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Spotifyと「懐メロ」
音楽ストリーミングサービスの Spotify が、昨年の9月に日本でのサービスを開始してから、1年ほど経ちました。
数千万もの楽曲にアクセスできるとはいうものの、「大人の事情」で日本のアーティストの曲は限られているし、無料サービスの利用時間に上限があったり(再生する曲を自由に選べるのは、パソコンだと、1か月につき15時間まで、スマホはシャッフル再生のみ)しますが、とにかく無料でそれなりに楽しめるのはありがたく、ときどき使わせてもらっています。
Spotify には、各国別の人気曲やSNSで話題の曲、ジャンル別・シチュエーション別のプレイリストなどが用意されていて、とりあえず何のあてもなくても聴き始められるようになっています。また、Release Radar (各ユーザーの好みを反映させたプレイリストが毎週更新される)のように、新しい音楽と出合うきっかけを与えてくれそうな、面白い機能も無料で使えます。
もちろん、自分の聴きたい曲がはっきりしているなら、膨大な曲の中からピンポイントで検索することもできます。
ただ、これまで1年近くのあいだに、個人的に Spotify をどれくらい利用したかとなると、全部で十数回、時間にしても、トータルで数十時間に満たないのではないかと思います。これは、Spotify に問題があるということではなくて、単純に、私が音楽にあまり縁のない生活をしているからです。
若いころはともかく、最近はめっきり音楽を聴かなくなったし、それで平気になってしまいました。当然、今の世界の音楽の流れには全然ついていけてないのですが、歳をとったせいか、Spotify が面白そうな曲を教えてくれていても、そうした機能を生かして、自分にとって新しい音楽を積極的に開拓していこうという意欲が湧いてこないのです。
もしも、学生時代にこうしたサービスに出合っていたら、もっと気軽に新しい音楽を試し、その結果、日常生活の中で、音楽がもっと存在感をもつようになっていたのかもしれません。そういう意味では、Spotify のような素晴らしいサービスに出合うのが、ちょっと遅すぎたという残念さはあります。
それでも、Spotify に利用価値がないというわけではありません。
私のような人間でも、これまで生きてきた中で、ちょっとした思い出の曲とか、耳に残っている曲くらいならいくつもあります。学生時代によく耳にしたけれど、CDを買うほどではなかった曲とか、一時期はファンでけっこうCDを買ったりしたけれど、そのうちすっかり熱が冷め、すでにCDも処分してしまったアーティストの曲とか、異国の旅先で耳にタコができるくらい聞かされた曲とか……。要するに、「懐メロ」です。
ウィキペディア 「懐メロ」
そういう曲を面白半分に検索してみたら、海外の作品なら、けっこうな確率で曲と再会できることが分かり、うろ覚えのタイトルとかアーティスト名で検索したり、それでも分からなければ、当時のヒット曲をネットで調べてみたりして、しばらく懐メロを探しては、My Music(自分用の曲名リスト)に追加する作業を楽しく続けました。
自分用のリストを作り上げるまでに、多少の手間と時間はかかりますが、その面倒さえ厭わなければ、Spotify を自分専用の懐メロ再生機として使うことができます。懐メロは、たまに気が向いたときに聴けば十分満足できるので、無料サービスの上限時間(月に15時間)でも十分すぎるほどです。
そうやって、しばし懐メロに浸りながら、ふと、今の若い人たちにとっても、懐メロというものが存在し得るのだろうかと考えてしまいました。
懐メロというのは、ある時期、特に若い頃に、同じ曲を何度も繰り返し聴いて耳にこびりつくからこそ、後からその頃のさまざまな思い出や感情とともによみがえってくるものです。
昭和時代に青春を過ごした世代の多くは、今と比べれば、多様な音楽に触れる機会がなく、ラジオや街中で何度も同じ曲を聴いたり、録音したカセットテープをすり切れるまで再生するような環境でした。結果的に、一部の人気曲ばかりを耳にすることになりましたが、それがしっかりと耳に残ったことで、何十年後かに、当時を思い出すきっかけになってくれます。
しかし今では、あまりにもいろいろな曲を、ほとんどコストなしであれこれと聴くことができます。そういう環境でも、お気に入りの曲を、何度もしつこく聞いたりするものなのでしょうか? まあ、その辺りは人それぞれなのでしょうが、さまざまな曲を広く浅く聴いているような場合には、将来、それらが懐メロになることはないような気がします。
それに、かりに若い人たちそれぞれが、今現在、思い入れの深い曲を持っているとしても、その好みがバラバラであれば、たとえ同じ世代であっても、共通の懐メロを持つことはできないでしょう。
今の音楽のジャンルは細分化されているし、今後はさらに多様になっていくはずです。しかも、今、レコード会社が売り出している曲をみんなが聞いているわけではなく、多くの人が、Spotify などで知った、どこかの国の過去の曲に夢中になっているかもしれません。
だとしたら、これから数十年後に、みんながそろって感動できるような懐メロ番組を、テレビで放送するなどということはできなくなります。
でもまあ、今後は Spotify のような音楽ストリーミングサービスが、十分にその代わりをつとめてくれることになるのでしょう。実際、個人的に好きな曲だけを集めてプレイリストを作れるので、テレビの懐メロ番組よりも便利で感動できるという人も多いと思うし、将来、アーティストの映像なども見られるようになれば、もっと素晴らしいサービスになりそうです。
そして、さらに未来の世界では、きっとヴァーチャル・リアリティの技術も格段に進化して、Spotify よりもずっと面白いサービスが生まれることでしょう。そこでは、音楽以外のアイテムも含めて、自分にとって懐かしいもので満たされた、バーチャルな過去の世界、例えば、未来人にとっての『三丁目の夕日』みたいな、古き良き思い出にどっぷりと浸れる世界が個人向けに作り出され、その中に没入できるようになるかもしれません。
昔の人は、年末など、たまに放送されるテレビの懐メロ番組を心待ちにしたり、高いカネを払って当時のヒット曲集を買ったりするしかありませんでしたが、未来の人々は、人工知能の強力な助けを借りながら、自分専用にカスタマイズされた仮想世界に入り込んで、それこそタイムトラベルをしているような気分を味わえるようになるのかもしれません。
もしそんなことが可能になったら、若い人たちよりは、むしろ、ヒマを持て余した老人たちにとっての格好の娯楽になりそうですが……。
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