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『シッダールタ』

 

評価 ★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です

この物語の舞台は、何千年も前、ブッダが生きていたころのインドです。

バラモンの家に生まれた、美しく賢い少年シッダールタ。両親はもちろん、周囲のすべての人々からも愛されて育ちますが、やがて青年になった彼は、究極の自己である真我を求め、それを自ら体現することを目指し、彼の友ゴーヴィンダとともに家を捨てて沙門の生活に入ります。

それから数年、二人は森の沙門たちのもとで、自我を滅却するための苦行に打ち込むのですが、シッダールタの心の渇きはつのるばかりでした。

やがて、ブッダの名声を聞きつけた二人は、森を出て舎衛城のブッダのもとを訪れます。ゴーヴィンダはただちにブッダに帰依しますが、シッダールタは、あらゆる師や教えに従うことを拒んで、「自分自身への道」を歩もうとします。

彼はブッダともゴーヴィンダとも別れ、絶対的な孤独を感じながら、ただ一人遍歴を続けます。そして、ある町へたどり着いたとき、シッダールタは、美しく賢い遊女カマーラに出会います……。

わずか百数十ページの短い物語ですが、人生における究極の問題とその解決というテーマが、美しく、シンプルに、ストレートに描かれていて、とても中身の濃い一冊です。

私は、たしか高校生のころにこの本に出会ったのですが、それ以来、機会あるごとに何度か読み返してきました。

初めて読んだときには、悟りについて語られるやや理屈っぽい部分はもちろんのこと、ブッダと別れ、わざわざ享楽と権勢の世界に溺れていくシッダールタの歩みについてもよく理解できませんでした。

それでも、歳をとって、私もそれなりに人生経験を積んだおかげか、一見無駄な苦しみにも思われる彼の遍歴に託された意味の深さが、少しずつ分かるようになってきた気がします。

ところで、この本の『シッダールタ』というタイトルを見て、仏教の開祖ゴータマ・シッダールタの生涯そのものを描いた作品かと思われた方は多いと思うし、私も最初に読む前にはそう思っていました。

しかし、作者のヘルマン・ヘッセ氏は、物語の中に聖者としてブッダ自身を登場させてはいますが、主人公シッダールタを、ブッダとは別の道を歩む一人の求道者として描いています。そして、訳者の高橋健二氏によれば、シッダールタの波乱に富んだ魂の旅の描写は、「ヘッセ自身の宗教的体験の告白」(あとがきより)でもあるといいます。

もともと、悟りがいかなるものであるかは、言葉で表現し尽くせるものではないのですが、この作品からは、あえてそれを物語のテーマとして取り上げ、真正面からその表現に挑戦したヘッセ氏の、作家としての真剣さ、真面目さが伝わってくるようで、読んでいて背筋が伸びる思いでした。

私がアジアの国々を旅していたころ、バックパッカーの集まる安宿街の本屋の店先で、この本の英語版をよく見かけたものです。この物語自体は、すでに90年近くも前に書かれたものですが、スピリチュアル系のバックパッカーや放浪の旅人の間では、今でもけっこう人気があるのかもしれません。

日本では、この本はもう絶版になったのかと思っていましたが、今回調べてみたら、まだそのまま新潮文庫のラインナップに残っているようで、ちょっとホッとしました。

それにしても、こういう本が、世界各地の書店の本棚の隅にさりげなく並んでいるのだと思うと、何だかワクワクしてきます。こうした素晴らしい本との出会いがあるからこそ、読書はやめられません。

もっとも、そうやって活字の世界に溺れるのもまた、煩悩の一つなのでしょうが……。


本の評価基準

 以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。

 ★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
 ★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
 ★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
 ☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします



JUGEMテーマ:読書 

 

at 18:55, 浪人, 本の旅〜旅の物語

comments(2), trackbacks(0)

『ニコチアナ』

評価 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります

この本は、タバコという不思議な植物にスポットを当て、その人間との密接で複雑な関係を、ミステリー仕立てで描いた知的エンターテインメントです。

物語の主な舞台は2000年代初頭のアメリカ。そこでは、憲法修正による「禁煙法」成立に向けて、禁煙運動が盛り上がっているという設定です。

日本企業で無煙シガレットの企画開発に携わるメイは、提携するアメリカのタバコ会社のCEOから、既に同じアイデアで特許を申請していた人物がいると知らされます。無煙シガレットの発売を前に、彼らはその人物とコンタクトをとる必要に迫られるのですが、その男は数年前に失踪したきり、行方が分からなくなっていました。

メイは、カルロスという青年とともに、その男の足跡を追って北米大陸を横断する旅に出るのですが、同じ頃、アメリカの各地では、栽培タバコを変質させ、幻覚成分を生じさせてしまう謎の疫病が爆発的に広がり始めていました。やがて彼女は、探している男が、実は南米の高地アマゾンからやってきたシャーマンであること、そして彼が、タバコ畑に広がる謎の疫病の秘密をも握っていることを知ります……。

物語には、シガレットをこよなく愛する南部気質のカリスマ経営者や、直接行動を厭わない過激な禁煙運動家、謎の疫病の原因を追究する植物ゲノム研究者、そしてマヤ人の末裔として秘密の絵文書を守り続けてきた人物など、多彩な人々が登場します。また、物語の舞台も、アメリカの各地から、高地アマゾンへ、グァテマラへ、そして日本へとめまぐるしく移り変わります。

小説の中では、日常的・ビジネス的な世界や、自然科学の世界、エキゾチックな神話と象徴の世界が交錯し、ストーリーの展開自体もかなり込み入っているので、私の場合、最初のうちは話の流れがなかなか把握できず、読み進めるうえで多少の根気が必要でした。もっとも、それは私自身がこういう種類の知的エンターテインメント小説を読み慣れていなかったせいもあるでしょうが……。

それにしても、ネタバレになるのであまり書けないのですが、マヤの秘密の絵文書とか、5世紀にわたる壮大な魔法の成就とか、物語の仕掛けがかなり大がかりなので、最後にはどうまとめるんだろう、物語としてうまく着地できるんだろうかと、期待半分、心配半分で読んでいました。

南米のシャーマンが出てくるので、あるいは一部のスピリチュアル本のような、何でもありのぶっ飛んだ結末になってしまうのかとも思いましたが、その点については、最後まで知的な裏づけとストーリー展開が維持されていて、物語としてそれなりのオチというか、まとまりもついています。ただ、ちょっと話を広げすぎたせいか、すべてが最後にスッキリと収斂するという感じではなく、そこがエンターテインメントとしてはちょっと微妙なところかもしれません……。

ところで、私自身はスモーカーなのですが、この本を読んで、自分はこれまでタバコというものについて何にも知らなかったんだな、ただ目の前にあるシガレットという製品を吸い続けていただけなんだな、ということを改めて思い知らされました。

この小説には、ナス科のタバコという植物や、それが新大陸から爆発的に広がり、世界中の人々に受け入れられてきたプロセスについて、さまざまな知識が散りばめられています。

そしてまた、依存症や嫌煙権など、タバコをめぐるさまざまな問題が、その根底において、私たちが生きている近代という時代の本質そのものと切り離せないものだということも浮き彫りにされています。

タバコはその点で、いわば、近代社会の影を象徴するような存在なのかもしれません。

この小説はあくまでフィクションですが、多彩な登場人物のそれぞれが、タバコをめぐる様々な立場や視点の存在と、それぞれの利害が複雑に絡み合う現実を象徴しているように思えます。タバコを吸う人も嫌いな人も、このユニークな小説を読めば、今までとはまた違った観点から、タバコという不思議な植物について改めて考えるきっかけになるかもしれません。


本の評価基準

 以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。

 ★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
 ★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
 ★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
 ☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします


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at 18:50, 浪人, 本の旅〜旅の物語

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『未知の贈りもの』

評価 ★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です

久しぶりに、ライアル・ワトソン氏の作品を読み返してみました。

この『未知の贈りもの』は、ニューエイジ・サイエンスの書であり、オカルトであり、南洋の自然に関するエッセイであり、ファンタジーであり、旅行記でもあるような、つまりは、「科学者と夢想家が同居している(訳者あとがき)」ワトソン氏の知識と思想と行動の集大成のような作品です。

インドネシア東部の島々に興味をもった「私」(ワトソン氏)は、現地でチャーターした小舟で東部列島を旅していているうちに嵐に遭遇し、数日後、ヌス・タリアンという小さな火山島に流れ着きます。

島の人々に客人として迎えられた彼は、学校の先生としてそこにしばらく滞在することになり、ティアという不思議な少女に出会います。彼女は不幸な生い立ちをもつ孤独な少女でしたが、踊り手としてのたぐいまれな能力に恵まれていたばかりか、共感覚や予知など、いわゆる超感覚的な力をも持ち合わせていました。

ラマダンの最中、海岸に打ち上げられた若いクジラの死を看取ったことをきっかけに、ティアは驚くべき癒しの能力に目覚めます。しかし、彼女の起こした奇跡は、正統派イスラムの教えを根づかせようとする人々と、伝統的なアニミズムの名残りを守り続ける人々との間に深刻な対立を招くことになったのでした。

対立は緊張の度を強め、やがて……。

ワトソン氏は、自らを一連の出来事の観察者という立場に置き、サンゴ礁の島の豊かな自然や、島の生き物たち、古い伝統の色濃く残る村の暮らしの生き生きとした描写を交えながら、ティアをめぐる不思議な物語を語っていきます。

そして同時に、生命体としての地球、聖なる場所の意味、超感覚的知覚や心霊治療に見られるサイキックな力、量子力学がもたらした古くて新しい宇宙観と人間の意識の問題など、いかにもワトソン氏らしいテーマがこれでもかというくらいに盛り込まれています。

ティアの物語を縦糸とすれば、ワトソン氏のニューエイジ的で饒舌なコメントが横糸の役割を果たしているといえるかもしれません。本書の緻密な構成とあいまって、この本全体が、まるできらびやかで謎めいた文様の織物のようです。

彼は、アカデミックな自然科学者が禁欲し、決して踏み込もうとはしない薄闇の領域に軽々と足を踏み入れる一方で、オカルト的なものを全て肯定してしまうような過ちに陥ることもありません。彼は見える世界と見えない世界の微妙な境界を自在に往来しながら、「意識と現実の縁のみに存在する無形の神秘に実質を与え」ようと試みているように見えます。

それはまさに、本書のテーマでもある「踊り」そのものであり、彼もまたこの世界の存在と同調し、この本という舞台で、知的なダンスを繰り広げているのかもしれません。

ただ、ワトソン氏はこの物語について、「島の名以外はすべて変らない事実」であると書いてはいるのですが、それがいわゆるノンフィクションという意味での「事実」かどうかについては、私も多少の疑問を感じます。また、彼は、一部の世界では「トンデモ科学」の親玉みたいに言われているし、それでなくても、人によっては、オカルトっぽさの漂うこの本の内容に抵抗を感じる人もいるのではないかと思います。

しかし、物事の真偽や白黒をハッキリさせようとするような読み方では、この本の魅力を十分に味わうことはできないでしょう。この本の魅力は、一見したところ堅固に見える私たちの日常世界の周縁部に垣間見える、不思議で何とも説明のつかないもの、人間にとって未知の領域に、あえて分け入っていく冒険的な面白さやワクワク感にあるからです。

残念ながら、現在この本は絶版になっているようです。興味のある方は図書館や古書店で探してみてください。


本の評価基準

 以下の基準を目安に、私の主観で判断しています。

 ★★★★★ 座右の書として、何度も読み返したい本です
 ★★★★☆ 一度は読んでおきたい、素晴らしい本です
 ★★★☆☆ 読むだけの価値はあります
 ★★☆☆☆ よかったら暇な時に読んでみてください
 ★☆☆☆☆ 人によっては得るところがあるかも?
 ☆☆☆☆☆ ここでは紹介しないことにします



JUGEMテーマ:読書 

at 18:47, 浪人, 本の旅〜旅の物語

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