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旅の名言 「すべてのうんざりするような交渉と災難は……」

 旅には、慣れていた。
 とは言っても、要領よく旅ができるという意味ではない。要領よく旅をすることは、この国ではほとんどできないことを知っている、という意味である。
 たとえおなじところにふたたび行っても、思わぬ事態にめぐりあうというのがインドである。この事情はインド人でも変わらない。すべてのうんざりするような交渉と災難は、インド人であろうと不案内な外国人であろうと、等しくふりかかってくる。だからインド人は、グルグル巻きにした巨大な旅行用フトンを片手に、さまざまな生活必需品をもう一方の手に、旅行の間中、怒鳴りちらしているのだ。

『インドの大道商人』 山田 和 講談社文庫 より
この本の紹介記事


インドで数百人の大道商人に取材し、彼らの日常の姿を写真とともに紹介した、山田和氏の『インドの大道商人』からの一節です。

パッケージツアーではなく、いわゆる個人旅行や自由旅行でインドを旅したことのある人なら、遅れてばかりいる公共交通機関や窓口の混乱、押し寄せる物売り、煩雑な値段交渉といったストレスの波状攻撃に疲労困憊した経験があるのではないでしょうか。また、旅先で思わぬトラブルに巻き込まれたり、とんでもない目に遭って途方に暮れたことも、一度か二度はあるはずです。

これはインドだけでなく、いわゆる開発途上国を旅する人なら誰もが体験することなのかもしれませんが、私自身の経験からいっても、インドの場合は、それが他の国以上に強烈に感じられるようです。

それでも、インドを何度も旅し、インドの人々とも長くつきあってきて、一般的な旅行者よりもはるかにインドに詳しいはずの山田氏のような人物でさえ、インドでは要領よく旅などできないのだと言われると、何だかちょっとホッとするような気がします。

インド人でさえストレスのあまり、「旅行の間中、怒鳴りちらしている」というのは、言われてみれば確かにそのとおりです。旅人は自分の身を守ることで精一杯なので、意外と気がつかなかったりするのですが、「すべてのうんざりするような交渉と災難は、インド人であろうと不案内な外国人であろうと、等しくふりかかって」いるのです。まるで自然災害みたいに……。

それを知ったからといって、別に旅人の置かれた状況が変わるわけでもないのですが、次から次へと襲いかかってくる災難に、何だか自分だけ狙い打ちされているのではないかと思ってしまいがちな外国人旅行者にとっては、フッと肩の力が抜けるような言葉であり、何か少し救われたような気がする人もいるのではないでしょうか。

インド的混沌の中で長く暮らし、勝手知ったるインド人でさえ、インドを旅するのはやっぱり大変なことなのです。一介の外国人旅行者がインドをスマートに旅することなんて無理だし、そんなことができる裏ワザなんていうものも存在しないのです。

だとしたら、「うんざりするような交渉と災難」こそが、避けられない旅の日常であると観念し、上品な旅人を演じようなどとジタバタするのをやめ、旅をするときは自分もインド的混沌の一部になり切るという、一種の開き直りというか、諦めの境地に達するしかないのかもしれません。

ただし、一般的な状況としては、旅の面倒や災難は、インド人に対しても外国人に対しても、雨やあられのように平等に降り注ぐものなのでしょうが、有名観光地や、観光スポットを結ぶ主要ルート上には、やはり不案内な外国人旅行者をカモにする「不良インド人」がいることも確かです。それについては、旅人は、早々と諦めの境地に達する以前に、そういう人々に対する現実的な対処のテクニックを身につける必要があるでしょう。

もっとも、インドを何度も旅し、そういうテクニックを覚える頃には、有名観光地なんかよりもはるかに面白い穴場を、いくつも見つけられるようになっているかもしれません。そして、そういう場所では「不良インド人」密度もずっと低いので、せっかく苦労して身につけたテクニックも必要がなくなってしまうのですが……。


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at 18:28, 浪人, 旅の名言〜土地の印象

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旅の名言 「いかにもインドらしい……」

 デリーでアジア競技大会の開催が近づいたころ、それまで街に溢れていた乞食がすっかり姿を消してしまった。しばらくして僕は、乞食たちがつぎつぎとトラックに乗せられ、三日分の食料とともに砂漠に捨てられたといううわさを聞いた。いかにもインドらしいうわさである。そのときは半信半疑だったが、それから数年して、それがどうやら事実らしいことを知った。
 ある信頼できる本がそのことに触れていたのと、僕の友人の友人である日本人が、インド人の乞食と間違えられ、当時のデリーで、じっさいトラックに積みこまれそうになったという話を聞いたからである。

『インドの大道商人』 山田 和 講談社文庫 より
この本の紹介記事

バックパッカーがインドでよく耳にする都市伝説の一つに、「デカン高原に捨てられた乞食」という話があります。

ある日突然、インド政府が街中の物乞い全員をトラックに乗せて連れ去り、デカン高原まで運んで捨ててきてしまったという、ちょっとありえないような話なのですが、その突き抜けた荒唐無稽さには、どこか「インドらしい」ところも感じられて、聞く人はなぜか、やっぱりインドって凄いよね、みたいに、妙に納得してしまったりするのです。

私はこの話を日本でも聞いたことがあるので、旅人の間だけの話というよりは、日本国内でもかなり広く知られた都市伝説なのでしょう。

しかし驚くべきことに、山田和氏は『インドの大道商人』の中で、これはどうも本当の話だったらしいと書いています。もっとも、「デカン高原」という地名については、話が伝わる中で尾ひれとしてつけ加えられたもののようですが……。

アジア競技大会がデリーで開催されたのは、1951年の第1回大会と1982年の第9回大会の2回ですが、山田氏がその時期にインドにいたということは、1982年ということになります。

1980年代といえば、伝説や歴史の時代ではなく、まさに現代です。日本人の常識からすればとても信じられない話ですが、世界のあちこちでは、今なお、私たちの通念をはるかに超える出来事が起きているようです。

ところで、今になって思うのは、この本に書かれた情報自体が、この都市伝説の流布に力を与えた可能性があるかもしれないということです。この本を読んで衝撃を受けた読者が、あちこちの酒の席などで話を広めたからこそ、日本の各地や、多くの旅人の間にこの話が伝わったとも考えられます。

ちなみにこの都市伝説には話の続きがあって、デカン高原に捨てられた物乞いのほとんどが、数カ月後、かつて暮らしていた街まで歩いて戻ってきたという「オチ」になっています。そこには、人間のたくましさや、ささやかな救いのようなものも感じられるのですが、これもまた、後からつけ加えられた創作部分に過ぎないのかもしれません。

本当のところはどうだったのでしょうか? 今、デリーの街で暮らしている物乞いの中には、もしかすると、30年近く前のアジア大会のとき、実際にその事件を生き延びたという人がいるのかもしれません……。


JUGEMテーマ:旅行

at 18:26, 浪人, 旅の名言〜土地の印象

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旅の名言 「日本で行き詰まった若者は、……」

 バンコクではカオサンのゲストハウスに向かった。そこではいろいろな日本人と出会った。そんななかに、これから日本語教師としてバンコクで生きていくという奴がいた。会社を辞めて、これから宝石の事業を立ち上げると息巻いている男もいた。そしてそのなかに、外こもり組がいた。
「そんな生き方があるのか……」
 カオサンで飛び交っていた話が、ひとつひとつ、なんの抵抗感もなく雅人のなかに入ってくるのがわかった。それぞれが口にする話には、雲をつかむような話や明らかな眉唾物もあったが、そんな話を口にする日本人は皆、同じ匂いを漂わせていた。全員が日本嫌いだった。正確にいえば、皆、日本の仕事を嫌っていた。日本という国に生きづらさを感じとってしまった若者たちだった。
 雅人のような若者にとってバンコクのカオサンは行ってはいけない場所だったのかもしれない。日本で行き詰まった若者は、カオサンに流れる空気に一気に染まっていってしまう。まるで赤子が手をねじられるようなものだった。直接手をねじる人がいるわけではない。カオサンに集まってきた若者たちが体から発散するエーテルのようなものにすぐに感化されていってしまうのだ。日本での閉塞をまとった若者たちは、誘蛾灯に集まる蛾のようにも映る。
「バンコクは面白い。直感でそう思いました。急に楽になったというか、救われたというか。バンコクに来て、なにか急に目の前が開けてきたような気がしたんです。この街にいたら、もうとやかくいわれないっていうような感じかな」


『日本を降りる若者たち』 下川 裕治 講談社現代新書 より
この本の紹介記事

「外こもり」と呼ばれるライフスタイルについて取材した、旅行作家の下川裕治氏の著作、『日本を降りる若者たち』からの一節です。

外こもりとは、派遣やアルバイトで集中的に金を稼ぎ、東南アジアなど物価の安い国で金がなくなるまでのんびりと生活する人々のことですが、彼らの間で最も人気の高い滞在地がバンコクです。中でもカオサン通り周辺は、世界各地からバックパッカーの集まる有名な安宿街で、外こもり組の姿も多く見られます。

冒頭の一節は、そんなカオサンにふらりとやってきた若者が、そこに集う日本人たちの醸し出す雰囲気に感化されていく典型的なパターンを描いています。

日本社会の中にしっかりと居場所を見出している人から見れば、カオサンのような混沌とした街に沈澱し、「雲をつかむような話や明らかな眉唾」を吹聴している人たちは、自分とは違う世界に生きる、うさん臭い連中に過ぎないのかもしれません。

しかし、日本で生きていくことに行き詰まったり、ひどい孤独感にさいなまれている人は、カオサンに集う人々の中に、何か自分と同じような匂いを嗅ぎつけてしまうのです。それに、日本を離れ、カオサンのような安宿街にひっそりと暮らしている限り、自分たちがどんな生き方をしていようと、それにケチをつけたり余計な説教をしてくるような人もいません。

そこには、日本で暮らすほどの便利さや快適さはないし、物価が安いといっても、彼らのほとんどが質素な倹約生活を強いられます。それでも、彼らがカオサンという小さな世界や、そこに集う人々に感じる安心感や解放感は、他に代えがたいものがあるのです。

もちろん、カオサンでの毎日に解放感を感じ、「なにか急に目の前が開けてきたような気」になったとしても、実際のところ、彼らの日本での人生に関して、何か新しい具体的な展望が開けるわけではありません。その気分の高揚は、カオサンの中でだけ感じていることのできる、あくまで一時的なものに過ぎないのです。

それでも、少なからぬ若者たちが、「カオサンに流れる空気に一気に染まっていってしまう」のは、どんな人間にもとりあえずの居場所を与え、受け入れてくれ、しかもそれなりに元気まで与えてくれる、カオサンのような不思議な雰囲気に満ちた場所が、日本にはほとんど存在しなくなってしまったからなのではないでしょうか。つまり、彼らには、そういう場所に対する「免疫」がないのです。

もしかすると、彼らの多くが、日本での厳しい生活の中で、そのような居場所を長いあいだ切実に欲していたのにもかかわらず、日本にいるときには決してめぐり合うことができなかったのではないでしょうか。だからこそ、彼らはカオサンのような場所にやってくると、そこに「何か」を感じ、すっかりハマってしまうのだともいえます。

あるいは、カオサンに沈澱する若者たちの醸し出す雰囲気が、少年時代、気の合う仲間どうしでグループを作って、何をするでもなくぶらぶらと時間を過ごしたり、見知らぬ場所にみんなで繰り出してみたり、ちょっとした悪ふざけをしたりしていた、あの懐かしい感覚を思い出させてくれるのかもしれません。

『日本を降りる若者たち』の中で、著者の下川裕治氏は、「カオサンという土地は、日本の合わせ鏡のような役割を担っているのかもしれない」とも書いています。日本を逃れるようにしてカオサンに集まってくる若者たちの姿は、日本が経済成長や物質的な豊かさを追求し、そのために効率よく機能する社会を作り上げることに熱中するあまり、いつの間にか社会から排除してしまった「何か」の存在を、おぼろげに映し出しているのかもしれません。

もっとも、だからといって、カオサンが現代の日本や欧米の若者にとっての理想郷なのかといえば、やはりとてもそのようには見えないのですが……。


JUGEMテーマ:旅行

at 19:09, 浪人, 旅の名言〜土地の印象

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