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『インドネシアの寅さん ― 熱帯の民俗誌』

評価 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください

この本は、インドネシアの「旅する売薬行商人・香具師(やし)」をテーマにした民俗誌です。

といっても、学術的な堅苦しいものではなく、旅行記・エッセイ風のくだけた文章なので、インドネシアやその民俗文化について予備知識のない人でも、それほど抵抗なく読めるのではないかと思います。

ただ、現在の日本では、「香具師」という言葉を聞いて、それがどんな仕事なのか想像できない人の方が多いかもしれません。

彼らは熱帯アジア特産の「秘薬」をたずさえて、小さな便船に揺られながら島から島へ行商の旅をやっている。それぞれが工夫した大道芸で客寄せをやりながら、大声で威勢のいい口上を述べて秘薬を売る。娯楽の少ない辺境の島々では、この香具師の大道芸は大変な人気で、当日の市場の「華」である。
 香具師たちは、町や村の安宿に泊まりながら、仲間内の情報を頼りに、この人出で賑わう巡回市や参詣人がよく集まる祭礼を訪ねて旅するのだ。その行商のやり方は、ひと昔前まで日本の縁日や夜店でよく見かけた「ガマのアブラ売り」とそっくりだ。いうならば、熱帯の島々を旅する「フーテンの寅さん」である。

もっとも、この本の中でも詳しく説明があるように、「フーテンの寅さん」は正確にいえば百貨売りのテキヤで、香具師そのものではありません。

著者の沖浦氏によれば、江戸時代の日本には「諸国妙薬」や「南蛮渡来の秘薬」を売り歩く香具師がいたのですが、明治維新後の製薬・売薬の国家管理と規制によって、彼らはオリジナルの生薬を売ることができなくなりました。

多くの香具師がテキヤへと商売を変えていくなか、近世香具師の唯一の生き残りといえる存在が「ガマのアブラ売り」でしたが、それも1970年代末には姿を消してしまったそうです。

それでも、インドネシアの辺境の島々にまで足を向ければ、明治以前の日本の香具師の姿を彷彿とさせるような、大道芸で客を集めて秘薬を売る行商人の姿を、今でも見ることができるのです。

この本は、日本人にあまりなじみのないインドネシア東部の島々の紹介や、そこに生きる香具師の姿とその仕事、彼らが最も活動的なスラウェシ島での調査の旅、さらには近世日本の香具師との比較など、なかなか盛りだくさんの内容です。

ところで、インドネシアの香具師は現在数千人といわれていますが、その出身地は、政治・経済・文化の中心であるジャワ島などのいわゆる「内島」ではなく、ほとんどがスラウェシ島・スマトラ島・ボルネオ島などの「外島」です。また、「海の民」ブギス族や、ボルネオ島の先住民であるダヤク族の出身者が多いともいわれています。

その背景には、広い海域に無数の島々が散在するインドネシアの自然条件や、東西からの複雑な文化流入のルート、島ごとに異なる多様な文化、独立後のインドネシアの政治経済的な構造など、さまざまな要因があるのですが、インドネシアでも非常にマイナーな存在である辺境の香具師に焦点を当てることで、「内島」という中心を見ているだけでは分からない、インドネシアの複雑で多様な姿が立体的に浮かび上がってくるのが、とても面白いと思いました。

また、香具師については、文献による記録がほとんどないことや、近代化の波にのまれて、インドネシアでも今まさに消えつつあることを考えると、この本はその姿を記録に残しておこうとする貴重な試みだと思います。

ただ、ノンフィクション好きの私としては、読んでいて少し物足りないような気がしました。こういうテーマの場合、例えば、香具師に弟子入りしてしばらく一緒に島々を巡業するとか、一人の香具師を長期間追いかけて、その暮らしや同業者のネットワークを克明に記録するとかの方が、はるかに面白い記録になるだろうと思います。

まあ、そう口にするのは簡単でも、実際問題として、文化人類学者のフィールドワークならともかく、売れるかどうかも分からない一冊の本の企画のために、そこまでの旅と取材をする人はいないのかもしれませんが……。


本の評価基準

 以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。

 ★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
 ★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
 ★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
 ☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします


JUGEMテーマ:読書

at 19:51, 浪人, 本の旅〜東南アジア

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『アジア・旅の五十音』

評価 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります

この本は、東南アジア庶民の食文化を網羅した『東南アジアの日常茶飯』などで知られるライターの前川健一氏が、アジアの旅にまつわるさまざまな言葉を、「あ」から「ん」まで50音順に配列したユニークな作品です。

「ガイドブック」「ドミトリー」「ひとり旅」「旅費」など、個人旅行に関するさまざまな用語から、「警官」「下痢」「怖い」「詐欺」といった旅のトラブル、「孤独」「ささやかなぜいたく」「旅の自慢」「ぬけ殻」「値切る」など、旅人の生態についての文章、また、「自己責任」「旅行と旅」など、旅についてちょっと考えさせられる項目もあれば、「雨」「ロウソク」「ワッパー」のように、心に残る旅先でのエピソードが描かれていたりします。

50音順に言葉を並べてあるといっても、辞典のように無味乾燥な用語集ではなく、どの項目にも前川氏の膨大な旅の体験がにじみ出ていて、しかもちょっとひねりが効いていて、読んでいて飽きません。

そして、読んでいるうちに、断片的な文章の堆積の向こうに、前川氏の独特の旅のスタイルや、価値観や世界観までもが浮かび上がってきます。

予定を決めず、片道だけの切符を手にし、観光地を避け、気の向くままにひとり旅を繰り返す彼のスタイルに憧れる読者は多いと思いますが、一方で、それは今の日本社会の主流である忙しい生き方とは相容れないところもあります。

彼のような旅をしたいと思っても、実際のところ、行動に踏み切れない人の方がずっと多いのではないでしょうか。そしてそれは、自分の好きなように旅を続けながら、どうやってメシを食っていけばいいのか、つまり、どうやって仕事と両立させるのかという、旅好きの人間にとっての一大難問が立ちはだかっているためかもしれません……。

ところで、この本の中でも触れられていますが、ひとり旅には、いろいろな物思いや、思考や、過去の記憶を誘うところがあります。

そして、そうした思考は、腰を落ち着け、何か一つのテーマについてじっくり探究していくというより、旅先の多彩な風物に触発されるせいか、関心がありとあらゆるテーマに広がっていくような気がします。あるいは、車窓の風景が次々と流れ去っていくように、ある記憶や思いがとりとめもなく心に浮かび、しばしのあいだ旅人の心をとらえ、やがて静かに消えていくような感じになるのではないでしょうか。

そう考えると、一見脈絡のない、さまざまなテーマの断片的な文章を集めたこの本の形式自体が、旅、とくにひとり旅を続ける旅人の内面そのものをリアルに表現したモデルであるような気もしてきます。

この本を読んでいると、旅行記やエッセイというより、もっと生々しい印象を受けるのは、そのせいなのかもしれません。もっとも、それは私にとって決して不快なものではなく、どこかアジアの安宿でくつろぎながら、あるいは屋台で料理をつつきながら、年季の入った旅人のよもやま話に耳を傾けているような楽しさを感じるということなのですが……。


本の評価基準

 以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。

 ★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
 ★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
 ★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
 ☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします



JUGEMテーマ:読書
 

at 19:10, 浪人, 本の旅〜東南アジア

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『マレー蘭印紀行』

Kindle版はこちら

 

評価 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります

 

この本は、今から80年ほど前、イギリス、オランダによる植民地支配が行われていた当時のマレーシア、シンガポール、インドネシアを巡った日本人の旅行記です。

この本の著者、詩人の金子光晴氏は、昭和3年(1928年)から7年(1932年)にかけて、妻を伴い、ほぼ4年間にわたる海外放浪に出ました。ここでは、その長きにわたる放浪のごく一部、ヨーロッパへの行き帰りに立ち寄ったマレー半島、ジャワ島、スマトラ島への旅が描かれています。

4年もの海外旅行と聞いて、金持ちの諸国漫遊かと思う方も多いかもしれませんが、金子氏は本文の中で、自分たちの旅を、「金もなく行きつくあてもない旅」であったと述べています。巻末の「解説」によれば、実際、彼の旅は、似顔絵や風景画を描いたりして細々と旅費を稼ぎながらの、先の見えない苦しい流れ旅だったようです。

それはともかく、この本のハイライトは、やはり、マレー半島のジャングルに船で分け入り、日本人が経営するゴム園や鉱山を訪ねるところでしょう。

今でこそ人類は自然環境を圧倒する勢いで、地球上の熱帯雨林自体がその消滅の危機にさらされているほどですが、80年前の当時は、比較的開発の進んでいたマレー半島でさえ、ジャングルの中に点在する開拓地に一歩踏み込めば、そこはいまだに猛獣や土匪が跳梁し、マラリアの蔓延する恐るべき場所だったようです。

しかしそんなジャングルにも、さまざまな事情や思惑から、故郷を遠く離れて「南洋」にたどり着いた日本人が暮らしていました。そしてまた、そこは、支配者としてのヨーロッパ人や、肉体労働者として苛酷な労働に携わるマレー人・中国人・インド人など、多様な人種や民族が入り交じる、人種のるつぼのようなところでもありました。

金子氏は、人間の営みを圧倒するような旺盛な生命力を見せつける熱帯の自然と、そこに生きるさまざまな人々の姿を、一言一句にまで繊細な神経の行き届いた文章で、感覚的に、美しく描き出しています。

当時、アジアが欧米の植民地支配にあえいでいたのはもちろんですが、彼が旅していたのは世界恐慌の前後で、現地はゴムの大暴落による不況にあえぎ、経済進出をめぐって各国の利害も激しくぶつかり合っていました。そんな当時の国際情勢も反映されているとはいえ、この旅行記全体からは、何か、この地上で人間として生き続けることへの、やり場 のない哀しみのようなものが濃厚に漂ってきます。

そしてそれは、社会のアウトサイダーとして、あてどなく世界をさまよう金子氏の境遇と、その内面をも映し出しているのでしょう。というより、彼は、当時の東南アジアの自然と社会の現実を素材として借りながらも、この旅行記によって、「金子ワールド」ともいうべき、美しくも哀しい、彼独自の心象風景を創造していたのだろうという気がします。

現在、急激な経済成長をとげつつある東南アジアの多くの国々では、意識的に観光ルートから外れ、一種の闇の領域にあえて踏み込まないかぎり、彼が80年前に見たような人々の悲惨な暮らしや、その深い哀しみを見出すのは難しいと思います。しかしむしろ、だからこそアジアを旅する人は、かつてそこがどんな世界だったかを知っておくという意味で、こうした昔の旅行記を読んでみる価値はあるかもしれません。

それと、こんな表現が適切かどうかは分かりませんが、金子氏は、あるいは、早すぎたヒッピーだったのかもしれないという気がします。戦前の日本の社会で、きっとものすごく窮屈な思いをしながらも、アウトサイダーとして世界を放浪し、しかしそれだけに終わらずに、自らの世界観や内面を、後世に残るような作品に結晶させた人物がいたことに改めて驚かされました。


本の評価基準

 以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。

 ★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
 ★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
 ★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
 ☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします



JUGEMテーマ:読書

 

 

at 18:41, 浪人, 本の旅〜東南アジア

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