小説の中では、身近な世界をそのままで別世界に変える一つのヒントとして、「景色の裏側」を見るというキーワードが示されていますが、それ以外にも、私たちがこれまでの生活を通じて無意識のうちに身につけてきた価値観や世界観にちょっとした変化が加わるだけで、世界は劇的に違って見えてくるはずです。
そうやって、自らの内面に揺さぶりをかけ続けるような旅ができるのなら、きっといつまでも退屈とは無縁でいられるだろうし、あるいは、さらに深く自身の内面を見つめ直していくうちに、いつしか、ここではないどこかへの激しい渇望感に囚われることもなくなり、そもそも旅に出る必要すらなくなっていくのかもしれません……。
本の評価基準
以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。
★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします
JUGEMテーマ:読書
『猫町』は、北越地方の温泉宿に泊まっていた主人公の「私」が、山の中で道を見失い、奇妙な町に迷い込んでしまうという内容の短編小説です。
昔の作品で著作権が切れているので、上記の Kindle や、青空文庫で読むことができます。
青空文庫 萩原朔太郎『猫町』
いちおう物語の最後にオチがあるのですが、前半の導入部分がネタバレみたいになっているので、エンターテインメントという点から見れば、あまり完成度は高くないのかもしれません。
ただ、個人的には、物語そのものよりも、作者が主人公に託した問題意識が、現代の旅人が置かれた状況を先取りしているようで、とても興味深く感じられます。
主人公の「私」は、旅をするうちに、どこへ行っても、結局は同じような人間の、同じような生活があるだけだと思うようになり、旅への憧れを失ってしまいます。「無限の退屈した風景」に飽きた彼は、もっと自由な世界を求めるあまり、ついにはドラッグにのめり込んでいくのですが、このあたりについては、作者自身の体験が反映されているようです。
ウィキペディア 「萩原朔太郎」
この作品が書かれた1930年代には、仕事以外で飽きるほど旅に出かけられる人間など、ごく一部の有閑階級だけだっただろうし、別世界を求めてドラッグに手を出す設定にしても、それ自体がむしろ別世界の話だと感じた読者の方が多かったのではないかと思います。
ところが、時代は変わり、今やその気になりさえすれば、普通の日本人が世界各地を旅することも夢ではなくなりました。長い休みのたびに旅行を楽しむ人はめずらしくないし、バックパッカーとして長い放浪の旅に出る人もいます。
そうした旅人の中には、何度も旅を重ねるうちに、主人公の「私」のように旅に飽き、旅への憧れの気持ちをなくしてしまった人もいるかもしれません。
また、長年にわたるグローバル化によって消費社会のシステムが世界の隅々にまで浸透したことで、どこに行っても同じような店や商品を見かけるようになり、現地の人も私たちと似たような生活をし、似たようなことを考えるようになりつつある、という傾向もあります。
さらに、マスメディアやインターネットを通じて大量の情報を浴び続けているせいか、苦労して出かけて行った旅先で、新鮮な体験を楽しむどころか、過去にどこかで見たものを再確認しているような感覚に襲われ、幻滅してしまう旅人もいるかもしれません。
少し大げさな言い方かもしれませんが、現代においては、ここではないどこか別の場所への無邪気な憧れみたいなものを抱き続けるのがどんどん難しくなりつつあり、結果的に旅からロマンチックな要素が消えつつあり、望むと望まないとにかかわらず、多くの人が、『猫町』の主人公のような状況になりつつあるような気がします。
とはいえ、私たちは、小説の登場人物みたいに、ドラッグに手を出すわけにもいきません。
たぶん私たちは、それでも世界のどこかに何か素晴らしいモノや体験が残されているはずだと信じて、がむしゃらに世界を駆け回るよりも、そうやって常に心の渇きを覚え、何かを求めずにはいられない自分自身の内面にこそ目を向けてみるべきなのでしょう。
この小説の中では、身近な世界をそのままで別世界に変える一つのヒントとして、「景色の裏側」を見るというキーワードが示されていますが、それ以外にも、私たちがこれまでの生活を通じて無意識のうちに身につけてきた価値観や世界観にちょっとした変化が加わるだけで、世界は劇的に違って見えてくるはずです。
そうやって、自らの内面に揺さぶりをかけ続けるような旅ができるのなら、きっといつまでも退屈とは無縁でいられるだろうし、あるいは、さらに深く自身の内面を見つめ直していくうちに、いつしか、ここではないどこかへの激しい渇望感に囚われることもなくなり、そもそも旅に出る必要すらなくなっていくのかもしれません……。
本の評価基準
以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。
★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします
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